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可愛い制服には罠がある


神様が集まる神様専用の喫茶店。

そこが、明里のバイト先だった。


といっても、もちろん明里は神様の類ではない。この店唯一の、ただの人間だ。


明里がここで働くことになったのは、先ほどの男たちと同じ様にこの喫茶店に迷い込んだことがきっかけだった。


この喫茶店には、本来は人が入ってこられない様に特別な力が働いているらしいけど、たまにこうやってただの人間が迷い込んでくることがあるらしい。

普段はちょっと記憶を消すか、痛い目に合わせてお帰り頂くのだけれど、明里の時だけはここでバイトしたいという強い希望が通り、特例としてバイトをさせてもらえる事になったのだ。


バイトを希望した理由はすごく簡単。

従業員の制服が可愛かったから。


元からどこかでバイトしたいとは思っていた。

そして、条件は時給でもやりがいでもなく、可愛い制服。これに尽きる!

だって可愛い制服を来て働けるなんて、そんな最高なことはないではないか。

普段着れないからこその憧れ。可愛い制服is正義!


そんなわけで、とにかく可愛い制服を着て働きたいという願望があって、ずっと理想の制服のお店を探していたのだ。


このお店にたどり着いたのは本当に偶然で、お店に入った瞬間に明里は雷に打たれた様な衝撃を受けた。

濃い茶色の襟付きベストに同色のネクタイ。クリームを基調とした長袖のシャツにはえんじ色の縦ストライプが入っていた。そして、そのストライプと同じえんじ色のパンツ。


色もデザインも、完全にどストライクだった。


更に、お店の雰囲気も完璧だった。

初老のマスターがカウンターの中で珈琲を淹れ、おしゃれな制服に身を包んだ二人の男性がホールに出て珈琲や軽食を運ぶ。

流れる音楽もカフェミュージック、という感じで、そこにいるだけで心が落ち着く。


客層もどこか品の良い落ち着きのある人が多く、クレーマーの類も現れそうもない。

知る人ぞ知る穴場の喫茶店という感じのお店は、あらゆるものが明里の理想と重なった。


だからこそ、ここしかない。これは運命だとそう思って、扉を開けて早々ここで働かせてくださいと頭を下げた日のことは、まだ記憶に新しい。


そんな明里を見て、笑いながら面白そうだからいいんじゃない? と言ったのは赤毛の男性で、絶対ダメだと断固反対の姿勢をみせたのが黒髪の男性だった。

従業員の意見は真っ二つに割れたものの、最後にマスターがこれもなにかの縁だと言ったことで決着がついた。

二人の男はどちらも、マスターの決定にはなにも言わないらしい。


そして、はれて明里はこのお店でバイトをする権利を勝ち取ったのだ。


明里の為に新しく用意された女性用の制服は、これまた明里好みの可愛いデザインだった。

濃い茶色のパフスリーブシャツにえんじ色の襟付きベスト。

クリーム色を基調とし、えんじ色の縦ストライプの入った全円スカート。

リボンもスカートと同じ色。


まさにこんな制服を着て働きたかったのだと、明里の理想を詰め込んだ様な制服を渡された時はものすごく舞い上がったのだけれど……。


まさか、ここが人間禁制、神様専用の喫茶店だなんて思いもしなかった。

なんてトラップだ!先に言ってくれ!



まあ『神様』と言っても、ここに来るのは誰もが聞いたことがある様な有名な神様ではなくて、名も無き神や、時代とともに忘れられてしまった神様の類が多い。

無数に神が溢れるこの国で居場所が無くなってしまった神様が集まれる場所を作りたいのだと、そんなマスターの志の元、この場所が生まれたのだとお店で雇ってもらう時に聞いた。


だからお客様は神様に限られるが、従業員は神様である必要はないらしく、実際ここで働く神様はマスターだけだった。


人間の明里は例外としても、マスターと共に働く二人はそれぞれ神ではなく妖と呼ばれる類の生き物らしい。

元はマスターに仕える神使をしていて、マスターが神社を離れてここに喫茶店を始める事になった時、共に従業員として働く事になったのだ。


「雪野、なにをボーッとしてるんだ!やる気あるのか?」


聴き慣れた声に、思わず顔が引きつる。

突然そう怒鳴りつけてきたのは、明里の教育係だった。


男の名前は犬飼透。

黒髪に赤い瞳。

黙っていればクール系ハンサムではあるけれど、実は口うるさくて短気な性格で一日に何度怒られているかは分からない。

しかもとっても口が悪い。


見た目こそ二十代半ば程だけど、神使には年齢の概念がないので実際の年齢は全く分からない。

よく見ると牙の様な犬歯があるのは、彼が狼の妖だからだろう。


「そうカリカリしたらユキちゃんが可哀想だろ。カルシウム足りてないんじゃないか? ワンちゃん」


そう言って笑ったのは、透と同じくここで働くルーカス・スカウカット。

癖のあるふわふわの赤毛に、緑色の猫目。


透とは古くからの友人らしい彼は、いつもこうやって透にちょっかいをかけては反応を見て楽しんでいる。

彼も見た目の年齢は透と同じくらいだけど、実年齢は定かじゃない。


彼は猫の妖。

だけど、性格は透とは対照的に社交的でお客様からの人気も高かった。

たまに行き過ぎてしまう悪戯が玉に瑕ではあるけれど、いつも明るくて優しいので明里はルーカスとの方が圧倒的に仲が良かった。


ちなみに、明里が人間だとバレるのは御法度らしく、お店では明里も他の従業員たちと同じように狐の妖でマスターの神使という事になっている。


「その、ワンちゃんって呼び方を止めろルーカス。俺は犬じゃなくて狼だ」

「犬も狼も一緒だろ? ね、ユキちゃん」


ニコリと笑ったルーカスに突然そう話を振られてしまい、思わず固まる。

白熱し始めたところでこっちにふらないでくださいよ!と瞳だけで抗議してみるが、楽しそうな瞳を向けてくる彼には効果がなさそうだ。

……というか、これは私の反応込みで楽しんでるんだろうな。くっそう。

それに。


チラリとルーカスの隣に視線を向ければ、鋭い眼光を放ちながら明里を睨みつける透の瞳とぶつかった。


(私にどうしろってのよ!)


これまた心の中だけでは抗議するが、透の瞳の鋭さに明里は笑って誤魔化す事に決めた。

なにを言っても怒られる、そう判断したのだ。

そんな明里の反応にルーカスが楽しげに笑うので、さっきの推測はきっと当たっていたのだろう。


ニコニコと楽しそうなルーカスに、透は露骨に不機嫌な顔をした。

怒りのはけ口を探してか、雪野、と強めの声が明里の名前を呼んだ。


「お前はいつになったら一人で接客出来る様になるんだ! さっきだって、俺が出て行く前に処理しろ」

「そ、そんなこと言われても……」


たかが人間だろう、と透は言うけれど、明里だって同じ人間だ。

あんな明らかに危なそうな、しかも男の人複数を相手に一人で立ち向かえる程の度胸は持っていない。


「大体、お前が来てからどういうわけか迷い込んでくる人間が多くなった。どうしてくれるんだ、面倒くさい」


それこそ、私に言われても困る。

本来なら人が入れないはずなのにと言うのなら、私が入ってしまった時点でおかしいではないか。

なにか問題があるのだとすれば私が来る前からで、先輩が言っている事は完全に冤罪だ。

いくら先輩と言えども、ここまでの横暴は我慢できない。


「そんなこと、私のせいにされても困ります! 」


冤罪です、謝ってください! とそう主張すると、先輩はまるで聞こえなかったかの様に明里の言葉を無視した。

自分は言いたい放題して、こっちが言い返したら無視ですか。

よろしいならば戦争だとでも言いたげに明里が透を睨みつける。


表に出てくださいと言おうとした所で、まあまあとルーカスが宥めに入った。


「トールが怒りっぽいのは昔からだし、そんなに気にしないでユキちゃん。ね? あんまり怒ったらせっかくの可愛い顔が台無しだよ。トールみたいなしかめっ面になりたくないでしょ? 」


ほら笑って、とルーカスが明里の目の前でニコリと笑ってみせるので、明里の怒りはすぐに消えていく。

厳密に言えば、その近すぎる距離に心臓が勝手に暴れまわり、それどころではなくなったというのが

正しいだろう。


緑色の瞳が真っ直ぐ自分だけを見つめているのに息をのんだ。

なんて綺麗な色なのだろう。

黒目黒髪が当たり前の日本でずっと生きていたから、こんなにも綺麗な色はここに来るまでみたこともなかった。


動揺を誤魔化す為に一度だけ咳払いをする。

頬が熱を持っていそうで困る。

これだからイケメンは……と頭の中だけで関係ないことを考える。


それにしても、二人は古くからの友人と言っていたけれど、どうやったら一緒に過ごしてきたにも関わらずここまで性格が対極になるのだろうか。


明るく優しくユーモアセンスもある。

人を笑わせるのが得意だし、場の空気を一瞬で軽くしてしまうのは一種の才能と言っても過言ではないだろう。

彼がお客様から圧倒的に人気なのもよく分かる。


「ルーカスさんー、教育係変わってくださいよ。私、先輩じゃなくてルーカスさんから教わりたいです」


明里の言葉にルーカスが笑った。


「それは光栄な申し出だけど、僕は教育係向きじゃないよ」


トールのがよっぽど向いてるよ、と躱されて、明里の何度目か分からない主張はあっさりと却下される。

絶対にそんなはずはない。

この場でアンケートを取れば、十人中十人がルーカスに票を入れるはずだ。

だけど、彼は笑うだけでいつだって本気にはしてくれない。


「馬鹿なこと言ってないで、さっさと仕事に戻れ」


そこをなんとか、と明里が再度アタックするよりも早く、透がそう口を挟んだ。

バカなことなんてとんでもない。こっちはいたって真面目に言っている。

にも関わらず、透は明里の悲願をあっさりと切り捨てた。


無駄話をするんじゃない、と透から背中を押されてしまい、仕方なく明里はマスターが淹れたばかりの珈琲を持った。

そのまま、お客様の待つテーブルへと向かう。


「お待たせいたしました」


言いながら、アイドルよろしく笑顔を振りまく。

綺麗に着飾った女性三人にそれぞれ珈琲を置いている時だった。


その中の一人が不思議そうな顔をする。

クンクンと鼻を動かしたかと思うと、あの、と控えめな声が溢れる。


「これ、違う珈琲ですけど」

「え?」


私が置いた伝票を手に取ると、ほら、と彼女が注文の一番上に走り書きされた文字を指差す。


「私が頼んだのはガテマラ・サンドライですが、こちらはガテマラ・エルピラールではないですか? 」


ガテマラ、なんだって?

聞き慣れない珈琲の名前が並ぶ。


呪文珈琲に戸惑っていると、直ぐに透が飛んできた。

申し訳ありません、と頭を下げるのを見てマズイと身構える。


伸びてきた手が明里の頭に乗って、力任せに頭を下げられる。

痛い、と言いかけた言葉は、見なくても伝わってくる怒りのオーラに圧されてなんとか音にしなくて済んだ。


直ぐに新しいものをお持ちしますと、先輩は申し訳なさそうな顔で謝罪をして私の腕を掴んでカウンターの方に戻る。

マスターに呪文珈琲の名前を言うや否や、私の方に鋭い瞳が向いた。


怒っている、それはそれはもう。


「お前、いつになったら珈琲の名前を覚えるんだ! 全然違うだろ」

「だ、だって……種類が多すぎるんだもん」

「だってじゃない! 大体、種類が多いのは当たり前だろう。ここは珈琲の専門店だぞ」


大体全然違うだろう! と怒鳴りつけられても、こちとら普通の女子高生。

珈琲の名前なんてせいぜいブレンドとアメリカンくらいしか聞いた事ないし、それ以外は全部同じに聞こえる。

全部が呪文珈琲だ。


「頭が同じなんて引っ掛け問題です! むしろ頭が合ってたことを褒めて欲しいくらいですね! 」

「偉そうに言うな! 珈琲の名前程度も覚えられないなんてどれだけ馬鹿なんだお前は」

「あー暴言! いいですか? 馬鹿っていう方が馬鹿なんですぅー! 」

「小学生かお前は」

「いやー、仲良いね、お二人さん」


白熱した言い争いを見て、突然ルーカスがひょっこりと顔を出す。

良くない! と反論した声は、うっかり透と明里で重なってしまい、余計にルーカスに笑われてしまった。


「妬けちゃうなー。トールとはユキちゃんが生まれるずっと前からの仲なのに。親友の僕を置いてこんなに仲良しの子を作っちゃうなんて」

「なにが親友だ。ただの腐れ縁だろう」


ルーカスの言葉に、間髪を入れずに透が反論する。

二人が店に来るずっと前からの付き合いだというのは、入ってすぐの頃に聞いていた。

ルーカスの方は友達だよ親友だよと繰り返すけど、透の方はいつもそれを否定する。


明里から見た二人は、正直ルーカスが透をからかって楽しんでいるという印象が強くて、親友というか、おもちゃの類なのではと失礼ながら思っていたりする。


「つれないなートールは。こんなにも愛してるのに」

「気持ち悪いこと言うな。大体、俺はお前に散々やられて来たあらゆる洒落にならない悪戯を何一つ忘れてないからな」

「どれの話をしてるのか分からないけど、いつまで根に持ってるの? これだからワンちゃんは」


ふう、と呆れた様にルーカスが肩を竦める。その仕草に明らかに透がイラっとした顔をする。


あ、マズイ。と明里は反射で思った。

このパターンはここに来てから数ヶ月でもう見慣れてしまった。


「今ワンちゃん関係ないだろ? それに、俺は狼だって言ってるだろ猫野郎。そっちこそ、物忘れ激しすぎて痴呆なんじゃないのか? 」


透の言葉に、一瞬だけルーカスの顔色が変わる。


「ハハハ、相変わらずワンちゃんはキャンキャンキャンキャンうるさいなぁ。あんまりうるさいと、力尽くでその口塞いじゃうよ? 」


いつもと同じ楽しげな口調の割に、目が笑っていない。


「おもしれぇ。やれるもんならやってみろよ。力でお前に負ける気がしねぇな」

「それはこっちのセリフだよワンちゃん。もしかして、僕に勝てるとでも思ってるの? 」


同時に二人が一歩飛び退く。

瞳の色がどちらも変わり、ピリッとした空気が辺りを包んだ。

どこからか生まれた風が二人の髪を揺らし、ルーカスの赤色の髪が、毛先からゆっくりと白に近い金色に変わっていく。


今まさに飛び掛らんとする二人に、明里は慌てて巻き込まれないように避難できる場所を探した。


この二人が本気でやりあったら、自分の身の安全どころか、このお店そのものまで壊しかねない。

逃げ出そうとした、その時だった。


「そこまでです、二人共」


穏やかな声がして、二人の動きがピタリと止まる。

柔らかい笑みはそのままに、二人の間に立ったのはマスターだった。


「元気なのは良い事ですが、今は仕事中ですよ。お仕事に戻ってくれますか?」


白熱していた勢いは一気に沈下される。

流石にマスターまで出てきたら、マスターに仕える立場である二人が逆らえるはずもない。


「「すみませんでした」」


二人で同時に頭を下げて、そんな二人に、マスターは良い子達ですね、とまた穏やかに微笑んでみせた。





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