14 銀河鉄道の夜 授業三
10月17日(月) 教育実習三週目 初日
鷲座の停車場を過ぎた頃。
六歳くらいの弟と、十二歳くらいの姉。
そして二人の家庭教師をしているという青年。
彼ら三人は濡れた身体で、いつのまにか汽車に乗っていた。
「ジョバンニとカムパネルラが出会う人々の中でも、特に重要な三人組だ」
家庭教師の青年が言う。
――「わたしたちは天へ行くのです。」
――「そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。」
三人の乗った船は氷山にぶつかって沈没してしまった。
船の片側が沈んで、救命艇が半分しか使えなくなった。彼ら三人は他人を押しのけて助かろうとはせず、他の子ども達に救命艇を譲り、海に沈んだ。
鳥捕りのときから乗り合わせている燈台守が、青年に言葉をかける。
燈台守は鳥捕りと異なり、落ち着いた賢者のような雰囲気をまとっている。
――「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでも それがただしいみちを進む中でのできごとなら 峠の上りも下りもみんな ほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」
燈台守の言葉を受け、青年が祈るように答える。
――「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るために いろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
「いちばんのさいわい……そこに至るためには、ただしい道を歩かなくてはいけない。その道は酷い哀しみを経ることもある。でも、歩んだ先でしか辿り着けない――賢治の哲学がはっきり語られている。他の子供たちに救命艇を譲った彼らの行動は、哀しい運命に繋がった……しかし、それはただしい道であり、ほんとうのさいわいに至る道なのだ、と」
燈台守は、黄金と紅で彩られた苹果を抱えて、皆に勧めてくる。
青年、ジョバンニ、カムパネルラが苹果を受け取る。
眠ってしまった姉弟の膝にもひとつずつ置かれる。
黄金の大きな苹果……ただしい道を歩いた者の「魂」の象徴。
「銀河鉄道の旅も終盤だ。ここからはこの三人組との汽車旅になる。聞こえてきた賛美歌を一緒に歌ったり、旗を振りながら鳥を操る男を眺めたり」
野原の果てから聞こえてくる新世界交響曲。
車内に響くカムパネルラの口笛「星めぐりの歌」。
双子の星の宮。
そして、蠍座の赤い火。
――「あれは何の火だろう」
ジョバンニに、カムパネルラが路線図を見ながら蠍の火だと答える。
目を覚ました姉が「蠍の火」の逸話を話してくれる。
――「むかしのバルドラの野原に一ぴきの蠍がいて 小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。」
蠍はある日、イタチに食べられそうになって逃げて、過って井戸に落ちてしまう。蠍は溺れながら後悔した。どうして、素直にイタチに己の身体をやらなかったのか。そうすれば、イタチを一日生かすことができたのに。
――どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてず どうかこの次には まことのみんなの幸のために 私のからだをおつかい下さい。
神さまは祈りを聞き、蠍を、闇を照らす美しい火の姿にしてくれたのだ、と。
◇
汽車は蠍座を過ぎ、ついに南十字星へとさしかかる。
青年が姉弟に声をかける。
――「もうじきサウザンクロスです。おりる支度をして下さい。」
銀河の河から輝く十字架が立っているのが見えてくると、汽車の乗客はまた一斉に祈り始める。喜びの声と、遠くから聞こえるラッパの音。汽車は十字架の正面で停止し、別れを惜しみながら三人が降りていく。
車内にはジョバンニとカムパネルラの二人が残された。
――「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのように ほんとうにみんなの幸のためならば 僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
次回の授業で、『銀河鉄道の夜』はいよいよ結末になる。