異世界…?
気がつくと、俺の周りは、さっきまで近くにあった部屋のベッドや机、たまにやるゲーム機、はたまたエロ本が隠されている棚に至るまで、日本で生きてきた家財道具が消え失せ、いつもの光景が広がっていた。
なんと言うか、転生前のモヤモヤするような空間だ。いつもは、ここから俺の望み通りの世界へと転生することになっている。
「さーてと、次の転生先は、」
やがて唐突に身の回りの輝きが強くなる。そして遂に異世界に転生した感覚が俺に訪れた。
「よし、今回も上手くいった…ん?」
眩しさで一時的に落ちていた視力が回復して、辺りを見回すと、そこは俺が望んでいた「獣耳っ娘パラダイスワールド」
ではなく、暗くて、しかもなんだか不安定な環境だった。そこに俺は立っていたのである。
「あ、あれ? おっかしいな〜。確かに獣耳っ娘の世界を想像してたはずなんだけど。ていうか、なんだここ。もしかしなくても、まさかの失敗ですか?」
そんな馬鹿な。有り得ない。
俺の能力は完璧で、1度たりとも失敗したなんてことはないのだ。
まあもちろん、ごくたまに俺の思い描いていたイメージと少し違いがある世界に転生することもあったけど、結構楽しかったし、何よりここまで何もない所に転生なんてされるわけがない。
俺は動揺した。
「まさか、遂に俺の能力が期限切れで、本当に俺、死んじゃったの?」
それは萎える。まじで萎える。せっかく妻の不倫現場を見つけて、現実逃避しようとしてたのに、その機会が完全に失われてしまうなんて。
「すまんの。何かの手違いで、どうやらお前さんは本当に死んでしまったようじゃ。」
混乱している俺の元にどこからか声がかけられる。
「誰だ? どこから話しかけている? 姿を表せ。そんな礼儀も出来ないやつは社会人として失格だぞ!」
「社会人? お前は一体なんの事を喋っておるのだ。大体、礼儀だなんだと抜かすなら、まずはお前がそれを示せ。」
「はあ? 何をおっしゃっているんですかね、いい加減にしないと、」
「儂じゃ。ほら、こっちを見よ。」
声のする方に顔を向けると、何かとんでもなく派手などデカい椅子に、これまたどデカい人間が座っているではないか!?
「な、なんだ、あんたは。」
「儂か? 儂はな、神じゃ。じゃが、よくもお前、神である儂に向かって『あんた』なぞと呼んでくれたな。」
神? こいつが? いやまあ、確かに、それっぽい雰囲気は出してるけども。え〜?
「え、えーと、貴方が神様でしたか?」
「ん? 今お前、儂のことを神ではないとでも思っておったじゃろう。」
「えっ!? い、いやいや、そんなわけないじゃないデスカ〜。」
「嘘が下手すぎるわ、マヌケ。」
ま、マヌケ? この神様、結構エグいこと言ってくる。
「まあ良い。そんなことよりな、さっきの話じゃが、お前の転生は失敗じゃ。今は儂の世界に一時的に留めておる。」
ホントに失敗したのかよ。うわぁ〜。
「その理由については、お前にも心当たりがあるだろう?」
は? 心当たり? なんの事だ?
「いや〜、分からないっすねえ。俺今まで一度も失敗してなかったんで、」
「神」と名乗ったジジイが呆れながら、俺の言葉を遮る。
「そこじゃ! お前のそのヘンテコな能力のせいで、ありとあらゆる世界の因果が捻れてしまったのじゃ!」
「俺の能力のせい?」
「そうじゃ。お前はその能力でいつでも好き勝手に転生しては、唐突に切り上げて勝手に元の世界に戻るじゃろう。それを今まで何回繰り返してきた?」
「えーと、俺がこの能力に気付いてから、1、2…ああもういいや! とにかく沢山っすね!」
「神」は露骨にため息をついた。
「はぁ〜。お前の開き直りっぷりには、ほとほと呆れ果ててしまうわ。
とにかく、その行いで数多の世界が崩壊しかけた。それをこの儂が今まで修復してきたのじゃ。
だがな、ここ最近その回数が多すぎる。流石にもう限界じゃ。」
「え? それなら他の神に頼めば良かったでしょう? なんで 1人で抱え込んでるんすか。完全に俺への八つ当たりでしょ。」
「他の神は他でやることがあるのじゃ。それに、断じて八つ当たりなどでは無い! お前の行いが他の神にも迷惑をかけておるのじゃ! すなわち、これは身勝手なお前への儂ら神々の怒りじゃ! よって、」
さながら裁判長が罪人に判決を言い渡すかのように、
「よって、お前は次の転生先で、天寿を全うするまで、元いた世界に戻ることを禁ずる!」
エエェェッ!? そんな、嘘だろ?
「い、いや、ちょっと待って下さいよ。それって、つまり、」
「本当の異世界転生を過ごす事が出来るぞ。良かったな。ま、せいぜい頑張れ。」
「い、嫌だ! あれだろ? 俺が勝手に異世界転生したのが良くなかった、ってことだろ? 悪かったよ。謝るから。だからせめて元の世界に帰してくれよ、頼むから!」
「ダメじゃ。そうやっていつまでも甘えてられると思うなよ、若造が。」
クッソ! こうなったら力づくで! こいつ弱そうだし、いけるだろ。
そう思って「神」に近づくと、突然、目の前に落雷のようなものが落ちてきた。
「うわあっ! 危ねぇ!」
「ふむ、聞き分けの悪いやつには、灸を据えておかねばな。」
「あ、あの〜。命を奪ったりなんてしませんよね〜?」
「ん? ああ、そうか。お前は未だに儂が神であることを信じておらんのだな? まあ、それなら仕方がない。儂もそこまで強い神ではないからな。
とはいえ、これでも神の端くれ。ちょうど目の前にいい練習台があるではないか。どれ、一つ試してみるか。運が良ければ、死ぬ一歩手前ですむじゃろう。」
ヤバい。殺される。
「わ、分かりました! 行きます! 行きますから! だから、命まで奪わないで下さい! お願いします!」
そう言うと「神」は溜めていた力を解きながら、ゴミを見るような目で俺を見下ろしてきた。
「はあ、面倒臭い奴だな、お前は。ほら、門は開いておる。さっさと行け。」
「神」の指差す方向に顔を向けると、何やら輪っかのような枠の中に、さっきの眩しい光のようなものが蠢いている。
事ここに至っては仕方がない。どうせ今戻っても、妻の不倫現場に立ち会うだけだ。
俺は意を決して、その光の中へと飛び込んでいった。「門」が締まり切る直前、「神」が思い出したように付け足す。
「ああ、そうじゃ。言っとくが、途中で自殺なんとかいう変な死に方をしても、元の世界には戻れないからな、気をつけておけよ。」
…そういうのは、先に言ってくれ。さっきそのやり方で戻れると思った俺の希望を返してくれ。
そんなこんなで、俺は見知らぬ世界へと転生して行ったのだった。
初めまして! 作者の「流れゆくモノ」と言います。この作品の他に「鬼と傭兵の物語」を、この「小説家になろう」で投稿しておりますので、気になった方は、そちらの方も是非、ご覧になって下さい!
ただし、「鬼と傭兵の物語」は、これとはまた違った作風なので、苦手な方は読まなくても、全く問題ありません!
それではよろしくお願い致します。