クマさんは可愛いのが好き
工房に着いてゆっくりと扉を開けると、店の奥で男たちの言い争っている声が聞こえた。恐る恐る中に入り『ごめんください…』と声をかけると、奥からエルグが顔を出す。そしてミチルを見て驚愕の声をあげた。
エ「ミチル――ッ?!」
ダ「ナニッ?!」
エルグの声を聞いてすぐにダインが奥から出てきた。彼は何故か旅に出るような服装をしている。ミチルを凝視する二人の態度が何だか変だ。
それもそのはず。ミチルは今日帰る予定だったから本来ならここにいるはずがないのだ。ダインが旅支度をしていたのは、ミチルの安否を確認しに行こうとしていたからだった。
二人は暫しミチルを見ていたが、ダインがフラフラとミチルに近付き、いきなりガバっと彼女に抱きついた。
「わっ?! …ぶっ!」
ミチルの顔がダインのぶ厚い胸板に押し付けられ、彼女が息苦しくてもがく。
「……無事だった、よかった!」
頭上から感極まったダインの掠れ声が聞こえた。
それを見たエルグが急いでミチルから兄を引っぺがそうとする。
「兄貴! ミチルが息苦しいだろ、やめろって!」
「はっ?! スマン! いきなり現れたもんだから、つい…」
我に返ったダインが慌ててミチルから離れたが両手は彼女の肩をつかんだままだ。呆けたように彼女を見つめていたダインが、頭を振ったあと急に真面目な顔をした。エルグは兄が何を言うのか察して二人の間に割って入った。
「兄貴、ミチルが困るからダメだってば!」
「いや、言わなきゃ後悔する。それなら今ハッキリさせたい」
そう言ってダインがミチルの方へ向き直る。兄の顔つきにエルグは片手で頭を掻き毟って苦そうな顔をした。何だろう? とミチルが二人を見比べて思っていると、ダインが口を引き締め目と眉にギュッと力を込めて真剣な顔で話しかけてきた。
「ミチル…」
「はい?」
「俺と付き合ってくれ」
「えっ?!」
「一目惚れなんだ。ミチルが崖崩れに巻き込まれたと思って、昨日言わなかったことを凄く後悔した。さっきのような思いをするくらいなら結果はどうあれ行動しようと思った。もしあの時伝えていたら運命を変えられたかもしれない、なんて後悔したくなくてな」
「………昨日会ったばかりですよ?」
「だが、好きなもんは好きなんだ」
ダインの直球な告白にミチルは顔が熱くなった。彼のことは嫌じゃないが、いきなり男女のお付合いは無理だ。まず彼を知る時間がほしいと彼女は思った。
「じゃあ…、お友達からお願いします」
「俺を知ろうとしてくれるのか? 嬉しいよ!」
ミチルの返事を聞いたダインの表情がみるみる明るくなった。友達として握手しようとミチルが手を差し出すと、彼が大きくゴツい両手で彼女の手を包む。
彼の手は冷たく少し汗ばんでいた。細かい感情とは無縁のような大男が、こんな小娘に緊張していたのかとミチルは驚いた。
二人はしばらく握手したままだったが、そのうちミチルの手を包む彼の手が徐々に温かくなり、その熱が手から手へと伝わり、なんだか彼に包まれているように感じて彼女は恥ずかしくなった。
彼女の赤くなった顔を見てダインがパッと手を離す。彼の顔も赤くなっていた。照れたのを隠すようにダインはミチルに話しかけた。
ダ「と、友達としてさっそく食事に行かないか? 食べながらゆっくり話すのも――」
エ「気が早い! さっき崖崩れの話聞いただろ? これからどうするのかまだ決まってないんじゃないか?」
ミ「そうなんです。まだ確認の最中で…」
ダ「じ、じゃあ、ハッキリわかったら夕飯に誘ってもいいか?」
エ「兄貴! まずはランチからだろ?!」
ダ「どっちも飯を喰うだけだぞ。同じじゃないのか?」
エ「昼と夜とじゃ親密度が違う! いきなり夕食に誘うなんて相手が怯むぞ!」
ダ「…そうか、俺は今までそれで断られていたんだな(ため息)」
エ「ア~二~キ、彼女の前でそれを言っちゃダメだ」
ダ「何でだ?」
エ「自分で考えろ!」
ダインは不思議そうな顔をしていて本当にわからないらしい。反対にエルグは女性慣れしているようだ。兄弟のやり取りにミチルは思わず笑ってしまった。
でもスーザンを運んでくれたお礼に食事をご馳走するのはいいかもしれない。ミチルはスーザンに聞いてみることにした。
「今はまだ何とも言えませんが、これから帰って姉と相談してみます。姉からも昨日のことでお二人に一言あると思いますので」
エ・ダ「「 え?! 」」
ミチルの言葉に二人が反応した。ダインは目を輝かせ、エルグは『俺も?!』みたいな顔をしている。スーザンを運んでくれたのは彼なのだから、当然エルグには一緒に来てもらわなくてはならない。それに四人で一緒に食事するのはいい考えだと思った。
ミチルは『また来ます』と言って一旦宿に帰った。