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それはタノシイ運試し


「色々とお世話になりました。全部雪野様のお陰です」


学校を出て近くの公園に移動して、明里たちはやっと一息付く。

佳子に無事人形も渡し終えて、明里の仕事は見事に終わりを迎えていた。


撫子は媒体にしていた人形を佳子に渡すことが出来たので、もう人の世への執着は無くなって、魂が消えてしまう前に神の世に帰る事になった。


「媒体もなくなってしまったし、私の力ではもう神の世と人の世を行き来することは出来ません。ですから、これが最後になってしまいますが、本当に雪野様の様な方に出会えて幸せでした。だから私、人間って大好きなんです」


ありがとうございます、と深く頭を下げた撫子に明里はギュッと心臓を掴まれる。


三日間ずっと一緒にいて、初めて自分の力で役に立つことが出来た相手。

そう思うと、このままお別れするのが寂しくなった。


だけど、消えてしまうのにこのまま現世に居てくれとは言えないから、代わりにと明里は撫子の手を握る。


「ねえ撫子。せめて、貴方が帰るのを見送っていい? 」


明里の言葉に、撫子は嬉しそうな顔をする。握った手が、同じ力で握り返される。


「嬉しいです」


名残惜しいけど、それでも、笑顔で見送りたい。背中が見えなくなる、その瞬間まで。


「感動の別れのシーンみたいだし、僕は一足先に帰るね」


二人のやりとりを暫く見守っていたルーカスは、そう言うなり周りに人がいないのをいいことに見慣れた人の形に姿を変えた。

そっと伸びた手が、お疲れ様、と明里の頭を撫でてそのまま離れていく。


「こちらこそ、ありがとうございました。ルーカスさんの助言がなかったら、きっとこんなにスムーズにはいかなかったので」


明里の言葉に、背中を向けていたルーカスが一度足を止める。

振り返るルーカスはいつもと同じ緑色の猫目を嬉しそうに細めた。


「どういたしまして」


ニコリと笑ってそれだけ言うと、ルーカスは今度こそ振り返ることもなく歩いて行ってしまった。







思わず鼻歌が漏れた。

店に帰っても上機嫌なままで、嫌いな掃除だって捗る。


まさか、ここまで綺麗にことが進むとは思わなかった。

理想通りのシナリオに、鼻歌くらい歌いたくなるのも当然だろう。


ルーカスがご機嫌に箒で掃き掃除をしていると、不審そうな顔をした透がルーカスの顔を覗き込んでくる。


「お前、なんでそんなに上機嫌なんだ? 」


気持ち悪、と失礼な言葉を付け足されても、今のルーカスは全く怒るなんて気持ちにはならなかった。それすらも、透からしたら不審らしい。


首を傾げた透にルーカスは笑い掛ける。


だって、楽しくて楽しくて仕方ないから。


「今ね、ユキちゃんが面白いことになっててさ」


透の目の色が変わる。

ピタリと手を止めて、狼らしい瞳がルーカスを捉えた。


「ユキちゃん、もう直ぐ神の世の扉を開くよ」


それは、神の世界と人の世界を繋ぐ扉。

妖怪や人間では出すことは出来ない、神だけが使う移動手段。


「正確に言えば、神の世に帰る神の見送りをするんだけど。ユキちゃん、食べられちゃうかもね。なんせ、神々の世界の門前に羊を一匹置いておくようなものだもの」

「お前……! 」


伸びた手が遠慮なく着替えたばかりのルーカスの制服の胸ぐらを掴んだ。

今にも噛み付いてきそうな透の反応はルーカスの想像通りで思わず笑いが漏れる。


ああ、やっぱりトールのこういう顔は最高だ。

彼のこの顔を見る為だったら、きっと僕はなんでもやるだろう。

彼が大切にしているモノも、人間も、全部なにもかも、きっと躊躇なく壊してしまう。


「やだなぁトール。僕に怒るのはお門違いさ。全部ユキちゃんが選んだ結末だよ? 僕はなにもしていない。寧ろ、こうして君に伝えに来ただけでも感謝して欲しいくらいさ」


透の瞳はただ激しい怒りで燃えていて、息が出来ないくらい強くルーカスの胸ぐらを掴んでくる。

それでも、ルーカスは慌てず騒がず透に笑顔を向けた。


首を絞められたくらいじゃ、僕らは死なない。


「ねえ、それよりも急がなくていいの? 」


早く助けにいかなくちゃ。

そう言えば、透は掴んでいたルーカスの服から手を離した。


後で覚えてろよ、とそれだけ吐き捨てて、透は着替えるのすら惜しんでそのまま直ぐに明里の元に向かって飛び出していく。


「今度は間に合うといいね、トール」


必死なその後ろ姿にルーカスはまた笑う。




喫茶店の奥。

神様ですら並大抵の力では入れない、マスターの部屋に続く境内をルーカスは一人歩いていた。

長い廊下には無数の提灯が浮かび、全てに明かりが灯っている。


店とは比べ物にならない程の強い神力で溢れたこの道は、神聖な名のある神以外は入口の存在にすら気がつけないだろう。


ルーカスはそこを抜け、マスターのいる本殿に向かう。

重苦しく閉ざされた門を潜り本殿が建っている庭に出ると、マスターの神力に当てられてルーカスの姿も変わる。


長く伸びた金色の髪が歩く度に揺れる。

ここでは、どんなモノでも自らの姿は偽れない。


この喫茶店を作ったマスター、ツクヨミの力を前に、あらゆる神の力は意味を成さなくなる。


強い力を持ちながら、誰よりも穏やかで静かに暮らす彼。

行き場をなくし獣の様に彷徨っていた僕たちを見つけ、ここに置いてくれた日本最高峰の神であり、人から忘れられ行き場をなくした神々が集まれる喫茶店を作ったマスターでもある男。


彼が暮らすこの場所を守るのも、僕らの仕事の一つでもある。


そっと見上げた空には、綺麗な月が輝いている。

だけど、この月は外の世界とは繋がっていない。


ここは人の世でありながら、外の世界から完全に切り離された場所。

朝も昼もなく、いつも丸い月が輝いている不変の世界。


外の世界のことは、今の僕には分からない。

しかし、彼女の運命は今新たな局面を迎えようとしている。


神は皆が人に友好的なわけではない。

中には人を主食にしたり、祟ることを至高としている悪神もいる。


今回はたまたま運が良かったみたいだけど、そんな強運がいつまでも続くとも思えない。


さあ、ユキちゃん。


今彼女たちが開こうとしている神の世に繋がる扉は一方通行じゃない。

開けたからには向こうからもこちらに来ることが出来る。

つまり、扉の先にいる神が襲いかかってくることなんて容易にありえるというわけだ。


神を信じた無知な少女。

そんなご馳走が転がっていて、果たして彼女は無事でいられるのか。


あんな小さな付喪神如きでは盾にもならない。


鬼が出るか蛇が出るか。

想像するだけでワクワクして、ニヤつく頬を抑えられない。


「さて、ユキちゃんの前には一体どんな闇が広がるのかな」


月を見つめる瞳が金色の光を帯びる。

考えるだけでゾクゾクする。



さあ、タノシイ運試しをしようじゃないか、ユキちゃん。




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