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02.望まぬ婚約

「ウソでしょ!?なんで!?絶対嫌よ!」


 久しぶりに実家に戻ったアンジェラ、いやアンジェリーナを待っていたのは、文字通り『あり得ない縁談』だった。


「なんでストーン侯爵家の当主がうちに縁談ふっかけてんのよ!前に一度断ってるのに意味分かんないでしょ!」


 グロウスター伯爵家(うち)に、というより(ウチ)に、か。

 いやまあ、先方の魂胆は見え透いているんだけどさ。


「そう言わないでおくれアンジー。私としても断りようがなかったんだ」


 もうすでに泣きそうな顔のブランドンお父様。私が激高して蹴っ飛ばすのが分かり切ってるのに、それでもこの縁談を受けざるを得なかったわけで、さすがにちょっと可哀想になってくる。

 まあそもそもの話、しがない伯爵家が上位の侯爵家からの縁談を断るなんて普通はできないしね。一度目は何とかできても二度は無理でしょ。


「………ねえ、“対策”は済ませてるのお父様?」

「全てではないが、最低限の根回しは済んでいるとも。まだ安心は出来ないから、引き続き動くつもりだがね」

「じゃあ、想定通り(・・・・)にやるけど構わないわよね?」

「お前が嫌がるのなんて分かり切っていたことだからね。心配せずともいいから、好きなようにやりなさい」

「分かりました。ありがとうお父様、愛してる」


 そう言って父の首に抱きついて頬にキスをすると、軽くハグされ優しく髪を撫でられた。ホントうちのパパカッコいいわ。顔はおっさんだけど心は超イケメン!


「アンジー」


 声をかけられて父から身を離してそちらを見ると、兄のエドワードが玄関ロビーに顔を出してきたところだった。


「ただいま帰りました兄様」

「うん、お帰り。それで?お前はどうするんだ?」

「そうね、ひとまずはエトルリアを目指すとするわ」


 エトルリアならレギーナ先輩やミカエラ先輩のツテも頼れるし、なんならその先のスラヴィアにも行けるし。さすがに自由自治州(スラヴィア)までは追いかけて来れないでしょうし。


「あ、お母様と姉様は?」

「母上は今日は陛下のお茶会に呼ばれておいでだ。キャロルはヨークシア侯のお邸で、いつもの昼餐とお茶会に行っている」

「そう。ならその両家はおふたりにお任せしていいわね」


 おそらく、キャロライン姉様がヨークシアの次期侯に輿入れが決まったからストーン侯(ヤツ)も動き出したんだろうなあ。今までの縁談は『姉より先に嫁ぐ訳には参りません』って断ってたしなあ。

 しまったなあ、こんな事になるならもっとハッキリ断っとくべきだった。

 ま、いっか。今度は二度と嫁にしたいなんて思えなくなるほどやっちゃえ(・・・・・)ばいいだけだし。相手はあの(・・)ストーン家のボンボンだし、好きにしていいって言われたし、遠慮は良くないよね?


「アンジー、悪い顔になってるぞ?」

「あらやだ、失礼しました兄様」


 さて、じゃあ私も動きますか。

 まずは部屋に戻って、伯爵家の紋入りの便箋に陛下宛ての親書を手早く書き付けて、インクを乾かしてから宛名と署名を(したた)めた封筒に入れて蠟封。指をパチンと鳴らすと、どこからともなく現れたのは私付きの専属侍女。侍女ながら護衛としても隠密としても極めて優秀な、私のお気に入り。


「オーロラ、これを陛下にお届けして欲しいの」

「畏まりました。ですが陛下には今、サマンサ奥様がお願いしておられるはずですが?」

国外逃亡(・・・・)だからね、私からも一言お詫びを申し上げないと」

「なるほど、確かにそうですね」


 顔色ひとつ変えずに頷くオーロラ。もうホントうちの人たちみんな私が何しようと驚かないし、何しようとしてても肯定してくれる。みんな大好き!

 オーロラは親書を受け取って一礼したあと、前触れもなくいきなり消えた(・・・)。彼女に任せておけば確実に陛下まで届けてくれるから安心だ。


 と、そこで表が騒がしくなる。何事かと窓から正門の方を見て、


「げ」


 思わず下品な声が出た。

 だって、そこにいたのはストーン侯の私設騎士団の騎士たち。それもひとりやふたりじゃない、一部隊単位で揃っていたのだ。

 ちっ、私が戻ってるのをこんなに早く嗅ぎつけるとはね!敵ながらなかなかやるじゃないの!


 しかしこうなると、迂闊に部屋から出られない。私が居ないとなればアイツらの事だ、格下の伯爵家(・・・・・・)に多少の狼藉くらい当たり前のように振るうだろう。私は冒険者としても鍛えてるし、包囲を突破して逃げるくらいならできるけど、お父様や兄様は普通の貴族で荒事は向かないし、使用人たちの大半もそうだから奴らに抵抗する術がない。

 しばらく待っていると、廊下が騒がしくなる。私の周りにはオーロラ以外の侍女や護衛たちが控え室から集まって来ているが、まあそれも戦力にはならない。なのでソファに腰を下ろす。ひとまず腹を括るしかない。


 部屋の扉はノックもなしに開け放たれた。念の為鍵かけてたのに、その鍵ごとドアノブをぶち壊しやがったな。


「伯爵家次女のアンジェリーナ殿とお見受けする」


 入ってきた騎士は、いきなりそう言った。ドアを壊した詫びもなく、自らの名を名乗ることもなく、跪いて礼をすることもなかった。ストーン侯の威を借りて、こっちが下手に出ることを疑ってもないその態度に虫唾が走る。そんな所までご主人様に似なくてええんやで?


「不法に侵入した無礼者に名乗る名はありません。出ていきなさい」


 だからちょっと令嬢らしく撥ね付けてみた。とは言っても帰ってきたばかりで旅装のままだし、令嬢らしさは微塵もないけどね!


「ストーン侯ショーン様が直々に、当家へお迎えするようにとの仰せだ。早速逃亡を図ろうとしたようだが、大人しく従うほうが身のためですぞ」


 先頭の騎士の男は偉そうに胸を張って私を見下ろしながら言った。偉いのはオマエじゃない、オマエのご主人様だ勘違いすんなオッサン。オマエせいぜい部隊長クラスだろうが。

 いやそのご主人様も権力を履き違えた痛い子なんだけどさ。前のストーン侯は話の分かるいい人だったのに、どうして息子はこうなるかなあ。


 無視したままソファに座って、控えている侍女にお茶まで言い付けてる私にイラッときたのか、騎士が一歩近付いてきた。

 だからこれでもかと冷徹な声を出して言ってやった。


「寄るな、下郎」

「げっ、下郎だと!?」

「私設騎士ごときが伯爵家に対するこの無礼、覚悟はあるのでしょうね?お前たち全員の素性を調べて家族ともども破滅させるくらい、わけないのですよ?」


 グロウスター家はこれでも高位貴族の一員だし家が困窮しているわけでもない。田舎貴族だが歴史は古いし、使える伝手も自前で揃える武力も財力もそれなりにある。さすがに侯爵家には及ばないが、それでも私設騎士程度なら何人だって破滅させられるのだ。

 まあお父様はお優しいからそんな事なさらないけどね!


 私の言葉に隊長の騎士が僅かに怯む。いやこの程度でビビるのかよヘタレか!と思いながら立ち上がる。


「とはいえ、ここで貴方達ごとき下賤の者共をいくら誅したところで我が家の損失にしかなりません。いいでしょう、案内なさい。貴族の令嬢を(かどわ)かすのがどれほどの罪になるのか、侯爵様にみっちり(・・・・)教えて差し上げないとねえ?」


 だいぶ悪い顔で笑えたと思うんだけど、隊長は明らかに怯んだからまあ上手く出来たんだろう。


 そうして大人しく私設騎士に囲まれて私は部屋を、邸を出て、彼らの用意した馬車に乗り込み王都の侯爵邸に連れ去られた。お父様や兄様が心配そうな目で見てたから、安心させるようにウインクしてあげた。

 いや待って、兄様のその顔は私がやり過ぎるのを心配してそうな気がするんだけど!?



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 馬車に揺られて街道を走る。うちの領地はけっこう僻地だからある程度距離を移動するのに、今どき脚竜車じゃなくて馬車ってんだから、カッコつけのストーン侯らしい。でも馬車だと足が遅いから今日中には王都に着かないな。途中で宿を取るか、それとも野営でもするんだろうか。

 まあ野営だろうな。街中だと人目につくから暴れるわけにもいかないし、私が逃げ出して路地にでも隠れれば見つけられなくなるでしょうし。

 つうか王都の侯爵邸から馬車差し向けてるってことは、縁談を受けて私が家に戻るのを見越して動いてたってことじゃない。チクショウ全部ヤツの手のひらの上かよ!ああなんかムカつくぅ!


 そんな事を思いながら窓から街道の景色を眺める。その視線の先、遠くに見える森の入り口のあたりに一騎の騎馬ならぬ騎竜が目に入った。


 ん、あれ?今のオスカーさんじゃなかった?ずいぶん遠くて青豆(ソイ)の粒ほどにしか見えなかったけど、咄嗟に魔術で[感覚強化]して目を凝らしたから、多分見間違えじゃないはず。

 しかもこっち見て笑ったような気がするんだけど!?気のせい?気のせいじゃない?どっち!?


 と思ってもう一度見たときにはそこにはもう誰もいなかった。何なんだろう一体。見間違えじゃないとして、もしかしてまだ私を追いかけて来てるの?実家バレしたくないって私言ったよね!?



 結局その後はそれらしい姿を見ることもなく、夜になって一行は街道から逸れて森の中で野営の準備を始めた。案の定街で宿を取るつもりはないようだ。まあ私設騎士だけで十数人いるからね、それだけの数を泊まらせるだけの資金も渡されてないんだろう。

 ていうかさ、これ、コイツらが私を襲う気になれば軽くピンチなんだけど?まあさすがにご主人様が嫁にしようとしてる女を襲ったりはしないだろうけど、目撃者は出ないだろうし口裏を合わせればどうとでもなりそうな。襲うったってエッチな意味じゃなくて殴る蹴るの方だってあり得るしね。


 まあそうなればこっちとしても存分に冒険者としての実力を披露するだけだけどね!武器も鎧も持ってこれなかったけど、いざという時に備えて隠した暗器はちゃんと懐にあるし。普段からソロで動いてるんだから、そういう備え(・・・・・・)はいつだってあるのよ。ふふん。


 ………とか思ってたのに、何事もなく普通に食事が用意されて別に毒も入れられてなかった。なんか拍子抜け。


「すいませんねお嬢さん。こんな暗い森の中で不安でしょうけど」


 私設騎士のひとりが、私に食事を運んできた際にそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。なんだ、アレな侯爵の私設騎士なのにマトモな人もいるじゃない。


「大丈夫よ。私慣れてるから問題ないわ」


 なんで慣れてるのかは言わない。私が冒険者をやってるってことは社交界ではひた隠しにしてあるから、末端の私設騎士が知ってるはずもない。

 まあ察してる勘のいい貴族はいるかもだけどね。〈賢者の学院〉の“力の塔”出身で、勇者候補の「候補」に挙がったことがあるって経歴は周知されてるから。

 ていうかストーン侯の狙いもほぼ間違いなくそれだろう。力の塔の卒塔者ってだけでも国家の柱石となれるレベルの人材だし、それが卒塔後2年も出仕せずに結婚もしないでフラフラしてるんだから、それを押えれば自分の権勢をさらに増せると考えててもおかしくない。

 まあそれならそれで真っ先に陛下が動くはずなんだから、少し考えればなぜ私がフリーで遊んでられるのか分かりそうなもんだけどなあ。


 ま、それが分かんないからあのボンボンは駄目なのよね。


「え、慣れてるんすか」

「そうよ。うちは辺鄙な田舎領地で森も野山も多いし、無駄に領地も広いから護衛たちと一緒に視察途中で野宿ぐらいするもの」

「ああ、そうなんすね」


 私設騎士はそれだけで納得したのかそのまま下がっていった。多分この人平民の出だなー。いい人だけれど、そんなんじゃコロッと騙されるよ君?世の中世知辛いんだからね?


 とまあ、そんな事はさておき私は据え付けられた仮設テントに潜り込んだ。これは私のために用意された寝所で、ちゃんと毛布も用意してある。そしてさすがに中までは騎士たちは入ってこない。だから個室だ。

 まあ入って来られたら、それはそれで大問題だけどね。

 テントに入る際にそれとなく周囲の様子を窺ってみる。騎士たちはそれぞれ寝袋を用意して潜り込んだり、火の番をしたり見張りに立ったりと色々だ。隊長の姿が見えなかったので、多分アイツは馬車で寝るんだろう。

 いや間違ってるだろオイ。護衛対象(連行対象ともいう)の私をこそ馬車に入れとくべきだろうが。


 まあ文句を言っても始まらないので、寝るか。





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