苦労してきたクマさん
二年ほど前まで彼は別の町で暮らしていた。見た目のせいで怖がられて中々好みの女性に巡り会えなかったが、ようやく可愛い彼女が出来たので実家の両親に紹介するために故郷へ連れて帰ってきた。
その晩、彼女が自分に愛は無いと分かったけど、彼はそれでもいいと思っていた。そして両親に紹介する直前、彼女は『結婚する前にエチゴヤに行きたい』と言いだし、高額な料金を払って一式揃えてほしいとねだった。
結婚するためには必要な経費がたくさんある。ダインも彼女の頼みなら聞いてやりたいが、新婚旅行以外で都会へ行くのは無理だと彼女を説得した。
しかし彼女は聞き入れず怒りだし、我儘を聞いてくれないダインを捨てて観光途中で町に寄った金持ちの男の元へ行った。だからエチゴヤに良い感情は持っていなかったのだ。
スーザンはダインの顔色に気付いた。これは何かあると思ったけど、あまり突っ込んで聞くとミチルがそれに絆されてもいけない。だから彼に諦めさせる作戦に出た。
「うちの妹は私にとっても店にとって大切で大事な子よ。だから妹の価値がわからない男にミチルを渡すつもりはないわ。店の名前を聞いて怯むような男には尚更ね」
スーザンは『臆病者』とでもいうようにダインを見据え、フンと鼻を鳴らす。エチゴヤでのミチルの立場を聞いて苦々しい顔をしていたダインだが、グッと腹に力を入れてスーザンを見返した。
「彼女の立場はよく分かった。だが、俺はミチルが好きだ。彼女に振られるまで諦めるつもりはない」
「ダインさん…」
ダインの返事を聞いてミチルの瞳が潤む。どうして彼が苦々しい顔をしていたのか気にはなるが、それでも彼女のことを好きだと言う彼のことを自分も好きになってきた。彼なら自分の秘密を聞いても好きでいてくれるかもしれないと彼女は思った。
ここで、蚊帳の外だったエルグが援護射撃を出す。
「アニキは一途なんだ。まあ彼女のために全てを投げ出すとまではいかないけど、何かあれば全力で守るような男だよ。彼女が嫌がることは絶対しないから安心していい。俺が保証する」
「お姉さんの許可が出るまで夜には会わないと誓う。だが夕方までは許してほしい。遅くまで連れ出した時には必ずミチルを宿まで送り届けると約束する」
『頼む!』と二人の男に頭を下げられ、スーザンも渋々折れるしかなかった。その代わり、ミチルが嫌だと言った時は何も言わずに諦めるようにと釘を刺した。
何だか『娘さんをください』って言う婚約者とその親みたいだ、とミチルは思った。
スーザンはいつも親代わりになってミチルを守ってくれている。そんなスーザンには常々幸せになってほしいと彼女は思っている。
ミチルはエルグを見た。兄想いの男性で見た目もスーザン好みだし、女性慣れしてはいるが遊ぶような感じには見えない。彼ならスーザンと上手くいくような気がする。
それにはどうすればいいかミチルは考えた。スーザンは仕事熱心だから、離ればなれになると上手くいかないかもしれない。出来ればこの町で仕事が出来ないか?
そういえばうちの店の支店を作ろうかと話が出ていた。ここは車の中継地点でお客が泊まることが多いし、小金持ちのお嬢さん方も多いのでは?
…あ、そういえば!
温泉巡りするのに浴衣みたいに簡単に着れるものがあればいいのにって思ったのよね。一々着替えが大変だったから上からスポっと被れるのがあったらいいのにって。
でもこっちの世界じゃ大胆すぎてダメかな? もう少し肌を出すことに抵抗が無くなればいけるかもしれないんだけどな…。
こちらの世界では女性は肌を出さないのが常識。夏でも長袖で過ごせるくらいの暑さだから必要がないというのもある。別に法律で決まっているわけではないので、何かきっかけがあれば変化するかもしれないけど…。
ミチルがボンヤリと考えを巡らせていたので、スーザンから声をかけられていることに気づくのが少し遅れた。
「……ミチル、ちょっとミチル? 何をボーっとしているの。あ、やっぱり嫌なんでしょ?」
「え? 違う違う。ちょっと考え事していただけだよ」
「何を考えていたの?」
「ふふ、内緒」
とにかくスーザンの許可は出た。…といっても元々そんなもの必要ないのだが、ミチルにはどうも未成年のように保護が必要だと思わせる雰囲気があるらしい。もう二十五なのだが…。
これからダインのことを深く知り合うまでに沢山の話をする必要があるが、もう彼のことを好きになりかけているので、付きあうまでにはそんなにかからないだろう、と彼女は思った。
それよりスーザンの縁結びだ。エルグはスーザンが好みのタイプらしいが、彼は何故か腰が引けているように思う。
気が強い女性が苦手とか? 初めて顔を合わせた時にスー姉に睨まれて怯んじゃった? …などと考えながら四人で楽しく過ごし、スーザンも控えめにお酒を飲んで、帰りは二人に宿まで送ってもらった。
帰り際、ダインが明日のミチルの予定を聞き、さっそく彼と昼食を共にする約束をした。