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アンタ、俺を薄情だと思うかい?
一応、助ける気はあったんだよ。
アパートへ来る途中、幹線道路沿いの歩道橋手前に公衆電話ボックスがあるのを覚えていた。
そこで須美の為に救急車を呼び、すぐ逃げる腹だったんだけどね、ついてねぇ俺の最初のハードルは公衆電話の故障さ。
ボックスを覗くと色褪せた紙が電話機へ貼り付いていて、「最寄りの公衆電話をお使い下さい」と書いてある。
だからさぁ、何処にあンのよ、最寄りって、さぁ!?
今時、公衆電話とか滅多に見かけねぇだろうが……間に合わないじゃん。死んじゃうじゃん、あの子。
この際、俺のスマホ、使っちゃうか?
大きな犠牲を払って助けを呼んだとわかりゃ、そこはかとない俺への愛情とか、芽生えちゃうかも知ンねぇし……。
躊躇いと迷い、妄想と打算が犇めき、路上でモジモジとスマホをいじくっていたのは大体3、4分位の事だったかな?
その間、押入れの中から撮影した写真の画像を、俺は何の気なしに液晶画面へ表示していた。
男の責め苦に悶える須美の姿は、これまで撮った中でも抜群の出来だったよ。
暗い中、無理目の感度で撮影した為に自然と靄が掛かり、これなら加工しなくてもプライバシー問題をクリア、雑誌へ投稿できると思った。
今度こそ憧れのスニーク・コンクール入選をゲット! 見開きのカラーページへでっかく載るかもしれないってね。
特に、最後に撮った奴が良いんだな。菅野が包丁を手に迫り、目晦まし代わりにフラッシュをたいた瞬間の奴さ。
菅野の目の辺り、大きく見開いた瞳孔がアップになって、俺の肩越し、すぐ後ろに立つ須美の姿が写り込んでるんだよ。
スマホの小さい液晶画面では、画像のディティールはイマイチ判らない。
でも、血走った男の瞳の奥に揺らめく女の立ち姿はめっちゃシュールで、俺のベストショットなのは間違いなかった。
ま、撮れたのは偶然だけどさ。シャッターチャンスのラッキーを呼び込むのも実力の内じゃん。
感激はすぐさま、次の行動へ結びついた。
登録してあるマクロを起動。ワンタッチで雑誌のコンクールサイトへアップロードを完了し、応募しちまったのも無理は無ぇ。自分でも、そう思うわ。
で、アパートで待つ瀕死の須美を一瞬忘れ去り、未来のコンクール入選を確信してニタニタ笑っている時、
「もしもし、あなた、どうかしましたか?」
背後から声がした。
驚いて飛び上がった弾みにスマホが俺の手からこぼれ落ち、路上を滑って車道の真ん中へ転がったかと思えば……。
通りかかったトラックに轢かれ、哀れスマホは、俺の写真データと一緒にペッシャンコの体たらく。
「あ~、脅かしやがって。どうしてくれンだ、この野郎!」
ブチ切れて振り返ると、そこにはパトロール中らしき身なりの警官が立っていた。
「だって普通、気になるでしょ。夜中の道の真ん中で良い大人が立ち止まり、ボソボソ独り言を言ってたら」
警官は親し気な声音で話しかけてきたが、底光りする目の辺りはこれっぽっちも笑っていない。
「本官、しばらく様子を伺ってたんですが、あなた、スマホの操作に熱中しておられましたよね」
見られた?
ヤバさを告げる警報が頭蓋の奥で響き渡り、逃げ出そうとした俺の腕を警官が鷲掴みにする。
「どうも、その時表示されていた画像に、ですね。暴力的な絵柄が混じっていた気がするんですよ。スマホごと潰れてしまった今、確かめる事もできませんが」
「いや、あれは……」
「取り敢えず交番までご同行下さい。この辺り、不審者の目撃情報があり、重点警戒の指示が上からも出ていたんでね」
穏やかな口調を保ちながら鷲掴みする警官の握力は物凄く、おまけにもう片方の手が警棒へ伸びている。
これ、もう任意同行と言うより逮捕のノリに近いっしょ。
逃げられないと悟った俺の脳裏に、今更ながら、血まみれで苦しむ須美の切ない眼差しが蘇ってきた。
あぁ、そうだよ。俺、交番へなんか行ってらんねぇ。
スマホが壊れ、他の公衆電話へも辿りつけない以上、もうお巡りさんに助けを求めるしか、彼女を救う方法はナッシング。
やっと腹が座り、自己犠牲の厳かな決意と共に、俺は事実を一通り告白した。
すぐ警官は自分の携帯で救急車を呼び、須美の生死を確かめる為に「メゾン・カリオペ」へ走り出す。
勿論、鷲掴みにした俺の腕は離さないままで、ね。
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