浪花節だよ人生は
訪れた酒場は賑やか(本当は煩い)だった。それにガラも悪かった。兄弟の言ったように女の子たちが接待している。女の子たちは派手な服装だけど、もちろん常識の範囲内。
客はミチル達にもチョッカイを出そうとしたが、彼らの対策のお陰でしつこく絡まれることも無く(女連れで来るなとブツブツ言われたが)、舞台近くにいたダインの知り合いのテーブルへ無事座ることが出来た。
彼の名はジェド(三十三歳)。猟師で体格がよく背も高く(ダインよりは低い)、髪は短くて顔は髭モジャでよく分からないが、目が二重で可愛らしい。髭を剃れば童顔かもしれない。
兄弟が女性を伴って来たので驚いたが、何故ここに来たかを掻い摘んで話すと協力してくれることになった。もうすぐ登場する歌手のことでソワソワしていたので、二人の急な婚約のことについて聞かれることはなかった。
ほどなく、歌手が現れた。
彼女の入場には誰も(1グループを除いて)注目しておらず拍手で迎えられることは無かった。誰も注目していないのに彼女は客に向って一礼し、こちらをチラッと見て微笑んだ。ジェドは手を振って彼女に挨拶している。
ミチルは彼女を見て思った。見た感じは悪くないが酒場の雰囲気に合わない。印象が薄く人目を引くようなインパクトがない。
彼女の目は一重の切れ長で瞳は緑。カールした髪はよくある茶色だが艶があって綺麗だ。スタイルは良くミチルより胸が大きいので作ったドレスが似合いそう……癪だけど。
そしてピアノの自動演奏が始まった。
彼女が歌うのは恋のバラード。
選曲は場の雰囲気に合わせて明るすぎず暗すぎずで、声も抑えて歌っているようだ。彼女の深みある声で感情を込めて歌ったらかなりの迫力があるだろうに、ここの客は聞きたいとは思わないらしい。
一曲目が終わって彼女が一礼するとミチル達は拍手した。その音に『うるせーぞ!』と外野から文句が出たが、知らんぷりして次の曲を待つ。
次の二曲も恋の歌。どちらも素晴らしい歌声だった。ミチル達は歌が終わる度に拍手して煩いと文句を言われたが、ダインとジェドが文句を言った奴を睨むと彼らは大人しくなった。酔っていても体格のいい二人が怖いらしい。
三曲目が終わって彼女が一旦休憩に入る。本来は店の奥に引っ込むのだが、話があるのでミチル達の席に呼んでもらった。彼女の名前はマリー(三十歳)という。
ジ「今日も良かったよ、マリー」
マ「ありがとうジェドさん。ところで私にご用があるそうですが、何でしょうか?」
ジ「用があるのはこちらの二人だ」
そう言ってミチルとスーザンを紹介した。ダインとエルグはたまに見かけるので彼女も知っている。二人は彼らの婚約者として彼女に紹介された。
ス「初めまして」
ミ「初めまして! 歌声が素敵ですね。もっと大きな声で聞きたいです」
マ「そうしたいけど、お客さんに煩いと言われるので仕方ないんです。褒めてくれてありがとうございます」
ス「実はその件でお話があります。明日の日中にでもお会いできませんか?」
彼女はスーザンの言葉に訝しげな顔をした。ジェドの方を見て、一体何なの? と言う顔をする。ジェドが手早く内容を話すとマリーは困った顔をした。
ミ「印象を変えてみれば周囲の見る目も変わると思います。インパクトも大事ですよ!」
マ「そうねぇ…」
ジ「客に注目してもらうにはそれも必要かもしれない。でも今までのように地道にやりたいなら無理強いはしないよ。それでも俺はずっとマリーを応援するから」
マ「ジェドさん…ありがとう」
ジェドとマリーが互いに見つめ合っているのを、四人は『おや?』と興味深く見ていた。見られていることに気付いた二人が慌てて目を逸らして取り繕う。
マリーは考えた。
これまで夢を諦めきれずに続けてきた。酒場で歌うだけでは生活できないので昼間は別の仕事をしながら生計を立て、アチコチの町を転々としてここに流れて来た。
ジェドとは前の町からの知り合いで、前の店に解雇された時にジェドの紹介でこの町に来た。彼は自分の歌を聞くために毎回店に来てくれる唯一の人。その彼が自分のために動いてくれたのだ。
ここで断るようでは女がすたる!
彼女のその決意が目に表れた。
マ「わかりました。どうせこのままじゃ売れないのはわかっていたんです。もう三十だしこのまま続けるのは無理だと感じていました。最後の機会だと思って全力で挑みます」
ジ「マリー、そこまで考えなくても…」
マ「いいえ、そうなの。それに私、そろそろマスターに追い出されそうなんです。店に出ても客寄せにならないから…。スーザンさん、明日のお昼はどうでしょうか? 他にも仕事がありますので昼休憩くらいしか時間が取れないのですが」
ス「わかりました。明日私達が泊まっている宿に来てもらえますか?」
マ「喜んで伺いますわ」
二人が泊まっている宿の場所を伝えたあと、マリーはまた舞台に戻った。そのあと四人は何曲か歌を聞き、時間も遅くなったので宿まで送ってもらって解散となった。