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10.その後

「…………………………あのさあ。」


 アンジェリーナは目の前に座る男に胡乱げな目を向けながら声をかけた。


「なんだ?」

「なんだ、じゃないでしょ!

なんで私たちまた会ってるのよ!?」


 場所はアルヴァイオン北部のレイクランド地方、その深い森の中。

 アンジェリーナの向かいで焚き火を囲んでいるのはマインラートだった。当然というか、オスカーも一緒だ。


「と言われてもな。冒険者なんだから時には国外へ遠征することもあるだろう?」

「何言ってんの皇子様!?」

「違う。俺は『冒険者のマイン』だ。断じて皇子などではない」

「『今は』の但し書きを忘れていますよ、マイン」


 澄ました顔で偽名にもならない偽名を名乗るマインラートに、すかさずオスカーのツッコミが入る。

 いやそうじゃなくて!




 あのあと、アンジェリーナとオーロラは“竜翼山脈”を越えてエトルリアに入った。それから念のためにとスラヴィアの“自由都市”ラグ市に移り、そこでダイアナ女王からの書簡を受け取った。

『結婚が白紙になったのなら、戻ってきなさい』

 書簡にはそれだけが書かれていて、だから彼女はアルヴァイオンに戻ってきたのだ。


 戻ってみれば女王の他に両親と兄と姉夫婦(・・・)とストーン前侯爵まで揃っていて、両親には泣かれるわ兄には呆れられるわ姉からは説教を食らうわで散々な目に遭った。何でも婚約破棄と逃亡の一部始終が情報ギルドにすっぱ抜かれたらしく、情報ギルド発行の西方世界の全国紙である『西方通信』紙上で事の顛末が全世界に伝わってしまっているのだという。


 誰!?誰なのよ情報リークしたのは!?ヴィルシーマでのやり取りまで詳細に正確にバレてるじゃないのよ!オスカーさん?オスカーさんなの!?もし今度会ったら絶対問い詰めてやるんだから!


 それで彼女はしばらく自宅蟄居、という名目の『ほとぼりを冷ます期間』を設けざるを得なかった。何しろ出歩けば、どこへ行っても何をしても「あれが噂の………」と指を差されてヒソヒソ噂されるばかりだったのだから。

『あれが噂の………』

『そうよ、皇子様相手に啖呵切ったお姉様よ!』

『素敵!お近づきになりたいわ!』

『あの“狂楽皇子”相手に一歩も引かねえどころか逃げ切っちまうなんて、スゲエよなあ』

 いやちょっと!?噂話ヘンな方向に行ってない!?てか狂楽皇子って何よ!?マインのやつそんな渾名付けられてんの!?


「まああんな噂されて街中でもどこでも“ファン”に追い回されて、さすがのお嬢様も形無しでしたねえ」

「言わないでオーロラ!てか全然助けてくれずにニヤニヤ眺めてるだけだったよね貴女!?」

「だってあんなになす術なく逃げ回るだけのお嬢様なんて、こんな機会でもなければじっくり鑑賞できませんから」

「鑑賞対象なの私!?」


 頼みのオーロラにまでイジられて、本当になす術なかったアンジェリーナであった。



 そして暑い暑季(なつ)の盛りを過ぎて稔季(あき)も深まる頃になって、ようやくアンジェリーナは『冒険者アンジェラ』としての活動を再開したのだ。

 なのに、手始めにと向かったレイクランドの森で待っていたのは『冒険者マイン』だったのだ。


 マインラートの噂はアンジェリーナの耳にも届いていた。彼女の思惑通り、ブロイス国内では彼は一方的に婚約破棄された悲劇の皇子ということに落ち着いたようで、相変わらずご令嬢がたからの婚約申込みが後を絶たないのだという。だが何故か彼は、その大半を会いもせずに断っているらしい。時には会うこともあるが、それでも結局は断ってしまうという。

 まあ手酷くフッちゃったからねえ。しばらくは傷心してても仕方ないかあ。でも謝んないよ!あれがベストだったって今でも私信じてるもん!


 だというのに、目の前のこの男はケロッとしている。今も自分で釣ってきた川魚を器用に処理して火に炙って喰らいついている。その姿はとてもあの皇子様とも思えない。


「なんなのよ、もう………」


 あまりにも以前と何もかも同じで、まるで自分が逆行転生(タイムリープ)してしまったかのようだ。

 えっやだ私、転生しただけでなく逆行転生まで経験しちゃったのかしら!?


「何も不思議はないだろう」


 マインは何食わぬ顔でそう言う。


「お前は元の生活に戻りたかったのだろう?ならば、何もかも元通りに(リセット)してしまえばいいだけだ」

「あんたね、そんな簡単に言うけどさあ!」

「お前だけでなく、俺も含めての話だぞ?」

「えっ?」

「そのうち結婚はせねばならぬだろう、お互いに。だが今しばらくは、“元のままの生活”を楽しめる余地はあるはずだ」

「いや、そうかもだけどさぁ……」


「それにな。俺はどうやら自分のことばかりで、お前のことをきちんと見ていなかったのかも知れないと思い直してな」


 つまりそれは、彼が彼女の在り方を認めたということ。変わらないと思えた彼が、ほんの少しだけ彼女に歩み寄った、奇跡に等しいような、現実。

 一緒に“逃げる”ことは出来なかった。だからせめて“先送り”にしよう。揺らめく炎を映した彼の朱色の瞳が、そう言っているように思えた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後数年してマインラートは国内の高位貴族の令嬢と婚約を結び、そのまま正妻として迎え、皇位継承権を保持したまま皇族のひとりとして祖国に尽くして生涯を終えた。子宝にも恵まれ、その子は臣籍降下して、フォーエンツェルン公爵家として新たに家門を興したという。

 市井にはマインと名乗る冒険者が数年に渡って活動していた記録が残されている。いつの頃からか姿を見なくなったそうだが、冒険者マインを知る人はみな口を揃えてこう言うという。「そう言えば、皇弟殿下がご婚約を発表なされたあたりじゃなかったか、マインを見かけなくなったのは」と。




 アンジェリーナの方は結局、生涯結婚しなかった。ただ相変わらず冒険者として時々活動していて、ある時長い遠征のあと一度だけ(はら)を膨らませて帰ってきたことがある。

 彼女は実家で父の分からない子を産んだ。家族がどれだけ問い詰めても彼女は決して父の名を明かさなかったが、生まれたその子は光の加減で見え方の変わる美しい黒髪と、炎の揺らめくような綺麗な朱色の瞳を輝かせた聡明で利発な女の子だったという。

 彼女は女王の計らいで男爵として新たに叙爵され、その地位は娘に受け継がれた。




 彼と彼女の世紀の恋愛はいつの間にやら本にまとめられ、出版されるや瞬く間に西方世界全体で空前のベストセラーを記録したという。そこにはまるで見てきたかのように詳細に物語が綴られていて、固有名詞こそ巧みに変えられてはいたものの、それがあのふたり(・・・・・)の恋物語であると誰もが信じて疑わなかった。

 著者は連名で、『オスカル』と『アウローラ』とあったが、おそらくはペンネームであろう。だってその両名には他に著作物など一切存在しないのだから。

 そして著作者の正体は、今もって永遠の謎のままである。





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