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03.国外逃亡

 毛布に潜り込みつつ夜が更けるのを待っていると、案の定というか周囲が騒がしくなる。馬の嘶きと人の怒号、それに剣戟の響き。

 ホントに来たんだ。何の実入りもないだろうに、ご苦労様だねえ。


 てなことを考えつつじっとしていると、テント入り口の合わせ布を突然はぐられた。


「おいアンジェラ、無事か」


 聞き覚えのある低いバリトンボイス。中を覗き込む豪奢な金髪。マインだ。


「わざわざ来なくたって良かったのに」

「それが助けに来た相手に対する言葉か。いいから行くぞ」


 だってあの侯爵が相手だし。逃げちゃったら色々面倒なのよ?しかもアンタってばブロイスの人間でしょ。仮想敵国に来て騒ぎを起こしてるって自覚ある?

 私が動きが鈍いからか、痺れを切らして入ってこようとするマイン。だからそれを手で制して立ち上がる。乙女の寝所に許可なく踏み込むんじゃないわよ。


「まあいいわ。で?この後どうするの?」

「それはまずここを脱してからの話だろう。早く来い」

「はいはいそうですねーっと」


 仕方ないからテントを出る。出てすぐに片手剣(ショートソード)を手渡された。

 あらやだ、準備いいじゃない。


「近場の街で買った数打ち物だが、お前なら充分だろ」

「いやあ、何人か斬ったら終わりでしょコレ」

「文句を言うな」

「分かりましたよ」


 そんな悠長に喋っている間、誰も私たちに向かってこない。それもそのはずで、テントの外では縦横無尽に暴れ回るオスカーさんに騎士たちが面白いくらいに翻弄されていた。

 いやアンタ達たったひとりに不甲斐なくない?さてはあれか、普段は格下を寄ってたかってイジメるような仕事ばっかりで強敵との戦闘経験皆無な感じ?なんだよハリボテかよ!


 そしてそんなへっぽこ騎士たちは、私たちが参戦したものだから一気に総崩れになる。隊長が必死になって立て直しを指示していたけど、熟練者(エキスパート)級冒険者3人を相手に劣勢が覆るはずもない。

 ていうか私昇格試験をサボってるだけで事実上もう凄腕(アデプト)だし、今まで見た感じだとマインも凄腕級の力はある。なので全く危なげないし、正直負ける気は全然しない。



 オスカーさんが森に隠してた騎竜を二頭曳いてきて、マインとともにそれぞれ跨る。私は隊長の馬を分捕ってやった。


「よし、逃げるぞ」

「ま、待て!」


 マインの言葉に追い縋ってきた隊長の言葉が被った。


「貴様ら、こんな事をしてただで済むと思うな!」


「ほう、ではどうするつもりだ、言ってみろ」


 マインがそう言って睨むと、隊長は目に見えてビビる。もう絶対敵わないのは骨身に染みてるはずだとはいえ、ちょっと弱々すぎるぞおっさん。


「まあタダで済ますつもりがないのはこっちも同じよ」

「な、なに?」

「だからあのボンボンに伝えてちょうだい。アンタのせいで私は国を出るハメになった、って」


 私の言葉に隊長の顔が驚愕に歪む。


「な……まさか貴様…、祖国を捨てる気か!?」

「そうさせたのはアンタのご主人様。で、学院卒塔生の国外流出は国家の損失。ということはよ?」


 わざわざ一旦言葉を切ってやる。

 そして隊長が意味を飲み込んだのを見計らってから宣言してやった。


「その損失を招いた元凶を、陛下がお許しになるかしらねえ?」


 そして馬首を巡らして駆け出す。その両サイドにマインとオスカーさんの騎竜がサッと並ぶ。まるで私を護衛するかのように。


「ま、待て!待ってくれ━━━!」


 隊長の懇願には、もう誰も応えなかった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「女王陛下にご報告を申し上げます」


 昼下がりの宮殿のテラスでお茶を楽しんでいた女王の元へ、親衛騎士の伝令がやってきた。

 小柄な老女王は表向きは何の反応も示さない。ただカップを持った手が止まったから、分かる人にはきちんと話を聞くつもりなのが分かる。そしてそのことは同席している伯爵夫人にも、伝令の騎士にも正確に伝わっている。


「グロウスター伯爵家の本邸にストーン侯の手の者が押し入りました」


 騎士は淡々と事実を告げた。

 だが老女王からは反応はない。我が家を襲撃されたと聞かされたはずの伯爵夫人も平然としている。まるでそれが予想された既定事実であるかのように。


「女王陛下」

「許可します」


 伯爵夫人は一言だけ、女王に向かって発言の許可を求め、女王はそれを一言で許可した。彼女が何を聞きたいのかは分かっているのだ。


「我が家の損害はいかほどですか?」


 伯爵夫人は伝令騎士の方に顔を向け、問いを発した。この場で分からないのはそれだけだったし、それはこの騎士に聞かねば分からない。


「は、グロウスター家の損害は人的物的ともに軽微………ただ、アンジェリーナ様が連れ去られた模様で」

アンジェリーナ(あの子)以外の被害は?」

「人的被害の報告はございません。物的には正門の門扉とアンジェリーナ様のお部屋の扉が壊されたとかで」


「あら、じゃあ被害は皆無(・・)ね。良かったわ」


 伯爵夫人はそう言って、両手をパンと合わせて破顔した。どう見ても連れ去られた我が娘を損害勘定に入れているように見えなかった。

 親としてそれはどうなのか。騎士が胡乱げな目を向けるが、すぐにそれは失礼だったと気付いて目を伏せた。女王から手だけで退出を命じられ、騎士は拝跪するとそのままテラスを後にしていった。


「陛下、予想通りになってしまいました。大変申し訳ございません」

「いいのよサマンサ、あの子はあれでいいの。だから貴女が気に病む必要はないわ」


 サマンサと呼ばれた伯爵夫人が、女王に対して着席したまま上半身だけで頭を垂れて謝罪するが、女王はそれを笑って許した。


「それにあの子なら、好きな時に勝手に逃げ出すでしょうからね」

「ええ、相変わらずのお転婆娘でお恥ずかしい限りです………」

「あら、あの子は単に私からの命令(・・・・・・)を守っているだけよ?」




 2年前、16歳になって〈賢者の学院〉を無事に卒塔したアンジェリーナは、他のアルヴァイオン出身の卒塔生たちとともに女王への謁見報告式に出席した。そして同年の国内最高成績を女王自身から誉められ祝福され、女王のお茶会に招待される栄誉を賜った。


 そのお茶会で「おそれながら!」と緊張に震える面持ちで訴え出た彼女の顔を、声を、今でも女王は鮮明に憶えている。

 彼女は自由に生きたいのだと訴えた。アルヴァイオン国民、女王の臣民としての立場まで捨てるつもりはないし、実家や祖国の迷惑になるようなこともしたくはないが、それでも「自分の自由」を優先させて欲しい、その許可を頂きたいと、彼女は真剣な目で訴えたのだ。

 その我儘を通すために彼女は学院でも必死に頑張ったのだと言う。我儘を言っても許してもらえるほど、それが認められるほどの高い成績と実力を身に着けて、自身の有能さを示すことで、その努力の対価としての自由を求めたのだ。


 だから、女王はそれを許可した。

 出仕は不要、貴族としての義務の履行も不要。ただ女王の臣民としての立場を忘れずに、何かあれば女王の「お願い」を聞くこと。

 それが、女王が彼女に出した条件だった。


 以来彼女は、在野に身を置きながら女王の私的な手駒として様々な情報を上げてくる優秀な諜報員となったのだ。そしてそのことは、彼女の家族も了承済みである。

 ただ当然ながら国内には周知していない。だからこそストーン侯も彼女を手に入れようと動いたのだろう。




「しかし面倒なものに絡まれたわね、貴女の娘は」

「以前にも一度婚約の打診をされたことがございまして、当然断ったのですが。まさか諦めていなかったとは思いませんでしたわ」

「さてあの子はどうするかしらね?やはり国外に逃げるかしら?」


 楽しそうに女王は笑う。そうなったらそうなったで、今度は国外の情報を集めてもらうだけだ。


「あの子の性格を考えればそうでございましょう。おそらくは先輩の伝手を辿ってエトルリアあたりでしょうか」

「わたくしとしては、いっそブロイス方面へ行って欲しいのだけれど」


 またも女王は笑う。だが彼女にそれを伝えるつもりはなさそうだ。

 あくまでも彼女が自分で選んだ(・・・・・・)その結果を、女王は成果として受け取るだけのつもりらしい。


 その時、音もなくテラスに降り立った影がある。それまで気配も何もなかったのに、気付くとその影は跪いて頭を垂れていた。

 伯爵家の侍女服に身を包んだまま現れたのはオーロラだ。


「ご歓談中申し訳ありません。陛下におかれましてはまことにご機嫌麗しく」

「前置きはいいわ。用件を申しなさい」


 王宮まで侵入しておいて型通りの挨拶をしようとする隠密に、女王は穏やかに用件を促す。彼女が誰で、何のために現れたのかすらお見通しであるかのように女王は余裕の笑みを浮かべている。


「我が主、アンジェリーナ・グロウスターからの密書をお届けに上がりました」


 オーロラは懐から取り出した親書を主人(アンジェリーナ)の母であるサマンサに手渡した。サマンサはそれをやはりオーロラが持参したペーパーナイフで開封し、中の便箋だけを女王に差し出した。

 女王はそれを受け取って一瞥する。ふふ、と笑みをこぼしたのは、内容が予想通りだったからだろう。


「やっぱりあの子、エトルリアを目指すのですって」

「やはりそうなりましたか。本当に申し訳ございません」

「いいのよ、先ほども言ったけれど、あの子は自由でいいの」


 ああして自由に楽しくやっているのを見るだけでも気持ちが若返る気がするわ、と女王は微笑った。きっとそれが彼女の我儘を許した最大の理由だったのだろう。

 ダイアナ・アレクサンドリナ・メアリー・オブ・アルヴァイオン大公、御年87歳。老いてますます盛んな女王の若さの秘訣は、案外そういうところにあるのかも知れない。


「では、このオーロラをあの子の供に付けさせますわ」

「まあ、それはいいわね。さすがに知らない土地でひとりきりだとあの子も寂しがるかも知れないわ」


 そう言いながら、絶対そんな事にはならないだろうと確信するかのような表情を浮かべる女王である。彼女の逞しさは誰よりも女王自身がよく知っていた。

 サマンサから許可の視線を受けて、オーロラは「これにて失礼致します」と一言残して音もなく消えた。


「優秀な隠密を持っているのね伯爵家は。羨ましいわ」

「あれはアンジェリーナが拾ってきた(・・・・・)子ですわ。ですからあの子の指示がなければ我が夫(グロウスター伯)にすら従いませんの」

「あら、そうなのね」


 自身の能力だけでなく、人を見る目も備えているアンジェリーナに目を細める女王である。どうやら彼女への寵愛がまた一段と深まりそうだ。


「それはそれとして、ストーン侯には少しお仕置きが必要かしらね」


 女王は手を叩いて人を呼ぶ。それに応えて現れた侍従長に、女王はストーン家の先代侯爵を呼び出すように伝えた。

 息子の不始末を親に片付けさせるつもりである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 二頭の脚竜(イグノドン)と並んで夜の街道を駆ける。隊長の乗っていた黒の鬣馬(たてがみうま)はなかなかの名馬のようで、脚竜のスピードにもちゃんとついて行く。

 本人へっぽこだったくせに良い馬もらってんじゃないの。速さは風馬(かぜうま)並みで丈夫さは風馬の比じゃないなんて、くそう、この馬ちょっと欲しいかも。

 まあ侯爵家の隷印が打たれてるから乗り捨てないと足が付くけどね!


「追手はどうやら無いようだな」


 マインがそう言ってスピードを緩める。それに合わせてオスカーさんも私も襲歩(ギャロップ)から駈歩(キャンター)に落とす。

 そのついでに、彼に疑問をぶつけてみた。


「ねえ、どうして助けてくれたの?」


「助けたらまずかったか?」

「んー、まあマズかったと言えばそうだし、助かったのもそうなんだけど」


 そこで言葉を切ってみるけど、先を促すように朱色の瞳で見つめられた。


「ぶっちゃけ貴方達になんのメリットもないのよね。逃亡幇助のお尋ね者になっちゃったし、国外に出たら少なくとも再入国は無理だと思うんだけど」

「メリットならある」


 マインは私を見つめたまま言う。

 いやそのキリッとした顔で見つめられるとなんか恥ずいんだけど。


「お前が他人のものにならずに済む」


 ……………え?


 驚いて彼の顔を二度見すると、何だか顔色を隠すように背けられた。


 えっ待って?顔赤くなってない?

 え?

 いやいやいや、マジで?


 予想だにしなかった彼の反応が、じわじわと心に沁み込んできて、一気に顔が火照る。

 えっホントに?嘘じゃない?からかわれてたりしないよね!?


 答えを求めてオスカーさんを目だけで窺うと、何とも言えない表情で微笑んでいた。

 いやいやその反応も解釈に困るんですけど!?

 お願いだから誰かハッキリ教えて〜!


「さあ、急ぐぞ。このまま飛ばせば、夜明けには船までたどり着けるはずだ」


 誤魔化すようにマインが脚竜の手綱をしごいて一歩前に出る。すかさずオスカーが続いて、混乱したままのアンジェラも慌てて追いかける。


 混乱したままの彼女は、マインの進む先が港町の方向ではないことに気付いていなかった。ただ今見たものと言われた言葉の整理をつけるので精一杯で、周りを確かめる余裕などすっかりなくなってしまっていた。



 だから、なのだろう。

 大きな失敗をしてしまったことに、この時彼女は気付かなかったのだ。





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