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続・辰巳センセイの文学教室~ふたりが紡ぐ物語~  作者: 瀬川雅峰
Ⅰ 銀河鉄道の夜_辰巳祐司×岩嶺ハルミ
12/53

11 事件



10月12日(水) 午後3時半


 職員室の電話が鳴った。実習の間、できるだけ電話は取るように、と言われていた。

 用件をしっかり聞いて、該当の先生に取り次ぐようにと。


「もしもし」


 駅前のショッピングモールに入っている医薬・化粧品のテナント店からだった。


 二日前の休日、月曜日に店内で起きた万引き事件について話したい、という。是非、中学校の先生、担任の先生と話せないか。担任は小柳先生という方なのだが……と。


 先方が名前を出してきたので、小柳先生に代わった。


 隣で電話の内容を聞いた感じでは、先方は、うちの学校の生徒の名前――岩嶺ハルミを把握していた。そして、彼女から担任の名前を聞いたのだろう。そうでなくては、直接小柳先生へ電話がかかってくるはずがない。


「……わかりました。本日放課後ですね。5時半にお待ちしております」

 

 電話を切った小柳先生が、状況を教えてくれた。

 岩嶺が、店で大量に万引きしたのだ、という。


 警察ではなく、店舗からの電話なので、まだおそらく通報はされていない。岩嶺は一昨日の万引きについて、昨日自分から申し出て謝罪し、万引きした分の商品代も置いていったのだという。


「前日に盗んだ大量の商品を……翌日支払い、ですか?」


「お店の方はそう言ってて……岩嶺さん、自分が万引き犯だと言って、学校名も名乗って、お金を払って頭を下げたって。もう商品を使ってしまったので、買ったことにしてほしいと。お店としても困ったそうだけど、強引にお金を置いて帰ってしまったと」


 辻褄が合っていないわけではない。

 が、どこか不自然だ。小柳先生もそう感じているのだろう。


「だから、糾弾というよりは、おかしな事件だったと。せめて、担任の先生には知らせておきたい、と言ってて……」



 ◇



 午後5時半。


 時間ちょうどに、三十代後半とおぼしき女性が校内に入ってきた。かっちりしたシルエットのスーツに、丁寧なメイク。中学校の中にいると、少し違和感がある。


 彼女はテナントショップの店長、津井と名乗った。

 早速、と会議室に通す。俺は小柳先生と並んで座った。


「このお金を、岩嶺さんにお返ししてください」


 津井店長は、開口一番そう言うと、茶封筒を机に置いた。


「これは……」

 小柳先生が言葉に詰まる。

 津井店長が続けた。

「岩嶺さんが置いていったお金です。会計を見直した限り、確かに週末の被害額にほぼ一致はします。でも、問題はそこからで」


「どういうこと、ですか」


「カメラには、万引きグループではないかと思える、集団で来店した少女が何人か映っています。おそらく、その子達の犯行で間違いない、と思える状況です。なのに」


 津井店長がそこで一度切った。


「岩嶺さんが、関与していると思えないんです。実際に彼女の万引きへの加担が確からしい、となれば支払いを受け取ることも考えますが、そもそも万引きの日、お店に来た形跡がありません。カメラ映像を調べましたが、岩嶺さんは写っていないんです。それで犯人だと言われても……」


「……遠くから指示をしていた、ということはあり得ませんか」

 小柳先生が慎重な態度で切り返す。


「……そこなんです。内々にお話にきたのは、先生方ならどんな生徒さんかも普段から見ているでしょうし……わかることもあるかと思いまして」


 小柳先生が茶封筒の中身を確認した。封筒の中には一万円札が五枚……中学生には、いや、正直大学生の俺にも大金だ。


 津井店長が説明してくれたところによると、万引き事件そのものは月曜の休日、十月十日に起きた。棚にあった化粧品が大量になくなっており、監視カメラで確認したが、結局万引きの犯人を絞り切ることはできなかった。


「こういう仕事をしてると、どうしてもなくなりはしなくて……カメラも設置してますが、死角はできますし、お客さんの多い週末や休日はなおさらです」


 犯人がはっきりすれば対処の仕方も変わってくるが、たぶんこの子達だろう、というところまでしか絞りきれなかったので、店内で周知し、次回以降の被害を抑える対応にした。

 

 ところが、翌日の火曜日、夕方を過ぎた頃、岩嶺が現れ昨日の万引きの犯人だ、と名乗った。津井店長に深々と頭を下げ、封筒を差し出した。


 津井店長は面食らいつつも、身元の確認をしたところ、岩嶺は住所、氏名、通っている中学校に担任の小柳先生の名前まで、すらすらと話した。

 店長はすぐにお金を受け取るわけにはいかない。ちょっと確かめさせて欲しい、と拒否したが、岩嶺はお店のカウンターに置いて立ち去ってしまった。


「こちらとしても、岩嶺さんが本当に盗んだのかどうかは気になりましたので、昨日もう一度カメラの映像を丁寧に確認しました」


 店舗でもう一度、昨日の夜にカメラの映像を確認した。

 しかし、岩嶺らしい少女の姿はなかったという。


「年頃の女の子が多いお店で、混雑している状態で、しかも私服です。画質の荒いカメラ映像ではなかなか確認しづらいですが……それでも、彼女が来店してないのは間違いないと思います」


 そうなると、万引き自体はあったのに、その現場には現れていなかったはずの少女がお金をもって謝罪に来た、ということになる。


「こちらの岩嶺さんが自分から私に謝ってるのに、それを否定するのも変ですが……私たちも客商売で、女の子は沢山見ています。なんというか……大量に万引きをするような子にはどうにも……違和感といいますか。せめて、担任の先生にはお教えして、少しお話を伺えればと」


  ◇

 

 小柳先生と並んで、駅までの道を歩く。


 結局、できるだけ確認に協力しよう、ということになって、あらためてこちらから店舗を訪れることにした。店長は先にお店に戻っている。夕方まで学校で仕事をし、その後二人で店舗まで遠征だ。


 お店に現れなかった岩嶺。

 盗まれた大量の商品。

 そして、それに見合った現金をもって謝罪に来た岩嶺――。



 店に着くと、とりあえずバックヤードに案内された。


 カメラの映像を見せてもらう。店長は機械の操作によく慣れている様子で、カメラの前に人が通るタイミングでスピードを落としながら、早送りで見せてくれた。とはいえ、休日一日分の映像を確認し直すのだから、それなりの時間がかかる。


 ノイズ混じりの早送り、通常再生の繰り返しで、三十分。

 モニタを見つめる小柳先生の顔が強ばっていた。



 店の中が混み合う午後の時間帯。


 カメラには、何人もの二年B組の生徒が映っていた。

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