旗が立つ
宿は近所だったのであっという間に着いた。
エルグを部屋へ案内する前にミチルはダインに礼を言った。
「ついてきてくださって心強かったです。ありがとうございました」
「通りを見てわかっただろうが、この町は旅行者ばかりで夜は酔って羽目を外す奴が多いからな。次からは気を付けた方がいい」
「そうですね。でも私達は明日帰るので大丈夫です」
「そうなのか?」
「私達もここには観光の途中で寄っただけなんですよ。それじゃダインさん、ここまで御親切にありがとうございました」
「…ああ、明日の道中も気をつけてな」
ダインは少しだけ寂しげな顔をした。
「はい、オヤスミなさい。それじゃエルグさんこちらです」
「うん。兄貴、すぐ戻ってくる」
「おう」
ミチルはエルグを部屋へと案内した。
静かに部屋の扉を開け、他の二人が寝入っているのを見て『静かに』と指を口に当てる。ゆっくりとスーザンのベッドまで行き掛布を捲ると、エルグがそこへスーザンを寝かせた。そしてエルグを見送るため、静かに部屋を出た。
ミチルが戸口で改めてお礼を言うと、エルグは帰って行った。エルグが見えなくなってから部屋に入り、静かに寝支度をしてミチルも休んだ。
明くる朝、気持ちよく目覚めたミチルは早々と支度を始めた。その物音に仲間も起きて帰り支度を始めたが、スーザンだけがなかなか起きない。
遅くまで飲んでいたので寝足りないのかもしれないが、今日は絶対帰らなくてはならない。ミチルは強引に彼女を揺すって起こすが、
「あだまがいだい…ぎぼぢわるい…」
起きた途端に彼女は呻り声を上げた。どうやら二日酔いになったらしい。こんな調子で長時間の乗車に耐えられるのだろうか? とミチルは心配になった。
ミチルがスーザンの代わりに支度をして荷物をまとめ、彼女を横で支えながら階下に降りるのを手伝う。下は食堂なので他の宿泊客は朝食の最中であった。
スーザンを席まで連れて行こうとすると、彼女は周辺に漂う料理の匂いを嗅いで『ゥプ…』と手を口にやる。スーザンの顔色が急激に青へと変わり、表情は苦しげに歪んだ。
「待ってスー姉! ここじゃダメ!」
ミチルは慌ててスーザンとトイレに向かった。トイレを開けて便座に向うと、スーザンがその中に盛大に嘔吐した。辺りに彼女の吐いたモノの酸っぱい匂いが漂い、ミチルも一緒に吐きそうになった。しかし何とか堪え、スーザンの背中を擦って治まるまで付き添う。
店にぶち撒けずに済んでよかったとホッと胸を撫で下ろすが、スーザンの吐気は一度吐いたくらいでは治まらなかった。その後もスーザンはずっと青ざめたままで、少し水を飲んではトイレに逆戻り。これでは車に乗るのは無理かもしれない。
ミチルは他の六人と相談して先に帰ってもらうことにした。ミチルは居残り、スーザンの体調が回復したら昼からの便に乗って帰るということになった。
発車時刻が近くなり、スーザンは六人に謝って『店を頼む』と言って彼女らを宿から見送った。見送るために停留所へ行きながらミチル達は『スー姉、二日酔いで弱気になっちゃった?』と皆で面白可笑しく話していた。
――しかし、まさかこれが予言になってしまうとは誰も思わなかった。