心霊写真撮り放題!
「ムカつくー! 」
思わず叫んだ明里に、一緒にお昼ご飯を食べていた二人はビクリと肩を震わせた。
幸いお昼休みで賑わっていた教室の中ではそこまで目立つこともなく、一瞬だけ視線を集めただけに留まる。
明里の友人の中原さつきと、朝倉翔太は同時に食事の手を止めて明里を見た。
バイトの次の日はよく荒れている明里だったが、今日は尚更だった。
「なあに、またバイト先の先輩?」
「そうなの! あの鬼教育係が!」
「鬼っていうなよ、明里」
「だって、本当に最低なのよ? なにもかも全部私のせいにしてきて、怒ってばっかりだし本当に腹立つんだから! 」
一度溢れたら、もう愚痴は止まらなかった。
学校なら彼らの目を気にすることもない。
それもあって、一度溢れた愚痴は留まることを知らなかった。
あのクソ教育係。
私が大いなる志と星に誓ったやる気を元に、せっかくたった一晩で珈琲のメニューを全て完璧に覚えてきたというのに、彼は私にこう言ったのだ。
今更覚えてドヤ顔するな、と。
そんなのは入った日に覚えるのが当然だろう。
その一言で私の心は簡単に折られた。
そして、出鼻をくじかれた私は、あれよあれよとミスを重ね、結局一日説教説教で終わってしまったのだ。
とはいえ、これがこうで、あれがああで、と重ねた愚痴はいつも抽象的すぎて二人にはあまり伝わりきらない。
なんせ、特殊な職場すぎて具体的には話せないことが多く、どうしてもザックリとしたことしか言えないのだ。
なので、さつき達はいつも聞いているのかいないのか疑問な反応しかしてこない。
まあ、適当な相槌だろうがなんだろうが、とりあえず吐き出すだけでスッキリはするからいいんだけど。
明里が一通り話終えると、あのさ、とさつきが明里の方に視線を向ける。
「そこまで言うなら、明里のバイト先行きたいんだけど。そんな劣悪な環境にも関わらず思わず飛び込んじゃうくらい明里が一目惚れしたっていう制服姿も見てみたいし? 」
さつきの言葉に、翔太も食いつく。
何故か少しだけ前のめりになって、明里を見つめた。
「俺も見たい! 明里の制服姿」
ねーと盛り上がった二人に明里は全力で焦る。
まさか、二人に神様専用の喫茶店で働いているなんて言えるはずもない。(そもそも言った所で信じてもらえるとは思わないけど)
一応人間には他の客も従業員も人みたいに見える様になってはいるけど、人間禁制の場所に二人を連れて行ったら先輩になんて言われるか。
なにか、良い言い訳……。
「えっと、私まだ新人で怒られてばっかりだから」
とっさに浮かんだ言い訳は、いささか情けなかったけれど仕方ない。
「もっと慣れて怒られないくらいに仕事覚えた頃に来て」
怒られてる姿見られるの恥ずかしいし、と言えば、明里がそう言うならとなんとか二人とも引いてくれた。
だけど、代わりにとさつきはニコリと綺麗に笑ってみせる。
楽しげに輝いた瞳に、長年の経験から少しばかり嫌な予感がした。
「じゃあ、制服の写メだけ撮ってきて。それくらいは良いでしょ? 減るもんじゃないし、時間外にこそっと一枚だけ。ね?」
そう言われてしまえば、もう断る隙がない。
それに、妥協案として出されたその提案を棄却したら、直接店まで見に来ると言いかねなかった。
選択肢はあるはずもない。
完敗だ。もう明里にさつきからの提案を避ける手段なんて残されていない。
「わ、分かった。じゃあ次のバイトの時に撮ってくるね」
観念してそう言えば、楽しみに待ってるね、と、さつき達は嬉しそうに笑った。
*
「とは言ったものの、ここって撮影オッケーなのかな」
学校でのやりとりを思い出しながら、明里は更衣室で一人そんなことを呟いた。
撮ってはいけないとは言われていないけれど、人間に存在を知られてはいけないカフェで撮影をするのは大丈夫なのだろうか。
一応確認を取った方がいいのか悩んだけれど、良くても悪くても説教してくる透の姿が容易に想像できて気が引けた。
着替えてから暫くうんうんと唸りながら悩み抜いて、結局はバレなきゃいいかと開き直ってケータイのカメラを構える。
店内だとバレるので、控え室の端の方でこっそりとカメラを構えた時だった。
シャッターを押した瞬間、突然現れたルーカスが隣でピースサインをする。
驚いてそっちを見れば、カメラから離れた緑の瞳が明里を捉える。
伸びた手が、明里が撮れた写真を確認するよりも早く彼女が持っていたケータイを取り上げた。
怒られるかもと身構えたけれど、意外にもルーカスの声はのんびりしたものだった。
「写真撮るのはいいけど、背後には気をつけてね」
首を傾げた明里に、ルーカスはケータイに映った写真を確認してから明里に返す。
そこには明里と、何故かいつもの赤毛ではなくて色素の薄い金髪に猫耳の生えたルーカスの姿写っている。
パチリと瞬きをした明里に、ルーカスは優しく笑い掛けた。
更に、どんな魔法を使ったのか、そっとルーカスがケータイの画面を撫でると保存されていたはずの画像が一瞬で消え去る。
「人間の君に見えている景色は全部偽物なんだ。僕もここにいる神も全て、君が見えてるものとは全然違う姿なんだよ。ユキちゃんが想像も出来ないくらい恐ろしい姿の神もいる。この店を覆っている力は人専用でね。人間の瞳以外のフィルターを通すと本来の姿が写ってしまう。だから、ここで写真を撮ると高確率で見ちゃいけないものが写っちゃうから気をつけてね」
心霊写真の類ならたくさん撮れるけど友達に見せるには過激すぎるからね、と最後は冗談交じりにそう言ってルーカスは控え室を後にした。
一人残された明里は、彼からの言葉と一緒にもう無くなってしまった画像に映っていたルーカスの姿を思い出す。
ルーカスも、そして透も、普通の人にしか見えていなかったので忘れていた。
彼らは自分と違って人間ではない。
姿形が似ていたとしても、それはあくまで自分の目にはそう見えているだけで実際は全く別の存在なのだと、今更痛感した。
僅かに傷んだ胸の理由は定かではなくて、寂しいのか悲しいのかもよく分からない。
同じ場所で何度言葉を交わしても、自分だけは彼らとは全く違うのだと、そんなことを思う。
その時だった。
「あの……」
突然掛けられた声に、ひゃ、と思わず変な声が出る。
何事かと思うと、扉の前に一人の少女が立っていた。
見た目は六歳程。
ふわふわのピンクの髪の毛を高い位置で二つに結んだ少女は、赤い色の瞳でこちらを見つめている。
ここにいると言うことは、彼女も神様なのだろう。
神様の家族事情は知らないけど、親と一緒に来たのだろうか。
それで、迷子になってここに迷い込んだとか?
「お客様、ここはスタッフ専用なんです。お店はあちらなので、良かったら一緒に……」
迷子ですか? と聞いていいのかも分からずそう尋ねると、少女が駆け寄ってくる。
これはやっぱり迷子だったんだな、と思ったのも束の間、明里の足に抱きついた少女は、真っ直ぐに明里を見つめた。
「お願いがあるんです! 」
「はい? 」
それはお店に連れて行って欲しいとか、そういうアレだろうか。
一瞬そう思ったけど、彼女の様子からしてそうではないのだと直ぐに分かる。
神様に頼って頂いても、たかが人間の自分ひとりでなんとか出来るとは思えなかったけれど、グイグイと押してくる勢いに思わず押し負けた。
なにも聞かずに突っぱねる事はもう無理そうで、腹を括って話を聞くことにする。
力になれない可能性も大いにありますが、と前置きをすると、少女は一度頷いて、それからゆっくりと話し始めた。
「私は、付喪神でございます。元々はこの人形でした」
そっと渡されたのは、年季が入って汚れてしまっているうさぎの人形だった。
今ではくすんで元の色味も良く分からなくなっているが、きっと元々は彼女の髪と同じくらい鮮やかなピンクだったのだろう。
「私、前の持ち主にどうしてもお会いしたいのです。でも、私はまだ神としては未熟で、人の世と神の世を何度も行き来する力は持っていなくて」
この喫茶店はマスターの力で限りなく神の世に近い状態になっているのだと、以前聞いたことがある。
神々は全てが人にとって良いものであるわけでは無くて、中には人に害を及ぼす神も存在する。
だから、基本神は自由に人の世に行き来することは出来ず、一度人の世に出る度に多大な力を使わざるを得ないらしい。
その為、よほど強い力を持つ神しか人の世を行き来することは出来ず、力がない神が無理に人の世に来れば、消滅してしまうことも少なくない。
おそらく、彼女は後者に当てはまる神なのだろう。
「だから、人の世に限りなく近い場所にあるこの喫茶店にずっと通っておりました。もしかしたら、彼女に繋がる何かがあるかもしれないと。そして、貴方を見つけました」
小さな子供とは思えない程強い力が明里の制服のスカートを握り締める。
きっとちょっとやそっとの力では解けない。
「どうして、私なんですか?」
ここには優秀な従業員がたくさんいる。
人間であることを隠しているのに、そんな中で他の誰でもない私のところに来るのは疑問だった。
明里の質問に、少女は真っ直ぐ瞳を上げる。
「制服。さっき着ていた学校の制服が、あの人が着ていたものと一緒だったのです。だから、もしかしたら同じ学校に通っているのではないかと思いまして」
赤色の瞳に涙が溜まり、音もなく静かに床に落ちる。
「悪いことをする気はないのです。ただ一言、お礼を言いたくて。あの人がずっと大切にしてくれていたから私はこうして意思を持ち、神として生まれることが出来ました。だから、その恩返しがしたいのです。たとえそのせいで私の命が尽きたとしても、いま一度だけ、あの人にお会いしたいのです」
必死な訴えに心がギュッと締め付けられた。
彼女が悪さをしようと思っていないことは、彼女の目を見ればよく分かる。
命を掛けようとしていることも。
(だけど、多分犬飼先輩にバレたらすっごく怒られるよね)
前々から、彼は私が神様たちと深く交流することを快く思わなかった。
ましてや、店以外の場所で神様たちと関わるなんて言語道断だと、何度怒られたか分からない。
それでも。
目の前の少女の願いを、踏みにじることは出来なかった。
同じ制服ということは、私と同じ学校の生徒なのは間違いない。
きっと、今この瞬間彼女が頼れるのは私しかいなくて、力になってあげられるのも私しかいない。
そう思うと、先輩のお説教なんて、怖くなかった。
(内緒にしておけば大丈夫でしょ)
そう思って、明里はそっと少女の手を取る。
彼女と同じ視線の高さになるように屈んで、安心させる様に優しく微笑んでみせた。
「分かりました。どれ程役に立てるか自信はありませんが。私で良かったら協力します」
明里の言葉に、少女は一気に表情を明るくする。
キラキラと瞳を輝かせて笑う姿はとても可愛らしくて、こんな笑顔を見られただけで、協力して良かったと思う程だった。
「ありがとうございます。えっと」
少女の言葉が不自然な所で止まり、やっとお互いに名乗っていなかったことを思い出す。
「私は雪野。雪野明里」
よろしくね、と手を差し出せば、暖かくて小さな手がギュッと握り返してくる。
「よろしくお願い致します、雪野様。私は撫子です。どうぞ、撫子とお呼び下さい」
そう言って、撫子と名乗った少女は今度はさっきとは違って一歩下がり、綺麗なお辞儀をしてみせた。
ずっと、憧れていた。
いつか私も、自分の力で神様を笑顔にしてみたいって。
だから、これはチャンスだと思った。
私にしか出来ない、人間の私だからこそ出来る事。
私の夢を、憧れを、叶えるのなら今しかないって、そう思った。