第十話
用事を済ませたタイタンは行きつけのジャズバー、「グラント・グリーン・ノート」にしけ込む。
入り口にたつ用心棒はタイタンと同じくらいの背丈。
赤みがかかった肌、筋肉質の身体、頭には二本の角があり、口元にはするどい犬歯。
ぱりっとした白い長袖のワイシャツにサスペンダー、黒いスーツ地のパンツをはいている。
オーガの用心棒、アシッドだ。
「アシッド、席は空いてるか?」と訪ねると無言でアゴをカウンターに促す。
厳つい顔で愛想はないが、それはバウンサーとしては当然だろう。
カウンターに座る。
マスターは肉厚の身体をしたオークだ。
ウィスキーのブランドに詳しく、そのグローブのような手はあらゆる種類カクテルを最上の味に仕上げる魔法の手だ。
料理の腕も一流で、バーとは言え料理の味もあなどれない。
小さな黒板に書かれた今日のおすすめは鴨のわざびロースト、ブルーチーズとクルミのポテトサラダ、牡蠣のオイル漬け。
「マスター、メーカーズマークをダブルで……あと、その鴨とポテトサラダも。バゲットも頼む」
今夜は二人の警備員を血に染めた。
だからカクテルよりバーボンの気分だった。
メーカーズマークはバーボンのブランド名だ。
無言でコースターにオールドファッションドグラスを置き、ボトルからバーボンを注ぐマスター。
ウェイトレスの豊満な女性が、鴨ローストとバゲットをタイタンに差し出す。
このウェイトレスはヒールのせいでタイタンより背が高い。
バウンサーと同じくオーガのロキシー。
女性のオーガは角は立派だが、犬歯は口元に軽く見えるだけだ。
八重歯と言っても違和感はない。
ちなみにマスターはタイタンよりは背が低いが、バーカウンターの向こうに居る限りはタイタンを見下ろした形になる。
「いらっしゃいませ、タイタン。いつもありがとう」ウェイトレスは愛想をふりまく。
「いつも綺麗だな、ロキシー」
「おせじでもうれしいわ」
アシッドの鋭い視線を感じる。
内緒だが、アシッドとロキシーは恋人同士だ。
「ちょっと痩せすぎなのが心配だがな」
「……そうね、なーんか、いつも褒められた気がしないのは、その一言なのよね」
肩をすくめるタイタン。
タイタンの女性の好みはもっと肉厚なのだ。
ふりむけばアシッドのあきれた顔が見れるような気がしたが、振り向く気はない。
「多様性は認めるが、自分の好みを合わせる必要は感じないからな」
「まあ、ゆっくりしていって。10分後にVRホロライブが始まるわ」
「そうか、いいタイミングで入店できたな。楽しみだ」
バーボンを傾けながら、VRホロライブの演目を確認する。
バーボンのほのかに甘い香りが鼻をつく。
ライブの演目はフォープレイの「リル・ダーリン」
VRホロライブとは、奏者が別々の場所で演奏している映像をお互いにリアルタイムで同期しながらあたかもこのジャズバーにいるようにホログラフと立体音響で再現するライブシステムだ。
このバーのどこに座っても、ホログラフから音が出ているように聞こえる。
実際には舞台にある指向性のスピーカーがバーチャルで音を再現している。
今日の奏者は四人。
スリムな黒人の女性のピアノ奏者。
東洋人でのっぽの男性のサックス奏者。
ラテン系の小男のギター弾き。
黒人で豊満な身体をぴったりとしたマーメイドドレスで包んだコーラス。
オリジナルとは全く構成が違うが、トランペットソロなしでここまで聴かせるとは思わなかった。
気持ち良く酔いが回る。
数曲、演目を聴いてグラスを三杯ほど傾けた後、あえて5ドル紙幣で200ドルをカウンターに置いて支払い。
ロキシーへのチップと、セッションメンバーへのチップを込みで。
自宅へ帰る。
綺麗に清掃された部屋。
壁には、整頓して並んでいる蒐集品のモンスターのオブジェ。
蒐集品は部屋を被うように囲まれた本棚に綺麗に整頓されて並んでいる。
モノトーンのソリッドな家具で統一されている。
タイタンにとって一番の落ち着ける部屋だ。
シャワーを浴びて汗を流した後、ほろ酔い気分でベッドに潜り込み、一日の疲れを癒やす。
東の空が白むと明け方の、彼は誰時の薄明かりが部屋に差し込む。
こうしてタイタンのいつもの日常が終わる……。
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序章はここでおしまいです。
一章が書き上がったらまた投稿します。




