最初の勢いはどこへやら
宿に帰ると丁度スーザンが宿の主人と交渉を終えた所だった。取りあえず決まったのは、今日都から来るはずだった客が来ない場合、その空いた部屋に移るということ。予約はカップルの客が多かったらしい。
崖崩れに関する情報も入っていた。土砂や岩を除けて魔道車が通れるようになるまでには早くとも一月はかかるだろうと予測が出たそうだ。勿論魔法を使ってのこと。崖を迂回しても同じだけ時間がかかることになるので、諦めて一月ここにいるほうがいいようだ。
都からの返信はお茶の時間の頃に届いた。
六人は無事に帰っていた。
手紙によると、崖崩れは魔道車が崖を通り過ぎた後に起こったそうだ。
通り過ぎて崖からかなり遠くなった頃、後ろから巨大な何かが落ちるような凄い音と共に大地が大きく揺れたので皆が振り返ると、崖のあった場所が一面土煙に覆われて何も見えなくなっていたそうだ。
緊急なので車は一旦崖の側まで引き返して周辺の被害を確認。
道は完全に塞がっていたらしい。
運転手が近くに被害者がいないのを確かめた後、車は停車予定に入っていない次の町で止まり、運転手が町の役所へ駆けこんで崖崩れを報告。部隊を派遣する…所までは見ていないが、とりあえず彼女らは魔道車で都へと送られたそうだ。
途中で手紙を出す暇がなく、都に到着したらすぐに連絡しようと思っていたら、ミチルの安否確認の手紙が副店長宛てに届いたと仲間が知らせに来てくれた。そして店のことについては何かあったら特急便で連絡すると書いてあった。
何度も共に修羅場を潜ってきた仲間達なので、そこは心配していない。連絡してくるとすれば特殊なお客様の時くらいだろう。
ミチルもスーザンも手紙の内容を見てホッとしていた。二人とも内心気が気じゃなかったのだ。六人の安否がわかったので、これで安心して滞在していられる。
「ね、心配なかったでしょう? やっぱり私達って強運持ってるわよね」
「そうだね」
しばらく滞在することも決まったようなので、ミチルは改めて今晩の話をした。
「そういえば昼前に細工工房に行ってきたんだけど、昨日のお礼に晩御飯でも一緒にどうかと思うの。いいかな?」
「え? ああ、そうね。お世話になったんだから礼くらいしなきゃね」
「じゃあ、約束取り付けてくるね」
「あ、待って。私も一緒に行くわ」
スーザンの眉間に力が入る。これは警戒の印だ。ミチルが会いに行くのがどんな男か気になるらしい。ミチルが騙されないかと神経を尖らせているのだ。
しかし彼女がついてくるのは好都合。エルグに会わせたらどんな反応をするか楽しみだった。二人はエルグのいる細工工房へと向かった。
エルグの店に到着して『ごめんください』と扉を開けて入ると、彼は店の奥で作業をしていた。ミチルの声を聞いて下を向いて作業していたエルグが『いらっしゃい』と顔をあげると、二人の姿が目に入った。
何故かエルグが動きを止め、スーザンを見て顔を少し引きつらせている。ミチルがスーザンを見ると彼女はエルグを睨んでいた。彼には睨まれている理由が分からないといったところだろう。
しめしめ、スーザンはどうやら勘違いしている。
誤解が解けた時のスー姉の態度が見ものだわ、とミチルはほくそ笑んだ。
「エルグさんこんにちは。姉のスーザンです。スー姉、この方がスー姉を抱っこして宿に運んでくれたんだよ」
抱っこして、という所を強調して言ってみた。
するとスーザンは途端に顔を赤くし極まりの悪い顔をして
「…昨晩はとんだご迷惑をおかけしました」
と謝罪した。スーザンの言葉を聞いてエルグが『いえ…』と呟くのが聞こえた。スーザンが動揺しているうちにミチルは話を進める。
「姉がお礼にご馳走したいと言うのですが、どこか良い店がありますか?」
「あぁ、それならこの近くに手頃な良い店があるよ。こちらで予約しておくけどいいかな?」
「スー姉、いい?」
「…え、ええ、もちろんよ」
…彼女はまだ動揺から立ち直っていない。
「それじゃ、宿まで迎えに行くから待っていてくれ。兄には俺から伝えておくよ」
「お願いします。スー姉、エルグさんにはダインさんっていうお兄さんがいてね、昨日私達に付き添って宿まで送ってくれたんだよ。今晩紹介するね。それじゃエルグさん、宿でお待ちしていますね」
「ああ」
居心地の悪そうなスーザンを出口に促すと、彼女はエルグに軽くお辞儀してミチルと共に店を出た。そして店を出てかなり離れた所まで来ると、スーザンはミチルを睨んで言った。
「わざと言ったわね?」
ばれたか。
「スー姉が勘違いするからだよ。エルグさんは商売相手としてこれからもお付き合いは続くと思うけど、スー姉の考えるようなことにはならないよ。それよりエルグさんってスー姉のタイプだよね」
それを聞いてスーザンは両のこめかみに指を当てた。
「……う~ん、頭痛くなってきた。二日酔いがまだ続いてるみたい」
「(図星だな)今晩、楽しみだね」