きっかけ
何度かのトイレ休憩を挟み昼過ぎに中継の町へ到着。宿にチェックインして昼食をとり、夜までは自由行動をすることになった。まだ町を散策してなかったミチルは商店街を歩いてみることにした。
中継の町なので他の町より賑やかで店がたくさんあり、喫茶店、食堂、居酒屋、立ち飲みできる酒場など主に飲食店が多かった。
商店街を過ぎると、工房の看板が掲げてある建物が幾つか見えてきた。鍋など厨房用の金物工房、木工細工の工房などが見える。
その中で金銀細工の看板がミチルの目に留まった。もしかしたらアクセサリーの部品など使えるものがあるかもしれないと思い、ミチルは寄ってみることにした。
店の窓から中の様子を窺うと、棚やショーケースがあり大小の色んな部品が置いてある。奥にカウンターがあり、その奥の作業台の前に人が座り何かを作っているようだ。ミチルは扉を静かに開けて中に入った。
「ごめんください…」
作業しているのは茶髪で童顔、細身の男性だった。彼は手を止めてミチルの方を見た。若い女性が入ってきたのを不思議そうに見て
「うちは部品ばかりで完成品は置いてないよ。装飾店は通りの向こうだ」
と言った。用は済んだとでもいうように彼はまた作業に戻る。
「いえ、完成品じゃなくて部品を探しているんです。見ていいですか?」
男性は再び顔をあげてミチルを見る。彼女を上から下まで眺めて肩を竦め
「どうぞ」
と言ってまた作業に戻った。
ミチルは静かにドアを閉めて中に入り、一番近くの棚にある商品から順に見ることにした。小さな木の箱が幾つか並び、中には小さな部品が入っている。繊細な金具だ。しかし機械類は置いていないのにどうやって作るのだろう?
答えはすぐに分かった。何かを作っている男性の手元が光っている。どうやらこれらは魔法で作られているようだ。
ところで、異世界から来たミチルには魔法が使えない。残念ながら物語によくある『チート』などというモノは彼女には無いのだ。
魔法で金属を加工しているのを見るのは初めてだった。彼は金属を糸のように細く伸ばしたり平べったくしたり丸くしたりと自由自在に操っている。金属が加工される様子が面白くてミチルがジッと見ていると、視線が気になったのか彼がこちらを向いた。
「何?」
「いえ、珍しくてつい見ちゃって…」
「そうか。で、探し物はあった?」
「まだ全部見てないので…」
「何を探してんの?」
「特に決まった物を探しているのではないんです。私はアクセサリーを作って商売していますが、今まで金属の方はあまり扱ったことが無くて…。もし何か閃くような品があったら使ってみようと思って探しています」
「へぇ、あんたも職人か。もし思うような物が無かったら言ってくれ。作れそうな物なら作るよ。ただし料金はいただくぞ。あぁそうそう、俺の名前はエルグ(三十歳)だ、ヨロシク」
「私はミチルです。エチゴヤって店で働いてます」
『エチゴヤ』という名前はミチルが決めた。スーザンに頼まれたので思いつくままに答えたのだが、時代劇に悪役で出てくる名前だったと思い出したのは、店の名前を登録した後のことだった。
縁起が悪いかも…と頭を過ったが、特に悪いこともなく順調に商売ができているのでホッとしている。しかも珍しい名前なので皆の覚えも良いようだ。
「聞いたことがある。女性専用の商品を扱う店だったか?」
と言ったエルグは一瞬だけ苦い顔をした。
何か店について嫌な噂でもあるんだろうか?
「そうです。必要な物が一軒で揃う店なんです」
「いい客がつけば儲かるな。こっちもそれにあやかりたいもんだ。まあじっくり見てってくれ」
と言って彼はまた作業を始めた。ミチルも商品の棚へ目をやり、小さな部品を見ながら紐と組み合わせてどんなアクセサリーが出来るか頭の中で考え、良さそうな物を何点か購入した。
あと、送料はかかるが頼めば部品を送ってくれるそうだ。今後のためにエルグと店の住所を交換してミチルは宿に戻った。