第一話
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黄昏が西の空を彩り、やがて夜のとばりが降りて、夜空は闇に覆われたが街の明かりは夜が更けても消える事はない。
ここはシアトル。
アメリカ合衆国ワシントン州北西部キング郡にある州の最大都市。
また、太平洋岸北西部最大の都市かつアメリカ西海岸有数の世界都市でもある。
5号線のハイウェイを高速で走る一台の電動二輪車。
水素燃料で動く、HONDA NC750X-Eだ。愛車の名前はグルトップ。
二輪車に載っているのは大柄な、いかつい顔の男だ。顔にはバイザーを装着しているが、ヘルメットはかぶっていない。
彼はスペースニードルを右手に目的地を目指して走り抜けた。
彼の名はタイタン。
「じゃあ、今回の任務のおさらいだね」
外耳の耳たぶに埋込まれたイヤーモジュールから骨伝導で電子合成音のふざけた声が聞こえる。
今の時代、どんな安物デバイスの音声案内だって、人が話しているのと変わらないくらいの自然な話し声に聞こえる。
声の主はグレムリン。
グレムリンは古き良き電子合成音をわざと再現して音声として出力している。
それがグレムリンの遊び心らしい。
「今回の目的地はここ。オフィスビルに見せてるけど、中身はコヒーレントライト社のデータセンター。ここに進入して地下に保存されたデータを削除すること」
タイタンの網膜ディスプレイにビルの外観が映し出される。
アライグマをキャラクター化したアバターが視界の隅で地図上の高層ビルを指さしている。
この映像は現実にプロジェクションしたCGではなく、タイタンの網膜ディスプレイに映し出された拡張現実アバターだ。
「警備が厳重そうだな」
「うん、目的のデータベースはネットからは遮断されているから物理的に侵入しないとアクセスできない。その上、ビルは寄せ集めの傭兵集団が警備にあたってる。簡単には突破できないね」
データのある場所を示すアイコンは地下の最下層。
ここはネットからは遮断されていて、外部からのアクセスは不可能。
ビル内部に侵入して直接、接続するしかないだろう。
正面玄関には武装した警備員が配置されている様子が表示されている。
無傷で突破するのは生半可な実力では不可能だ。
ネットに接続されたデータベースは便利だが、流出のリスクが常に付きまとう。
流出したことが判明するならまだ対処はできる。
企業が謝罪に追い込まれるような、ハッキングした痕跡を残すような流出は盗まれたデータの総量から見れば氷山の一角だ。超一流のハッカーはデータを盗まれたことにすら気づかれない。
そしてその情報は闇で取引され、ライバル企業に流出する。
企業が流出に気がついたときにはその情報はもう陳腐化している。
ネットに接続している限り流出リスクは避けられない。
本当に重要なデータはネットから隔離された場所に保管する。それがいまや常識だ。
隔離したいデータにはさまざまな種類がある。政府機密、軍事機密、企業秘密、エトセトラ、エトセトラ。
そして、スキャンダル。
ライバルを蹴落とすため、あるいは強請るための流出したらまずい情報。
強請られる側は流出してしまえば、その地位に致命的なダメージを受ける。
それは強請る側も同じ。
流出してしまえば、情報に価値がなくなる。
データが流出して困るのはどちらにも言えることなのだ。
そんな誰からも秘匿したいデータは人知れず、ネットから隔離されて保管される。
だからこそ、情報はネットからも物理的にも堅牢なデータセンターに保護される。
そして、スキャンダルをにぎられた側はなんとかして情報を削除しようと躍起になる。
蛇の道は蛇。需要があれば供給が生まれる。
非合法な隔離されたデータには非合法なハッカー。
ネットからアクセスするだけでなく、隔離されたデータセンターに忍び込み、あるいは強襲して、依頼人の不都合なデータを削除したり、書き換えたりする裏稼業が成り立っていた。
非合法な仕事は隠語で廃物焼却と呼ばれ、廃物焼却のプロたちは始末屋と呼ばれた。
世間一般にネットニュースに報道されるときはデジタル盗賊団、ビットバンデットと呼称されることが多い。
古風な呼び方で言えばハッカー、もしくはクラッカーだ。
シアトルで始末屋の中でも一番の凄腕と噂されるユニット。それがタイタンとグレムリンの二人組。
通称、ポルターガイストだ。




