9 封じられたファイル
夕方、バスは学校へ到着。
生徒たちを解散させてから、職員室に入った。
小柳先生の隣に用意された椅子に座る。
「辰巳先生、ダムでは岩嶺のこと、ありがとうございました。冷静に対処してもらえて助かりました」
「……いえ」
小柳先生は、どうしようか、と考えている顔を見せた。
「岩嶺さんのこと、驚きましたよね」
「はい。彼女は水を見て動揺したようでした。先日先生がおっしゃった事情に関係してるのかと」
「彼女の事情はちょっと……深刻なんです。プライベートに属することなので、実習生の辰巳先生にお知らせするのは、と思ったんですが。秘密は守れますか?」
「……はい」
小柳先生は、席を立つと、教頭先生のところへ行って鍵を二本受け取ってきた。
そのまま二人で校長室の隣にある小さな資料室へ移動する。
資料室の鍵を開けて中に入ると、そこには壁に据え付けられた大きなロッカーがずしりと置いてあった。普通のロッカーとは明らかに異なる重々しい作り。鍵穴とダイヤル錠が付いている。これは金庫だ。
小柳先生は、もう一本の鍵を使い、ダイヤルを何度か左右に回した。カチャリと鍵が外れる音がする。
分厚い作りの扉を開き、中から厚手のファイルをとりだした。
「あらためて、口外しないと約束してください。一通りの事情は、これに……」
小柳先生が、ファイルをめくり、そこから数枚の束になった書類を抜き取ってそっと手渡してきた。
岩嶺ハルミの以前の住所、以前の家族構成、通っていた学校などの情報……。
「彼女は半年前の春、転校してきました。今一緒に住んでいるのは、叔母と叔父です。彼女のことは本当に慎重に。辰巳先生は、事情を知らない体で、自然に振る舞ってあげて欲しいんです」
以前の中学校の先生が書いた彼女と、家族についての詳しい記録。
北国の小さな町の有力者だった父、専業主婦だった母、足の悪かった同居の祖母。一人娘で溺愛され、校内外で問題行動も見られたという当時のハルミ……それでも、幸せだった頃の彼女。
書類の内容を目で追いながら、転居の事由まで来た。
※転居事由 『震災疎開』
がつん、と殴られたように感じた。
書類の内容から目が離せない。
震災の日から彼女が失ったもの、不安定になっていった精神状態の記録……。
小柳先生が痛ましそうに話す声が遠く聞こえる。
「半年前の震災で、沢山の子供が家や家族をなくして、親類の家や施設に引っ越しました。このあたりの学校にも何人も転校生が来たんです。岩嶺も両親と祖母を亡くして、叔父叔母の家に引き取られて。それから、まだ、たった半年しか経っていません」
岩嶺が、そんな事情の少女が、俺の前にいる――それ自体が、まるで。
小柳先生の声が一層遠くから聞こえる。
世界がぐるぐると回っているようで、足下がふらつく。
明日からの三連休で、どうにか気持ちを落ち着かせて、週明けを迎えなくては……と考えていた。