勇者「お前、もうパーティにいらねンだわ」 魔法使い「え……?」
「お前、もうパーティにいらねンだわ」
ある日、突然の追放勧告をされたマジカ。彼女は勇者ご一行の魔法使いである。攻撃魔法と強化魔法を 得意とする気の強い女性だ。
そして宣言をしたのは勇者のアルス。マジカの幼馴染みで、勇者としての腕は確かだ。
「え、突然どうして……? ずっと一緒に頑張ってきたじゃない……」
アルスの背後では華奢な体つきをした僧侶のプリスと、屈強な筋肉が目立つ戦士のウォリアが申し訳なさそうに目を伏せている。どちらも長年の付き合いで、マジカとの関係も良好だ。
「いやぁ、最近追放ものが流行ってるらしいじゃん。だから乗ってみようかと」
「はぁ!? そんな理由で!?」
「そ、有名どこはみんな追放してるって聞いてな」
「なんでアタシなのよ!」
マジカはテーブルに拳を叩きつけながら詰め寄る。その怒りに怯むことなくアルスは笑った。
「ウォリアに言ったらぶん殴られそうだし、プリスは泣きそうだし……お前しかいないんだ」
「……もういいわよッ! ダンジョンで野垂れ死になさい!」
遂に怒りが爆発したマジカは壁に立て掛けておいた杖を取ってテーブルを叩き割ってから外に飛び出した。
「なぁ、ホントによかったのか? 二度と戻って来ないかもしれないぜ?」
雑踏に消え行くマジカを窓越しに見つめながらウォリアが言った。
「そうだよ。いくらなんでも出てけって言うのは酷いよ。せめて私達でもできるから見ててくれ、とかにしないと」
壊れたテーブルの破片を箒で集めながらプリスが諭す。
「そんな事は百も承知だ。でもアイツが納得すると思うか? 三人でダークドラゴンを倒しに行くだなんて」
「う……確かにマジカちゃんに頼りっきりだったけど、やっぱり言い方がよくないよ」
「しかしだプリスよ、俺らでダークドラゴンを倒して証拠を持ち帰ればマジカだって赦してくれるさ。そんで報酬金でごめんなさいプレゼントを買うんだ」
「そんなんじゃ追放した意味が分からねーぜ」
「だって他のパーティが追放マウント取ってくるんだぜ? 鬱陶しいったらありゃしない」
「だからといってホントに追放する奴があるかよ」
「捨てるならプリスかウォリアだって言われてんだぞ。もちろん俺はそんな事は思わない。だから一番強いマジカ抜きでダークドラゴンを倒すんだ。そうすりゃ二人の評判も上がって万事解決だぜ」
「はぁ……ありがたいけどさぁ。ズレてんだよなぁお前は」
「そう誉めるなよウォリア。照れるだろ?」
「アホか! 貶したんだわ!」
あっけらかんと笑うアルスをウォリアが怒鳴り付ける。スキンヘッドの彼が怒鳴ると相当怖い。しかし見慣れたアルスにはまったく効かない。
「ま、まあまあ二人とも落ち着いてよ。始まったものは仕方ないんだし、対策を考えようよ」
自慢の金の長髪を不安そうに撫でながらプリスが宥めた。彼女の声にはどこか人を安心させる効果がある。魔法ではなく体質的なもので、物心ついた頃から癒し系キャラをやっている。
「そうだな。激戦が予想されるから万全の状態で挑まないとな」
プリスが用意した新しいテーブルの回りに集まって間抜けな勇者一行のダークドラゴン討伐のための作戦会議が始まった。
☆
「ったく何考えてんのよあのアホは……」
追放されたマジカは何の迷いもなく真っ直ぐ酒場に向かった。ドアを乱暴に開けてカウンター席に陣取った。
昼間だから酒場には殆ど人がいない。奥に数人固まって飲んでいるのと、真ん中辺りの席で爆睡している人がいるだけだ。
マジカはマスターを睨み付けてアルコール度数の一番高い酒を注文した。
「ど、どうぞ──」
「どうも!」
引ったくるようにグラスを取って一気に飲み干す。喉がカッ、と熱くなる感覚を受けて涙が溢れる。この涙は酒のせいか、はたまた追放された悲しみが襲ってきたのか、今のマジカにはどうでもいい事だった。
アルス達が自分に内緒でダークドラゴンを倒そうと画策しているとは夢にも思っていない彼女は酒とつまみを注文して自棄になっていた。
たまに店主にダル絡みをしたが、基本的にはチビチビとつまみを食べながら酒を呷っていた。
時間が経つにつれて客も増えていくが、誰もマジカの近くには座ろうとしなかった。酒にかなり強い彼女だが、度数の高い酒ばかりを飲んだせいで頬の辺りが赤くなっていた。
「お客さん、もうホドホドに……」
もう何杯提供したかも分からない店主もさすがにこれ以上与えるのはマズイと思って今日は終わりにする事を提案する。
「うるっさいわねッ! 金はあるから持ってきなさいよ!」
心が荒んでいるマジカにはまったく効果がなく、むしろ酒を飲む速度が上がってしまった。
もう私には止められないと店主が諦めた直後、眼帯をつけたローブの男が店に入ってきた。
「うぃーす、邪魔するぜぇ」
「おお、チーフさん。いらっしゃいませ」
「今日も一杯頼むぜ……あれ、マジカじゃねーか。お前こんなとこで何やってんだ?」
「あらチーフじゃない。久しぶりね」
チーフは誰も座らなかったマジカの隣に腰を降ろした。フードを外すとツンツンと尖った銀髪が姿を現す。眼帯と合わせて非常に凛々しい顔立ちだ。
「お前こんな所で何してんの? アルス達といなくていいのか?」
「いいのよ、もう。アタシは追放されたんだから。流行ってるからって幼馴染みをそう簡単に切るかっての」
「え……さっきすれ違った時ダークドラゴン倒しに行くとか言ってだぞ。マジカいなくても頑張るぞとか何とか言ってたし」
「…………?」
酒を飲みながら聞いていたが、ちょっと酔っているせいでチーフの話が頭に入ってこなかった。アルス達が何かを倒すためにどこかへ行ったと言われたような気がした。
「それで?」
「だから、お前抜きでダークドラゴンに勝てんのかって話だよ」
「ダーク……ドラゴン?」
いつまでもボケた答えしか返さないマジカにイラついたチーフは常に持ち歩いている超強力な酔い醒ましを口に突っ込んだ。凄まじいミントの香りが店中に広がり、マジカは激しく咳き込み始めた。
「な、何すんの──」
「もう一度だけ訊くぞ、お前抜きでダークドラゴンに勝てんのか?」
マジカの声を遮り、肩を掴んで揺すりながら尋ねた。
一秒、二秒と経過し、マジカの顔が青ざめ始めた。ようやく事の重大さに気づいた彼女は杖を引っ付かんで店の外へ駆け出した。
「ちょっとお客さんお代!」
「今日は俺が払うからいいよ」
チーフは仲間の元へ向かった魔法使いの飲み代を店主に支払った。
「ひい……ひぃ……うっぷ……」
酔い醒ましを飲んだとはいえ、急に走り出したせいで吐き気を催した。
「が、我慢我慢……」
根性で無理矢理吐き気を飲み込んで再び進む。しかし夜だから人通りが多く上手く前に進めない。こうしている間にもアルス達はドラゴンの巣へと近づいているのだ。
「ちょっと失礼!」
強引に隙間を作り、杖で地面を叩いた。瞬間的な突風が足下に吹いてマジカの体を持ち上げた。地上から一気に数十メートル付近まで上昇し、滑空しながら森の方角へ進路をとる。
「う……ぉええええ……」
断続的な揺れのせいで吐き気が再発。夜のきらびやかな町に吐瀉物が降り注いだ。地上ではマジカの落とし物のせいで悲鳴があちこちから聴こえる。
胃の中身を殆ど吐き出した頃には森が目の前まで近づいていた。その森の中央で何かが争っているのが遠くからでもわかった。
木よりも大きい漆黒の鱗を持ったドラゴンが三人の人間と戦っていた。
「まずいわね……」
汚れた口元をローブの袖で脱ぐって急降下する。目指すは森の中央、アルス達とドラゴンが戦っている場所だ。
すぐさま助けに入ろうとしたが、木の陰にこっそり降り立った。戦闘の様子を覗くとアルス達は奮戦していた。
最前衛のウォリアが斧でドラゴンの爪を受け止める。その隙に背後からアルスが斬りかかった。
尻尾による反撃はプリスの魔法障壁によって阻まれる。アルスの雄叫びが森中に響き、ダークドラゴンの右腕を落とした。
それに怯んだのを見逃さなかったウォリアが左手を肘の辺りから吹き飛ばした。
「よしっ! このまま押しきれるぞ!」
「おうよ!」
二人かがりでとどめを刺そうと武器を振り上げた──直後、ドラゴンが吠えた。街まで聞こえるんじゃないかという程の大音量で吠えた。武器を落として耳を塞ぎ咆哮を何とかやり過ごす。
しかし咆哮と同時に大木のように太い尻尾がプリスを凪ぎ払った。埃のように軽々と飛ばされたプリスは木に背中から激突して崩れ落ちた。
「プリス!」
アルスがプリスを助けに行こうとした瞬間、ドラゴンが蹴りを放った。当たれば大ケガは免れず、最悪死ぬかもしれないレベルの威力だ。
「危ねぇアルス!」
しかし寸でのところでウォリアが突飛ばし身代わりとなった。人一倍頑丈なウォリアでもしばらく立ち上がることはできなかった。
「ウォリアッ!」
急いで来たが自分を追放したのだから助ける理由はない。むしろ一方的にやられているのを見ている方がスカッとするかもしれない。
「でも……」
それでも、マジカは彼らを見捨てられなかった。
一人でも粘るアルスだが、倒れている仲間二人に攻撃がいかないように注意しながら戦うのは肉体的にも精神的にも疲れる。
サイドステップの際に足元がふらついて倒れてしまった。ドラゴンの全体重が乗った足が振り下ろされようとしている。
「もう見てらんない!」
弾速の速い魔法を二発飛ばして片足を上げたドラゴンを転倒させる。
「マ、マジカ!?」
驚くアルスを追い越して杖の先に自身の魔力を込める。両腕がないせいで中々立ち上がれないドラゴンの額に杖を叩きつけた。
「ブラストッ!」
一瞬静まり返った直後、ドラゴンの頭部が膨らんで大爆発を起こした。脳ミソや目玉などがあちこちに吹き飛び倒れているアルスやウォリア達に降り注ぐ。
森は一瞬にしてドラゴンの臓物と血をかぶって異臭のする場所へと変貌した。
「マジカ……その……」
「そんな話はいいから、アンタはウォリア連れてきて」
スタスタとプリスの方へと歩いていくマジカの背中を見つめ、アルスも近くで倒れているウォリアを背負った。
「よし、エクスキュア!」
魔法陣の中心に寝かせた二人の足下に杖を優しくつけて魔法を唱えた。陣が緑色に輝き、癒しの力が二人を包み込んだ。
「マジカ……ちゃん?」
「お……マジカじゃねぇか」
「アンタらが情けないから仕方なく戻ってきてやったのよわ感謝しなさい」
腰に手を当てて嫌みったらしく言う。しかしピンチを救い、回復までしたのだからこんな態度でも許される。
「ありがとうマジカ。俺、やっぱりお前がいないとダメだな」
そしてアルスがうつ向いてマジカの手を握った。
「ごめんな、これからも俺達と一緒にいてくれるか?」
「あ、うん……いいよ」
アルスの予想外の塩らしさに驚いた彼女はすんなりと了承してしまった。本当ならもう少し意地悪してから仕方なしに戻る、という作戦だったのだ。だがアルスの態度に度肝を抜かれて作戦が頭から吹き飛んでしまった。
「マジカちゃんってアルスに甘いよね」
「ああ、お似合いなのに互いの気持ちに気づいてないってのが最高にもどかしいよな」
そしてその様子を近くで見ていたプリスとウォリアは大きな溜め息をついた。