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前提その1

都に若い女性たち十数人で経営する店がある。


その店の経営者の一人に黒髪・黒瞳・白い肌の女性がいる。この世界ではあまり見かけない凹凸の少ない容姿で、身長は高くもなく低くもなく体型も普通だ。


彼女の名前はミチル。


現在二十五歳で装飾品を担当している。

今の仕事には仲間の一人(代表の女性)が誘ってくれたお陰で就けた。


…ところで、ミチルはこの世界の者ではなく異世界転移した娘である。事故に遭いそうになって気がついたらこの世界にいた…という、よくある(?)話だ。


転移する直前、彼女は夜中の町を徘徊していたのだが、別に好きでそうしていたわけではない。そうしなければならなかった理由は、一緒に暮らしていたミチルの叔母(父の妹)のせいだ。


叔母夫婦と暮らすようになったのは伯母(母の姉)が亡くなってから。ミチルはそれまで伯母と二人で暮らしていた。


彼女の両親は小学校低学年の時に事故で亡くなった。その後、彼女は母方の祖父母に引き取られ、そこには独身の伯母もおり四人で暮らしていた。


彼女が中学校に上がる直前、当時の流行り病によって祖父母が相次いで他界。そして伯母との二人暮らしとなったが、それも短い期間で終わった。


ミチルが高校に上がってすぐの頃、伯母が職場で急に倒れたと連絡が入り、ミチルが病院へ駆けつけた時には伯母は既に亡くなった後だった。脳溢血だった。


その後、ミチルが未成年なので役所の方から叔母へ連絡がゆき、彼女が葬儀に訪れた。自分は叔母であると名乗った女性にミチルは驚いた。家族は一言も彼女のことを話したことがなかったからだ。


冷静な時ならおかしいと考えたかもしれないが、伯母が亡くなった直後だったので悲しくて辛くて心細くてそれどころではなかった。父方の祖父母もミチルが小さい頃に亡くなっているので、もう近しい親戚は父の妹しか残っていなかった。


初めて会った叔母は人好きのする顔立ちの女性で柔和で優しく、彼女は何の疑いもせず叔母を信じた。その叔母から一人暮らしが心配だから一緒に暮らしましょうと言われ、家族が亡くなった寂しさから何も疑うことなく彼女も頷いた。


…が、これが間違いだった。


ミチルの両親、母方祖父母や伯母はとても人柄がよく仲の良い家族だったが、叔母の事だけは彼女に一度も話したことがない。


何故なら叔母はミチルが生まれる以前に家族から勘当されていたから。彼女は昔から素行の悪い娘で、派手な生活とギャンブルが好きだった。


そして勘当されるきっかけとなったのは彼女が起こした詐欺事件。彼女は柔和な見た目と親し気な笑顔で人を騙し大金を巻き上げ、噓がバレて訴えられたのだ。


しかし、父方祖父母は他の家族親戚のために全財産を使って賠償をしたので、彼女が塀の中に入ることはなかった。


父親が叔母のことを親戚だと認めていなかったからミチルに言わなかったのだ。彼女がそれを知っていれば叔母夫婦と暮らすことはなかっただろう。家族もまさか叔母以外が全員亡くなるとは思ってもみなかったので、それをミチルに黙っていたのが仇になってしまった。


ミチルは叔母を頼った。


『高校を移るのも大変だから』と家に叔母夫婦が引っ越して来ても、自分を心配してくれているのだとしか思わなかった。『失くしたらいけないので生活費と学費を預かる』と彼女名義の貯金を預けるように言われても全く疑うことはなかった。


幼い頃から次々家族を亡くして悲しい思いをしてきたミチルだが、彼女自身は皆に守られてあまり苦労してこなかった。金銭面では質素にしていたが、皆が仲良く楽しかったので不満に思ったこともない。


だから親戚とは皆そういうものだと思い込んでいたミチルは、まさか叔母が自分を食い物にするとは思ってもみなかったのだ。


叔母夫婦が引っ越してきて程なく、祖父母の残した花瓶や置物や少し高価な食器などが次々と無くなった。どこにやったかと訊ねると『掃除をしていて壊してしまった』と叔母は言った。最初はそれを信じていたが、さすがに何度も続くとおかしいと気付く。


不審に思って必要な物を買いたいから通帳を渡してと言うと、何のかんの言って叔母は渡そうとしなかった。再発行すると脅したらようやく渡してくれたが、中には殆ど残っていなかった。


叔母は『詐欺に騙されて渡してしまった。怖くて言えなかった』と泣きながらミチルに謝った。胡散臭かったが、後で必ず返すと真剣な顔をして言うので、その時は許すことにした。


それからずっと心の中でモヤモヤが続いていたが、ある晩とうとう衝撃的なことを聞いてしまう。


深夜に喉が渇いたので、叔母夫婦を起こさないよう静かに台所へ水を飲みに行くと、扉の隙間から光が漏れていた。二人が晩酌をしているらしく、酒で濁った不明瞭な声が中から聞こえてくる。


ミチルが耳を澄ませて様子を窺うと、部屋の中では叔母夫婦がミチルの財産について話をしていた。


伯母が亡くなった後、叔母は相続の手続きに立ち会っているので、ミチルの財産がどれだけあるか知っている。


祖父母の住んでいた家が伯母からミチルに相続されたのも知っているし、他にも亡くなった両親の遺産があって、大学に行くための資金として十八歳まで引き出せないお金が信託銀行に預けられていることも知っている。


その遺産(・・)を、叔母が相続(・・)すると言っているのだ。


彼女はその言葉に凍りついた。


足腰の力が抜け、その場にへたり込みそうになったが何とか堪え、どうにか音をたてないよう静かに部屋に戻る。布団を被った途端、寒くもないのに急にガタガタと体が震えだした。



遺産を相続する、…つまりミチルが死んだ後のことを言っているのだ。


恐ろしくて、何も考えるられなくなった。

今晩にも殺されるかもしれないと気が気じゃなかった。


彼女らが就寝するのをじりじりしながら待ち、財布とスマートフォンを持って外へ逃げ出した。もう怖くて同じ家に居たくなかった。


歩きながらアレコレ考えるが、嫌なことばかりが頭を過る。あのまま何も知らずに家に居たら、いずれ自分は…、そう思うと恐ろしくて体が震えた。


叔母夫婦を追い出すにはどうしたらいいか? ただ反抗しただけでは叔母のいいようにされてしまいそうだ。叔母たちの計画を立証できればいいけど、証拠を集めるまで家に居たくない。


他に頼る親戚もいないし、内弁慶で付き合いも少ないので頼りになりそうな友達もいなかった。証拠が無いまま警察に行っても信用してもらえるかどうかもわからない。


彼女は泣きながら亡くなった両親や祖父母と伯母に心の中で助けを求めた。



………どうすればいいの? 



町をふらふらと彷徨いながらミチルはどこかの神社前まで来ていた。夜中の神社前を通るのは薄気味が悪かったが、引き返すのも怖かったので急ぎ足で前を通り過ぎようとした。


――その時! 


急に曲がり角から走ってきた車のライトに正面から照らされ、眩しくて怖くて動けず、ミチルは思わずギュっと目を瞑った。


…が、いつまで経っても思ったような衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、そこには見たこともない景色が広がっており、辺りは夜ではなくて昼のように明るかった。



周辺には青い麦の穂が風にそよいでいた。

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