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新たな決意を胸に


バイトが終わる頃には、外はもう暗くなっていた。


学校の制服に着替えた明里は、透と二人岐路を歩く。


お店から人の世に出るまでの道は何重にも人避けの魔法が掛けられていて、慣れるまではこうして案内してもらわないと下手すると人の世と神の世の狭間で迷子になってしまうことがあるらしい。

ちなみに、一度狭間に入ってしまうともうマスターたちの手でも助けることは不可能だとか。


更に、人の世と神の世の狭間の中にはマスターの力が及ばない場所もあるらしく、そんな場所で人が一人で神に遭遇するのは危険なことらしい。神隠しとか、そういうやつだ。


そこで明里の教育係でもある透が、いつも仕事が終わった後は人の世に着くまで明里を送り届けてくれるのだ。


「今日もお前のせいでひどい目にあった」


説教付きで。


店から見ると庭から道路まではそんなに距離がない様に見えるのに、何故か実際歩くとそれなりに距離がある。

それが、マスターの言っていた人避けというものなのだろうけど、お陰でいつも追い説教が長くて困る。


正直、この時間も時給を頂きたいくらいだ。


「半分は先輩の自業自得じゃないですか」

「半分は自分のせいだって認めるんだな」


シレっと揚げ足を取ってきた先輩にウッと黙る。

軽く睨みつけてみるけれど、残念なん事に効果は見られなかった。


暫く説教というか小言が続き、やっといつもの道に戻って先輩が立ち止まった。

人の世に戻ったらもう道に迷うことも、そして神に会うこともないと聞いたけど。


「あの、人の世に神様来られないんですか? 」


明里の言葉に、店に戻ろうとしていた透が足を止める。

いつも人の世に来た瞬間に帰ろうとするので、気になっていた。


こんなに目と鼻の先に人の世と神の世の境があって、すぐそこで神様たちがお茶を楽しんでいるのに、このたった一歩を超えることは出来ないのだろうか。


少しだけ面倒くさそうな顔をして、それでも透は口を開く。


「基本的には、神は人の世には来られない。正確にいうと干渉出来ない、と言った方が正しいかもな。

マスターや名のある神々レベルであれば人の前に現れたり、こうやって空間に干渉して店を作ったりも出来るけど、この店に来る程度の神では人の目に映ることも無理だ。

人の世に来たところで人に自分の姿を見せることは出来ないし、干渉も出来ない上に、長時間力のない神が人の世にいたら消滅する。

だから、まともな神々はやろうとしないさ。

店に来た人間が神の姿を見ることが出来るのは、あそこがマスターの力で満ちた空間だから、マスターの力のフィルターを介して見えているだけに過ぎないんだ。だから、店の外に出たら見えなくなる」


へえ、と丁寧な説明に頷きながら、おや、と隣に立つ男を見た。

二人で立ったまま話をしていると、通りすがりの男がチラリと透を見ていることが度々ある。


視線が高いので、私ではなく彼を見ているはずだ。

明里の言いたいことを汲み取って、ああ、と透が補足する。


「今言ったのはあくまでも神の話だ。俺と、後ルーカスは妖だからな。妖は元から人の世に深く関わってきたし、化けるのも得意だ。妖、妖怪、幽霊、言い方は色々変わるけど。人間の姿に化けることも出来るし、そうすれば人の世に溶け込むことも出来る」

「じゃあ、今は人に見える様に化けてるってことなんですか? 」

「今はというか、俺はずっと化けてるというか」


どういうことかと深く聞こうとするが、透は直ぐに口をつぐむ。

それ以上明里に突っ込まれない為にか、不自然に話題が変わった。


「でも、お前は例外だけどな。お前はもう本来人に見えざるものも自力で見れる目を持ってしまった」


え、と驚いて隣を見る。どこかニヤリと笑った男は、何故かほんの少しだけルーカスの姿と重なった。


「でも私、今までお化けとか、そういうの見たことないですけど」

「マスターの力に当てられたんだろ? たまにあるんだ。お前の前世とかもっと前の魂の持ち主で神を見る力を持つ奴がいたんだろうな。だから、突然変異でお前は見える眼を手に入れた」


だから、と楽しげな瞳が明里を捉える。


「気をつけた方がいいぞ。神にとってはそういう奴ほどご馳走なんだ。ぼんやりしていると直ぐに食われるぞ」

「食っ……食われる? 」


ビクリと体を震わせる明里に透が笑う。


まあ精々気をつけろと言い残し、散々脅すだけ脅して透はさっさと店に戻ってしまった。


このお店で働くにあたり、何度も神には気をつけろとは言われていたけれど、ここまで脅かされると流石にビビる。


離れていく背中は、ある瞬間に急に闇に消えた。

あそこで空間が変わっているのだろう。


人を食べる神様、ね。

透は事あるごとにそう脅かすが、明里はどこかピンときていなかった。


確かに神隠しとか、鬼とか、祟りとか、神様によっては人に害を及ぼす神様もいるだろう。

でも、お店で見る神様達は、全然そんな雰囲気を持っている神様はいなかった。


マスターの力でみんなが人の姿に見えているから、というのもあるだろうけど、それでも珈琲を美味しそうに笑って飲んでいる姿はそんな恐ろしい存在には見えない。


ふと見上げた空には、無数の星が輝いている。

まだ大通りには出ていない小道には明かりが少なくて、星本来の明るさがよく分かった。


人によって生み出され、忘れられ、居場所が無くなってしまった名も無き神様達。

マスターの作った喫茶店がなければどこにも行く場所がないのだという彼らにとって、あの場所は憩いの場所なのだろう。


来たばかりの自分はまだ力不足で、怒られてばかりだ。

そんなすごい場所で働いていられるにも関わらず、まだ私の力で笑顔を作れたことはない。


いつか、私もマスターたちみたいに、一人ぼっちになってしまった神様たちに笑顔を与えられるようになれたらいいのに。


たとえばマスターみたいに、一口飲んだだけで笑顔になれる珈琲を淹れたり、ルーカスさんみたいに軽快な話術で笑顔を作ったり、先輩みたい不器用ながらも細部まで行き届いたサービスで笑顔を生み出したり。


ただの人間でしかない私には、夢のまた夢なのかもしれないけれど。


でもいつか私も、私が居てくれて良かったって、そう言ってもらえる様な存在になってみたい。


初めはただ制服が可愛いってその程度の気持ちで始めたのに、いつの間にこんなことを思うようになったのか。


きっとたくさんの笑顔や、その笑顔の為に心を尽くす人たちをずっと見てきたからだ。


「よーし! 」


沸き上がる熱い感情に心臓を震わせる。


「まずは、珈琲の名前を全部完璧に覚えるぞ! 」


きっと先輩に聞かれたら、その程度当たり前だろうと笑われるだろうけど。

それでも明里はやる気いっぱいに、キラキラと眩い星に向かって大きく拳を突き出した。




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