ヨシコの殻
かなり長いんで、つまらなかったらごめんとしか言いようがないです・・・・・・。
「早く出してよ〜、怖いよ〜」
僕は、いつも同じクラスのよし子ちゃんに意地悪されている。
最初はちょっとしたちょっかいをかけてくるだけだったのに、今ではかなりひどい事もされるようになった。そして、今もまさによし子ちゃんからの被害に遭っている。今日の意地悪は、いつにも増して辛く苦しく、そして怖い。
今日は、普段使っていない教室に呼び出された。そして部屋に入るなりよし子ちゃんは「ここに入れ」と掃除ロッカーを指差し、僕に言ってきたんだ。もちろん最初は断ったんだけど、僕が逆らった時のよし子ちゃんは悪魔のように怖いんだ。前にも一度断った事があったけど、その時は口にミミズをいっぱいいれられたし、それを出そうとしたら口を塞がれて……。思い出しただけでも吐き気がしてくる。
今日は、断ったら箒の棒で思いっきり頭を叩かれたんだ。意地悪されるのは嫌だけど、痛いのはやっぱり絶えられないから、しょうがなく僕は掃除ロッカーの中に入った。そしたら外で、よし子ちゃんがなにやらがさごそやりだして、すごく嫌な予感がしたんだ。だけど、もう手遅れだった。僕がロッカーを開けようと力を入れたけど、何かで塞がれていて全く開かなかった。
「弱虫耕太! 怖いの? 出して欲しい?」
「お願いだよ、もう出してよ……」
「やだねっ!」
僕の言葉はすぐに却下された。そして次によし子ちゃんが取った行動は……。
――ガンッ!
「痛いっ! 何するんだよ!」
あまりの痛みに僕も本気で頭にきたよ。よし子ちゃんは、僕の入っているロッカーをいきなり倒したんだ。しかも、ドアが床の方を向くようにね……。
よし子ちゃんがどこかへ向う足音がして、電気が消えた。ただでさえロッカーの中は暗いのに、三本の覗きまどからは床しか見えなくて、やっと見つけた小さな穴からは無情にも消える蛍光灯が見えるだけだった。そして、ドアを閉める音が聞こえた……。
ここは普段使っていない教室、だからよし子ちゃんが来ないと出れない。だけど、さすがのよし子ちゃんもこのまま放置するって事はないよね。僕が家に帰らなかったら、親が心配して僕を探すはず。そうしたら、よし子ちゃんが僕にした事がばれて大変な事になっちゃうもん。そうだよ、きっとよし子ちゃんは帰って来る。
だけど本当に怖いよ。真っ暗で、何の音もしないし、身動きも取れない。絶対戻って来るとわかってても、ついつい「戻ってこなかったらどうしよ」と考えてしまう……。今何時だろ、お腹すいたな〜。
そもそも、なぜいつもよし子ちゃんが僕に意地悪をするのかいまだに理由がわからない。僕はまだこの学校に来て3ヶ月しか経ってないし、誰かに怨まれるような事もした覚えがない。それに、よし子ちゃんに初めて意地悪されたのが二ヶ月前、それがよし子ちゃんとの初めての会話だったんだ。なんでなんだろ、僕が何か気に障る事でもしたのかな? もしそうなら、ちゃんと謝りたいから教えてくれればいいのに……。
「それにしても、よし子ちゃん遅いな〜」
何時間経ったんだろうか。僕は我慢し続けていたけど、さすがに不安になってきた。まさか本気で放置するつもりなのだろうか?
暗いのに慣れると、かすかな光ですら明るく見えるんだね。窓から入ってくるかすかな光、たぶん月の明かりかな。それが闇に慣れた僕の目に、予想以上の視覚を与えてくれる。もう夜なんだね。ロッカーに空いた小さな穴からみえる景色しか僕はわからない。でもね、それだけで十分な気がするよ。それ以上知ったところで僕は何も出来ないのだから。
まったく音が無いと思ってた。だけどそれは勘違いだったみたい。風が窓に吹き付ける音、僕が微かに動くだけで、ロッカーがほんのちょっときしむ音。黒板の上に掛けられた時計が時を刻む音。僕のお腹が鳴る音。何の音なのか分からない耳鳴りのような「ピー」って音。そして一番聞こえてくるのは、なぜか不規則なリズムを刻む僕の心臓の音。
このロッカーに閉じ込められた時は、焦っていたのか気付かなかったけど、すごく臭いや。そりゃ掃除道具を入れる場所だししょうがないよね。それと、教室独特の匂いもいっぱいする。あとはどこかのトイレの臭いかな? 人が動いてない校舎でも、どこからか入った風が空気を動かしていろんな臭いを運んでくるんだね。
お腹が空いたよ。給食を食べてから何時間経ったんだろ。空腹で音が鳴るたびに、余計にお腹が空いてしょうがない。なんでお腹って鳴るんだろうね、迷惑だよほんと。あら、気付けば僕は自分の親指を舐めてるじゃないか。何やってるんだろ、ロッカーの中は汚いから舐めるのはダメなのに。でも、指って舐めるとしょっぱいんだね。他の指も、手のひらも、手の甲も、腕も。あらら、もう舐めるとこがないや。それに塩分を取ったせいか、喉も渇いてきちゃったよ……。幸いだったのは、ここに来る前にトイレを済ませていた事かな。ここで催したら大変な事になってたからね。
ずっと動けないってのは、とても辛い事なんだね。ロッカーが横になっていただけましなのかな? もしも縦だったら、今頃足が大変な事になってたはずだよ。だけど同じ体制は辛いし、なにか体中がムズムズしてくるんだ。あ〜、体を動かしたい。体を伸ばしたい。力を入れたい。立ちたい。なんだろ、体を動かしたいという気持ちが高まると、なぜかすごくイライラしてくるみたい。思いっきりロッカーの壁を両手で押して見るんだけど、手が伸びきらないせいなのかイライラが収まらないよ。「あああああ」と思わず大声で叫んでしまった。だけどすごく気持ちいい。声を出す事がこんなに気持ちいいなんて。足もばたばたさせて、ロッカーを蹴り上げるのも気持ちよかったんだけど、静かな教室だと必要以上にうるさいからやめたよ。
あれ、本当に何時間経ったんだろ?
さすがに誰か僕を探してくれてるよね?
よし子ちゃんがひどい人だからって、さすがに放置したままって事はないよね?
このまま見つけてくれなかったら、僕死んじゃうよね?
あれ、なんだろ?
あれ、あれ、あれ……。
おかしいな。もう暗闇にも無音にも空腹にもだいぶ慣れてきたはずなのに、さっきまではなんとも無かったって言うのに。なんでだろ? なぜだか急に怖くなってきたよ。やっぱり暗いからかな? いや、このまま放置されたらどうしようっていう恐怖感からかな? このまま見つからないまま死んじゃうって事が怖いのかな?
いや、そうじゃないんだ。僕が怖いのは『狭さ』なんだ。いろんな事を耐えて来たけど、やっぱりこれだけは耐えられないみたいだ。どうしよう、頭がどうにかなってしまいそうだよ……。
「出してよ!」
今更叫ぶ事に何の意味があるのか僕にはわからない。だけど、叫びたい。叫んでないと本当におかしくなってしまいそうだから。
「出せ!」
「出せよ!」
「ふざけんな!」
「お願いだよ……」
「出せ! 殺すぞ!」
僕は誰に向って言ってるんだろ……。
出してよ、お願いだから……。
僕が次に目を開けた時、見えたのは僕の部屋の光景だった。
「あれ?」
「おお、目を覚ましたか」
何か安堵の表情を浮かべながら、お父さんが僕に言った。
「大丈夫? どこも痛くない?」
涙目になったお母さんが、僕の心配をした。
「え?」
何が起こったのかわからない僕だったが、ドアの向こうから聞こえてくる女の子の泣き声ですべてを思い出した。
「ちょっと来なさい」
そう言ってお父さんが僕を居間へ導いた。
そこにいたのはよし子ちゃんだった。
よし子ちゃんと一緒にいるのは、たぶんだけどよし子ちゃんの両親。
よし子ちゃんはわんわん叫びながら泣いている。
そして、よし子ちゃんの両親らしき二人がよし子ちゃんの頭を押さえつけて土下座させている。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした」
よし子ちゃん達三人が土下座をしながら真剣な声で謝罪を述べた。
僕は心の中で「なるほどね」と全てを理解した。
きっと僕の事を心配した両親が僕を探し始めて、そして行き着いたよし子ちゃんの所。さすがにやばいと感じたよし子ちゃんは、全てを白状したんだろう。そして僕は助けられた、と。
女の子が目の前で泣いているとこなんて見たくないはずなのに、なぜかこの時は全く罪悪感みたいなものが沸いてこなかった。そうだよ、あんな事されたんだ、謝罪くらいなんだ!
この日、よし子ちゃん達は何度も何度も僕に謝って帰っていった。
それから一週間、よし子ちゃんは学校をずっと休んだ。
担任の先生からは全くこの事は告げられず、理由を知らないクラスのみんなはいろいろな噂をしている。病気じゃないかとか、登校拒否じゃないかとか、転校するんじゃないかなどなど。理由を知っている僕からすれば、面白おかしい思わず笑ってしまうような話が飛び交っていた。
そんな話の中に、一つ僕が気になった話があった。
クラスのリーダー格の奴に話しかける数人の生徒の話。
思わず僕も聞き耳を立ててしまう。
「おい、まさかまたよし子にしたのか?」
「あいつは条件付で解放する約束じゃなかったのかよ?」
「いや、俺は何もしらないぞ? お前達じゃないのか?」
ああ、なるほどね。
僕は身代わりだったのね。
こいつらも結局同じじゃないか、直接手を出さないだけで、よし子ちゃんに命令してたんだね。なるほどね……。
まあいいさ、これで僕への意地悪が終わるなら許そう。
「君達『は』ね」
その日家に帰った僕は、お母さんに全ての事を話した。話を聞いたお母さんはすごく怒っていたけど、僕が大人な対応をしようと言う事でなんとか落ち着けた。そして僕はお母さんに言った。
「もうよし子ちゃんには関わらないから」
お母さんも納得の顔を見せ、偉い偉いと頭を撫でてくれた。
きっと「意地悪を耐え抜いた強さ」と、「無駄な復讐心を持たなかった事」に対してだなと僕は思った。
ごめんねお母さん。よし子ちゃんだけはやっぱり許せないよ……・。
僕がトイレに入っていると、お母さんが奇妙な事を言った。
「耕太、なんでトイレのドアを開けっ放しにするの?」
僕はお母さんの言ってる意味がわからなかった。
僕がお風呂に入っていると、お父さんが奇妙な事を言った。
「耕太、なんでお風呂のドアを開けっぱなしにするんだ? 洗面所が濡れるじゃないか」
僕はお父さんの言ってる意味がわからなかった。
一週間が過ぎると、よし子は何食わぬ顔で学校に現れる。「遂に来たか」と心の中で思っていても、表面に現すことはしない。
よし子は全く反省をしていないようだ、僕を見る目がそれを物語っていた。必要以上に僕をにらみつける。それは前より特別な『何か』を感じさせるほどに。そんなよし子だが、僕に話しかけて来る事はなかった。そして、休み時間になると、この間の話をしていた連中によし子は連れられて教室を出て行った。
放課後、僕はよし子に呼び出される。
無視する事も出来た、先生に言う事も出来た、親に言う事も出来た。
でも、僕はよし子に着いていく事にする。よし子が僕を呼び出したのは、学校の裏にある森だった。そこは生徒立ち入り禁止の場所で、奥に行くと古い教会がある。よし子についていくと、案の定案内されたのはその『古い教会』だった。僕も初めて入る教会。中はまさに廃墟といった面持ちだが、教会によくあるようなイスやピアノなどが原型を留めている。そして、よし子が指を指す先を見るとそれはあった。
「あんた、ここに入りなさい」
そこにあったのは『棺桶』だった。まさか教会にこんな物があるとは想像していなかった。テレビやアニメの世界で、吸血鬼が眠っているような棺桶。いや、ここでは棺と言ったほうがいいのかもしれない。黒くて二メートルはあろうかと言うその棺を見た僕は、なぜかすごい恐怖に襲われた。それと同時に、「ここに入ったら出れない」と頭の中で叫んだ。
「ほら、早く入りなさいよ!」
そう言ってよし子は僕の腕を掴み、無理矢理棺に入れようとする。
「なんでこんな事するの!」
僕はもちろん力いっぱい抵抗する。
「あんたのせいなんだよ!」
まったくもって意味がわからなかった。意地悪の対象が再び自分に戻ったのを、僕のせいだとでも言いたいのだろうか?
よし子は涙を浮かべ、必死の形相で僕に襲い掛かる。だけど僕だってこんなところに入りたくない。必死に抵抗した。
「あれ?」
僕は思わず心で思っていたことを声に出してしまう。いつも意地悪されていたよし子に、僕が力いっぱい抵抗すると意外となんでもなかった。今まで僕は何に怯えていたのだろうか?
「ちょっと、何するのよ!」
そんな疑問と同時に、僕は思った。「逆によし子を閉じ込めてやろう」と。
必死に抵抗するよし子を抑え込み、棺の中へ追いやる。そして、急いで棺の蓋を閉める。だが、意外と棺の蓋は重い。抵抗するよし子を抑えながら、この重い蓋を閉めるのは至難の業だと思った。だけど、今の僕は今までの僕じゃなかった。僕が頭で考えていた事は「この蓋ならそう簡単には開けられない」だった。
なんとか抵抗するよし子を振り切り、僕は蓋を閉める事に成功した。
っと思ったのだが、よし子の指が挟まって完全には閉まっていなかった。
「痛いよ! 挟まってるよ! やめてよ!」
よし子は必死に叫んでいたが、僕は何の躊躇もなくその挟まった指を踏みつけた。
棺の扉は閉じられた。
黒くて大きな棺からは、「出せ! 出せ!」と勘に障る五月蝿い声が何度も聞こえてくる。僕は近くにあった大きな石と、教会のイスを無理矢理引っこ抜いて棺の上にのせ、最後に朽ち果てかけている赤いカーテンのような物で覆った。五月蝿かったよし子の声が少しトーンダウンする。そんなよし子に僕は優しく忠告をする。
「暗くて怖いだろ? だけどね、本当に怖いのはその閉鎖された空間で、身動きの取れない自分に負けた時だよ」
僕は軽やかなステップを踏みながら家に帰った。
自分の部屋に着いた僕は、さっきまでの異様なテンションから覚め、一転して恐怖に陥る。「ばれたらどうしよ」という恐怖。自分がよし子に何をしてしまったのか、そしてそれがばれた時どうなるのか。その二つの恐怖から僕は震え上がっていた。まさにこの間のよし子と同じ状況。よし子も待ってる間はこんな気持ちだったのだろうか? よし子は自分の意思で僕にあんな事をしたのだろうか? バレた時どんな気持ちだったのだろうか……?
そんな事をループしながら考えつつ、ずっと震え上がっていた僕だったが、その日特に何も起こらなかった。
翌日、僕は普通に学校に行った。
担任が来て、ホームルームが始る。そして担任の口から出た言葉。
「伊藤よし子さんが、転校する事になりました」
淡々と担任が語る転校話。クラスのみんなが「えー!」っと声を上げる。僕をさらに恐怖が襲ったのは言うまでも無い。「もしかして僕のせいなのか?」と、何度も何度もいい続けた。だけど、担任は一度も僕の顔を見なかった。ホームルームが終わると、それ以上の情報は告げつに職員室に戻っていった。僕はすぐにでも追いかけて理由を聞こうと思ったが、それでばれるのが怖くて何もできなかった。
昨日の事を指示したであろうクラスのリーダー格達が僕の元へやってくる。
「ごめんな、許してくれ」
「本当にごめんなさい、もうしません」
「これからは仲良くしようぜ」
「はい?」
僕は何が起こっているのか全くわからなかった。昨日までよし子に指示を出して僕に意地悪していた人達が、なぜか今日になって急に謝りだす。それも「何についての謝罪」なのかも言わずに。
意味は不明だが、今更こいつらに復習したとこでに何が変わるってわけでもないので、僕はとりあえず許す事にした。
放課後、僕は急いでよし子の家へと走った。この不自然な行動でもしかしたら昨日の事がばれるかもしれないと思ったが、「よし子と同じ気持ちを味わわないと不公平だ」というどこから出てきたのか分からない考えを胸に秘め、とにかく走った。それによし子が無事だったなら、僕が犯人だと言う事はすぐにでもバレているはず。なのにそれが起こらない。それがなぜなのか僕は確かめたかった。
よし子の家に着いた僕だったが、すでに引越しは終わっていた。
僕は家に帰り、お母さんによし子ちゃんの引越しの事を話した。
お母さんは、それ以上の事を僕に何も聞かなかった。
後日、風の噂で聞いた話によると、よし子は精神科の病院に通院する事になったらしい……。
後に残るやるせない気持ち。
よし子はきっと意地悪されていた。
たぶん僕に意地悪をすれば見逃すと言われていた。
そして二人で同じような経験をし、僕は残り、よし子は去った。
なんなんだこれは?
その後、よし子の噂を聞くことは無かった。
時間と共に、自分では意識していなかった変なクセも直っていた。
そのクセというのは「ドアを開けたまま」にする事。 どうも変なクセがいつの間にか付いていたらしい。なぜかこのクセが直ると同時に、僕の頭の中から「よし子」という存在もどんどん薄れていった。
だけど、そんな僕に異変が訪れたのは、そのクセが直ってから一週間後の出来事だった。
ある日、僕は学校の帰りに腹痛に襲われた。一刻も早くトイレに行かないとやばい状態で、変な歩き方をしながら家路を急いでいた。
「もう、限界!」
と、つい「声」を漏らすと、そこはかつてよし子が住んでいた家だった。
限界だった僕は、なりふりかまわずにそこの家のインターホンを押す。
――ピンポーン。
当然誰の返事もない。すぐさま隣の家でトイレを借りようと思ったのだが、本気で限界が来たのでとっさに玄関のノブに手を掛けると、その玄関は音も無く開いた。
「あれ? 鍵閉め忘れたのか?」
とにかく今はそれどころじゃなかった僕は、急いでトイレを目指す。廊下の突き当たりに発見したトイレに駆け込み、ちゃんとドアも閉めた。
「ふ〜……助かった」
やっとの思いで安心を勝ち取った僕。そんな僕の頭に次に浮かぶ「水」の問題。この家は空き家なので、水も当然出ないだろう……。
――ジャー。
水は流れた。当然不思議に思ったが、水が流れた事の方が今の僕には大切な事だった。手を洗い、ドアのタオルで拭く。
「ドアのタオル?」
トイレを出ようとした僕が、トイレのドアノブに手をかけた。
「あれ? 開かない」
トイレのドアは開かなかった。窓も無いトイレに僕は閉じ込められてしまったのだ。今度はトイレか。何か耐性のような物がついたのか、特別慌てる事も無く冷静に考えた。窓の無いこの空間から出るには、やはり入ってきたドアを蹴破るしか手は無い。「そういえばタオルがなんであるんだ?」という疑問も浮かんだが、今更どうでもよかった。
立ち上がり、勢いをつけてドア蹴った。
――ドン!
「なんだ?」
僕がドアを蹴った音とは思えないほどの大きな音が聞こえてきた。本気で蹴ったにも関わらず、ドアにはキズ一つ付いていない。そして突然床も揺れ始める。さらに大きな音が何度もトイレの外から響き渡ってくる。
「何が起きてるんだ?」
とにかく出ないとまずいと思った僕は、何度も何度もドアを蹴り続けた。それに答えるかの用に、何度も何度も大きな音と揺れがトイレを襲う。疲れて休んでる間もその音と揺れは続いていた。何時間か続けたが、僕はとうとう諦めムードに陥る。
「なんだよこのドア、硬すぎだよ……、それになんなのこの音は?」
トイレに座り、時が解決してくれるのを期待しながら待っていると、いつの間にかトイレの中は真っ暗になっていた。冷静に考えれば、入る時電気はつけた覚えはないし、空き家に電気が通ってるのもおかしい。だけど、窓もないこの個室はなぜかさっきまで明るかった。そして立ち上がって、僕は電気に手を触れようとする。
そこには電気は無かった。さらに立ち上がって手を伸ばすと嫌でも気付く、トイレの狭さ。絶対にさっきより狭くなっている気がした。前後左右に手を伸ばし広さを確認すると、暗闇で視界のない僕にしてみれば異常なほど狭い空間がそこにはあった。
さっきまでの光はなんだったのか?
なぜ空き家で水が流れるのか?
タオルはなぜあるのか?
この広さは最初から変わっていないのか?
外の音と揺れはなんなのか?
僕は頭の中で考え続けた。
時間と共に襲ってくるいつしかのあの感覚。
光、音、臭い、空腹、そして閉鎖された空間から来る体の疼き。
光も何もない空間では、いくら時間が経とうが何も見えない。音は外からの大きな音がずっと聞こえている。臭いはトイレの臭い。何時間経ったかわからないが、異常な空腹感。そして、見えないからこそ手を伸ばして気付かされる、異様な狭さ。
「出してくれ……」
僕は言い続けた。
「出してくれ、出してくれ、出せ、出せよ、早く出せよ、ここから出せよ!」
喉が枯れ、喉が渇き、空腹から声すら出すのも辛くなっていく。
立ち上がり、一歩踏み出せば壁ぶつかり、横を向けばそこに壁がある。
僕は声にならない声で「狭い狭い狭い狭い狭い狭い」と叫んだ。その叫び声も外の大きな音で全てかき消されてしまう……。
突然外の大きな音と揺れが収まった。
そして、なんの音も無く開いたトイレのドア。
眩しくて僕は目を開けられない。
数分後、やっと目がなれたのか全てが見えた。
そこは、何も無い砂漠の世界だった。
必死に頭では考えて見たが、この状態に該当する答えを僕は持ち合わせていなかった。トイレに入り、閉じ込められ、やっと開いたら外は砂漠?
何かの冗談だと思い、この特殊な状況をすべて無視して僕は家に向った。だが、十歩ほど歩いてすぐに無駄な事だと、嫌でも分かる事になる。道も家も何も無い。方向すらわからない。ただあるのは永遠に続く砂漠。永遠という言葉が正しいかわからないが、僕はこの街で地平線が見えるとは思っていなかった。目の前に続くただただ続く砂漠。振り返ると、そこにはポツンとトイレが一つだけ残っている。
何も考えず、僕は走り出した。走ってなにがあるのかも考えずに走った。きっと何かを目指していたのではなく、あのトイレに戻るのが嫌だった。とにかくあの暗くて狭い空間には戻りたくなかったのだ。
かなりの距離を走ったと思い、後ろを振り返ると、トイレが小さく見えるだけで何もかわらなかった。空腹で倒れそうだった僕が、喉の渇きで苦しかった僕がそんな距離も走れるはずがなかった。
僕はその場で倒れこみ、空を見上げた。そこには夜空があった。僕はトイレから出る時に眩しさでしばらく目を開けられなかった。今も光には苦労しないほど、辺りは明るく照らされている。なのに空をみえげれば、夜空に星が散らばっているではないか。
「ははっ、ははははっ!」
自然と僕に笑いが起こる。その夜空はとても綺麗に見えた。周りがこんなに明るいと言うのに、そこには輝く星達が一面に広がっている。家やビルなどの一切ないそこでは、夜空の星達を妨げる障害物も、光を妨げる無駄な電気もない。これが夜空なのかと僕は考える。まさに「星に手が届きそう」という言葉がぴったりな状況と言えた。そこで僕は立ち上がり、夜空に右手を伸ばした。
「一番ぼ〜し〜〜み〜つけた〜」
――パシ。
「え?」
僕は夜空に手が届いた。そして、この手で確かに星を掴んでいた。僕は左手も伸ばしてみた。
――パシ。
「え?」
左手にも星は掴めた。
なんでさっきまで気がつかなかったんだろ、そういえば空がやけに低く見えるな。さっき走ってた時はなぜ気付かなかったんだろ、やけに地平線が近く見えるな。
あれ?
地球ってこんなに狭かったっけ?
僕はトイレに戻る事にした。あんなに嫌だったトイレに。
そしてドアを閉める。きっとこのドアが再び開く事はないだろう。
トイレの中は、やっぱり狭くて怖かった。
最後に僕が言うセリフ。
「早く出してよ〜、怖いよ〜」
僕が次に目を開けた時、見えたのは僕の部屋の光景だった。
「あれ?」
「おお、目を覚ましたか」
何か安堵の表情を浮かべながら、お父さんが僕に言った。
「大丈夫? どこも痛くない?」
涙目になったお母さんが、僕の心配をした。
「え?」
何かみたことある光景だと思った僕だったが、ドアの向こうから女の子の泣き声は聞こえなかった。
一週間後、僕は学校の林間学校に出かけた。森の中で火を焚いたり、カレーを作ったり、歌ったり、ログハウスで寝たりと、なんとも子供らしい行事だ。初日はなんとも清々しくない登山をさせられ、やっとの思いで登りきったというのに風景の写生というありきたりな課題をだされた。登山も絵も好きではない僕からしたら、どっちも無理矢理やらされてるだけでなんの充実感も得られない。写生は二人一組で山の中を自由行動という事だが、それで本当に大丈夫なのかと疑問にも思った。さらに、なんの因果かしらないけど僕とペアになったのはクラスのリーダー格で、よし子ちゃんに指示を出していた憎き山田だった。
「よ、よろしくな耕太」
「うん、よろしくね」
あの一件以来、事情を知ってる人達は僕を恐れているらしい。それは僕がよし子ちゃんにした事を知っていると言う意味ではなく、よし子ちゃんが引っ越した理由を作ったのを僕だと思っての事だろう。とりあえずはこのままの方が都合がいい。下手に意地悪されるよりは、別に仲良くなりたくもない人達に恐れられてた方が何かと便利だと思った。
さっそく山田と二人で山の中に入っていった。僕達はみんなが行かなそうな所を探す事にして、かなり山の深いところまで進んでいく。そんな時、山田がある物を発見した。
「耕太見てみろよ、洞窟があるぞ」
「本当だ、入ってみようか」
「え……」
当然山田は僕の誘いを断らなかった。山田が見つけた洞窟は、よく目を凝らさないと見落としてしまいそうな位山に溶け込んでいて、入り口は大人一人が入れるかどうか際どい程の大きさだった。中に入ってみると、意外とそこは広くて二人並んで歩ける位の幅があった。二十メートル程進むと、段々道が狭くなっていき、入り口から入ってくる光もほとんど届かなくて真っ暗になった。それでも微かな光を頼りに僕達が先に進むと、とうとう洞窟の広さは匍匐前進でもしないと進めない幅になる。狭くなると言うよりは、突き当たりに横穴が空いているという表現が正しいのかもしれない。さすがに怖くなったのか、急に山田が怯えだす。
「もう帰ろうよ、なんかここおかしいよ」
「何がおかしいんだ?」
「だって、入り口がほとんど見えないのにやたら明るくない……?」
山田の言う事も確かだった。入り口からかなりの距離進んでいるというのに、いまだに山田の顔が微かに見えるほどの明るさがあった。入り口が山に溶け込んでいる位見つけにくい場所にあり、太陽の光だってそんなに当たっていなかったはずなのに。
僕は少し考えながら辺りを見渡した。そうすると自然と答えが導かれる。
「山田、あれ見てみなよ」
「あっ、出口?」
僕が指差したのは、匍匐全身しないと進めないほど狭い横穴の先だ。距離はどの位かわからないが、すごく遠くに丸く光ってるのが見えたのだ。そこがどうなっているのか僕は知りたくなった。
「山田、先に入ってよ」
「え? やだよ、暗くて見えないもん」
僕のことを怖がっている山田だが、こういうときは素直に反発するらしい。だけど僕は見たい。だから山田に『懐中電灯』と『ロープ』を取ってくるように言った。最初、山田はそれも拒否したが、入るのは僕だって事を教えたら素直に取りに向った。
二十分程で山田が戻ってきた。手には注文通りの懐中電灯とロープを持っていた。僕が注文した懐中電灯は頭に巻くタイプで、どうせそんな物はないと思っていたのだが、どこからか山田はそれを持ってきた。さらにロープもちゃんと登山で使うような編みこんであるロープだった。
僕は頭に懐中電灯をセットし、ロープで山田を縛った。ちゃんと動けないように腕の上から体を一周するように結び、念を押す。
「いいか、僕が中に入るからお前は絶対にここを動くなよ」
「うん、わかった」
自分の体にもロープを巻き、僕は匍匐全身をしながら横穴に入った。中は水が少し流れていて、壁や地面にはへんなぬめりが密集している。だけどそのおかげか、匍匐全身していても肘やお腹が全然痛くなかった。奥に見える出口らしき所まで何メートルあるかはわからないが、山田の持ってきたロープは百五十メートルもあるらしい。いったいどこから持ってきたんだ?
何メートル進んだかわからないが、穴があった。僕から見て、下に向ってすごく深い穴だ。懐中電灯で照らしても底がまったく見えない。大きさは四十センチほどだろうか、まあ気にせず進もう。一応進みながらも時々ロープを軽く引っ張るようにしている。山田にはロープを常にピンッと張っとけと伝えてある。そうでもしないと、もしかしたら逃げ出すかもしれないから。
何メートル進んだかわからないが、いまだに出口にはたどり着かない。さすがにここまで深いと僕も怖くなってきた。「もし出口まで届かなかったら、バックで戻れるかな……」と頭の中で考えてしまったせいか、妙に心臓の鼓動が早くなっている気がする。なので、最初の方よりも短い間隔でロープをチェックする。いまだに張っているので、どうやらまだ百五十メートルは進んでないようだ。匍匐全身だと、結構進んだように思えても意外と進んでない物なのだなと思った。
何メートル進んだかわからないが、懐中電灯の電池が切れた。山田め、変なの持ってきやがって。それにしても、誰がこんな懐中電灯持ってたんだうか。それよりも、懐中電灯が切れて初めて気付いたが、意外と明るくなってきていた。どうやら出口には近づいているらしい。電池の切れた懐中電灯だけど、捨てると進むのにも戻るのにも邪魔になりそうだったのでそのまま着けている。
何メートル進んだかわからないが、微妙な下り坂になっていた。一瞬迷ったが、ここまで来たんだしということで僕は無視して進む。本当に微妙な下りなのだが、そこら中にあるぬめりのせいでするすると滑って行った。山田が常にロープを張っているせいか、滑り出した時に一瞬お腹が絞まるようになって苦しかった。
何メートル進んだかわからないが、僕は今更思った。どうしてこんなに狭いのに空気があるんだろうか。普通ならこういう狭い場所では空気がないはずなのに、なんで普通にしてられるんだろ。まあ、最初にそれを思いつかなかったのは僕のミスだったし、ちょうどいいと言ったらそうなるのだけどね。もしかしたら出口からいっぱい酸素が入ってきてるのかも知れないし。
何メートル進んだかわからないが、さすがにおかしいと思い始めた。まず、ここに入る前に見えていた光と今見えている光の大きさがあまり変わっていない事に。そして、正確には考えて無くてもわかる事で、絶対に僕は百五十メートル以上進んでいると思った。そういえば進むのに夢中になっていて、山田が逃げてないかチェックするのを忘れていた。僕がロープを引っ張ると、ロープは何の手ごたえも無くスルスルと引けた。それが何を意味するのかを考えた時、なぜか怒りよりも恐怖が襲ってきた。だけど、認めたくない僕は心とは違う事を口に出してしまう。
「山田め、帰ったら覚えてろよ!」
何メートル進んだかわからないが、僕はとうとう絶望する事になった。ずっと見えていた出口がすぐそこにある、なのに絶望したのだ。僕がずっと目指していた出口は、入る前に見えていた大きさとほとんどかわらなかった。十センチほどの小さな穴でしかなかったのだ。それを見たときに心に浮かんだ恐怖。今自分が置かれている状況が、どれだけ大変な事になっているのか……。幸い暗くはないが、限りなく狭いこの状況。しかも前にこれ以上は進めないので、後ろに戻るしかない。そして、戻るためにはロープを引っ張ってもらう予定だったのにその相手が逃げ出している。そして、ロープの長さからいって、僕は百五十メートル以上はバックしないといけないという事だ。とにかく出たい、今はそんな事はどうでもいいから早く出たい。そう心で思い、自然と体が動く。
何メートル戻ったかわからないが、匍匐全身のバックがこんなに辛いとは思わなかった。一生懸命戻ってるはずなのに、全然戻れてる気がしない。行きでは役に立ってたぬめりが、帰りは逆に僕の体力を奪う要因にもなった。懐中電灯を捨て、体に結んでいたロープをほどき、僕は急ぐ。行きで活躍した緩やかな下り坂も、帰りはとても苦戦する代物だった。
何メートル戻ったかわからないが、なにか足にあたる物がある。おかしいな、まだ入り口には戻ってないはずなのに、なにかがつっかかっている。振り返って自分の目で確かめたいのも山々だが、ここでは振り返ることも、体の向きを変えることも困難だ。それに、もしもそこにあるのが岩とかだと、さらに絶望してしまうし……。僕は足で思いっきりその障害物を蹴った。何度か蹴っていたら、障害物はいつの間にかなくなっている。あっ、そうか。ここら辺には確か穴があったから、きっとその穴に落ちたんだな。
何メートル戻ったかわからないが、僕は一つの異変を感じた。いつのまにか真っ暗で何も見えない。懐中電灯がなくなったのもそうだが、それでも入る時より暗すぎる。なにが起こったんだろうか。前も真っ暗で何も見えないし、自分の手や目の前の壁なども全く見えない。そういえば、最初に目指していた出口からみえた光が今は見えない。まさか、もう夜になってしまったとか言わないよな……。
何も見えない暗闇の中、僕が必死に戻っていると、再び何かに突き当たる。今度はいくら蹴っても全然動かない。どうしよう……。
何時間経ったんだろ。暗闇で身動きがとれないまま僕はずっとここにいる。入る時はなかった障害物が邪魔をして、僕をこれ以上戻らせてくれないんだ。どうしよ、このまま発見されなかったら。この洞窟は入り口が目立たないから、もしかしたらそれもありえる……。いや、山田がいるんだった。逃げたとは言え、僕が帰ってこなかったら先生達が探し出すはずだから、そうすれば自然に山田に聞くはず。山田もさすがに答えるだろ。そっか、それなら待ってるしかないか。だけど出来れば早く来て欲しいな、なんか真っ暗だし身動き取れないし、本当に怖いんだ。まるで、掃除ロッカーに閉じ込められた時のように……。
あれ、いつのまにか寝てたみたいだ。ここに入ってからどのくらいの時間が経ったんだろ。まだ迎えに来ないのかな?
「おーい! 大丈夫か!」
それから数分後、やっと声が聞こえた。
「助けてください! 僕はここにいます!」
「待ってろ、すぐに岩を壊すからな」
岩か、なるほどね。岩が落ちてきたかなにかでこの横穴の入り口が塞がってたんだ。
――ドン!
ものすごい音と振動が響き渡った。砂煙が舞っていたので、僕は思わず目を閉じた。
「いいか少年、今からおじさんが言う事をよく聞くんだ」
あれ?
そういえばさっきから僕に話しかけてるのは誰だろ?
先生の声ではないな。レスキューを呼んだのかな?
「いいか、絶対におじさんがいいと言うまで目を開けてはダメだ!」
「ど、どうしてですか?」
「ここで土砂崩れがあってな、今ガスが噴出してるから危ないんだ」
ガスが噴出してて危ないのか、それならしょうがない。ちょうど目も瞑ってたしよかった。
そして、僕は助け出された。おじさんは僕の足をひっぱって穴から引きずり出す。
「いいね、絶対目を開けてはダメだぞ」
「うん」
そして、僕が穴から出るとなぜか辺りが静まり返ったような気がした。
「君、お腹を怪我してるのか? 前の方だけすごい血だらけじゃないか」
「え?」
僕はどこも痛くなかった、それなのに血が?
そう思った僕は思わず目を開けてしまった。
僕はそこにあった『もの』を見て、恐怖とともに目の前が真っ暗になった……。
僕が次に目を開けた時、見えたのはどこかの病室の光景だった。
「あれ?」
「大丈夫か耕太!」
何か必死な顔を浮かべながら、お父さんが僕に詰め寄る。
「大丈夫だからね、耕太のせいじゃないんだからね」
涙を流しながら悲しい顔の母さんが、僕に言葉をかける。
「え?」
本当に何が起きたのかわからなかった。
両親の話によると、僕は林間学校に行ってそこで地震が起きた。その時僕が入っていた洞窟の中も崩れて閉じ込められてたらしい。そのせいか僕はその時の記憶が全く無かった。
「なにがあったの? 何で僕は覚えてないの?」
僕の問に対し、両親は顔を伏せて多くを語ろうとしなかった。
だけどすぐに分かる事になる。テレビを付ければニュースでやっていたし、新聞や雑誌でも取り上げられていた。ある小学校の林間学校で地震が起きたせいで事故があり、少年一人が死亡。学校の責任問題も問われているらしい。
そして、一際気になるキーワードが僕を不安にさせる。それはニュースや新聞など全てに共通して載っている『少年の頭部はいまだ見つかっていません』というキーワードだった……。亡くなった少年ってのは誰なんだ? 頭部が見つからないってどういうことだ?
僕が目を覚ました次の日、警察の人が僕にいろいろ聞いた。なぜあそこにいたのか、何が起こったのか、そして一緒にいたという山田の事を……。だけど僕は全く覚えてないので答えられなかった。僕は気になっている事を聞いてみる。
「あの、ニュースでやってる少年って……」
「覚えてないのも無理はないね、とてもショックな事だったからね」
「もしかして山田なんですか……?」
「君は悪くない、あれは事故だったんだ」
ニュースでやっている少年は山田だった。
それから2週間、学校は臨時休学となった。
久々の学校。朝礼が開かれ、校長からの言葉や説明があった。そして全校生徒で黙祷を捧げた。
クラスに行くと、一部の生徒が僕を見ていた。それはいつも山田といた奴等だった。もしかしたら、僕が山田になにかしたと思っているのだろうか。僕は何も覚えていない上に、被害者なのに……。この日から僕はより一層恐れられる存在になった。
この日は朝礼とホームルームだけで帰宅となった。
その帰り道、僕が信号を待っていると、道路の向こうで手招いている一人の女性がいた。真っ白なワンピースに、とても大きなつばの白い帽子、そして透き通るような真っ白な肌の女の子。一瞬「よし子ちゃん」とも思ったが、よし子ちゃんはあんなに色白ではないし、それによく考えればこの人は大人だ。帽子のせいで顔が見えないが、なぜかその女性のことが気になる。信号が青になると女性は歩き出し、時々僕のほうを振り返った。
「あの〜」
っと僕は声を掛けたが、女性は立ち止まる事なく歩み続ける。僕が早歩きをしてもその女性との距離は一向に縮まらず、僕が立ち止まるとその女性も立ち止まる。やはり僕に用があるようだ。この日は学校も早くおわって暇だったので、僕はその女性についていってみる事にした。そして、女性はある場所に入っていく。そこは何年も前から使われていない廃墟ビル。まだ外見は綺麗だし、特にどこか壊れているとも思えないのにずっと使われていないビル。5階建てで、壁は真っ白に塗られている。窓には全て中から白いカーテンがかかっていて、中は全く見えない。そんな外見からなのか、普段なら絶対に入らない『廃墟ビル』という空間に僕は入った。
僕がビルに入ると、女性は階段のところにいた。もちろん僕が近づくと階段を上っていき、3階に着いたところで女性はフロアに入った。そして部屋の前で待っている。階段もそうだが、ビルの中もまだまだ綺麗で、どこも壊れてたりもしない。女性は部屋に入っていき、僕もそれを追うように部屋に入った。
部屋に入った瞬間僕は後悔した。
なんで見ず知らずの女性に着いて来てしまったのか、と。
その部屋に入るなり、目う疑う光景が嫌でも入ってくる。先に入ったはずの女性の姿はなく、部屋の中は壁も床も天井も真っ白だった。なにか危ない雰囲気を感じた僕は、やっぱり家に帰ろうと思い振り返ると、今さっき入ってきたはずの入り口がそこにはなかった。
「あれ? ドアは?」
誰もいない部屋で、思わず声に出してしまう。
それにおかしいのはそれだけじゃない。今入ってきた場所にドアが無い上に、壁すらない。いや、性格に言えば壁がどこかわからないのだ。床も天井も壁も真っ白でまばゆい光を放っているように見える。その真っ白な壁や天井が、どこまで続いているのかがわからない。普通なら光の陰影で『角』などが見えるはずなのに、この部屋にはそれがない。真っ白すぎて部屋がどんな形でどのくらいの広さなのかまったくわからなくなっていた。
「すみません〜」
僕はとりあえずさっきの女性を呼んだ。だが、どこからも返事は無く、声が響く事もない。ビルを外から見た感じで、どんなに広くても大体の広さは見当がついていたので、僕は壁まで歩く事にした。壁を伝ってれば出口がどこかにあるはずと思った……。
だけど僕の思惑は三十歩ほど進んだとこですぐに無駄になる。おかしい、三十歩も歩けば壁につくはずなのに、この部屋ではいまだに壁らしき物すら見えない。ためしにジャンプしてみても、もちろん天井になんて届かなかった。僕は鞄から筆箱を取り出し、消しゴムを手にした。そしてその消しゴムを思いっきり横に投げてみた。消しゴムはかなりの距離を飛んだが、壁に当たって落ちたのではなく重力で自然と床に落ちていったのだ。
「なんだよこの部屋……」
ずっと真っ白な世界にいると、目がおかしくなってくる。それにここでは、自分の声や足音は聞こえてくるけど響かない。僕は鞄を投げ捨て、思いっきり走った。走って、走って、走りまくった。疲れるまで走ったが壁は無かった……。
やだ、怖いよ。何も無い、色もない、音もない、そして広い。今の僕の精神を支えているのは、地球の重力が上から下へと向っていると言う事実だけだった。
怖い、怖いよ。
狭い場所があんなに怖かったのに、今は広すぎて怖いんだ。
暗い場所があんなに怖かったのに、今は明るすぎて怖いんだ。
あ、落ち着く。目を瞑ると落ち着く。それに横になって体を丸めると、僕がここにいるのがわかって落ち着く。ああ、何も見えない暗闇でもそこには何かある。だけどこの真っ白な世界だと、何かを想像する事も難しい。
出たい、ここから出たい。出たいよ、早く出たいよ。出たい、出たい、出たい、出たい……。
入りたい、とにかくここじゃないどこかに入りたい。入りたいよ、早く入りたいよ。入りたい、入りたい、入りたい……。
何時間か目を瞑り、丸くなって待っていた。そして目を開けると、そこは何も変わっていなかった。
「どうしよう」
恐怖もそうだが、現実逃避すら出来なくなった時の『リアル』が僕を襲う。
無駄だと分かりながらもおもむろに歩いた。
「あれ?」
真っ白でわからなかったが、僕の目の前に壁があった。
「壁だ!」
僕はすぐさま壁を伝い、出口を探そうとする。
その時。
「痛っ」
僕の頭に何かが当たった。
真っ白でわからなかったが、天井が段々低くなってきている。とっさに僕はしゃがんだが、それでも天井はまだ降りてくる。しょうがなく仰向けになった、だんだん天井が降りてくる。いや、落ちてくる。
「やばい! 潰れる!」
僕は『死』を覚悟した。真っ白でわからないはずなのに、天井が目の前まで迫っているのが感覚として伝わってくる。
天井は僕の鼻先で止まった……。
僕は何とか動こうとしたが、足も曲げられない上体では背中で這いずる事も難しかった。
まだ自由だった手と、足の指の力を命いっぱい使いなんとか動こうとする。
だが……。
「壁が……」
僕がほんの数センチ動いただけで、頭が壁にぶつかった。
さらにその瞬間、動いていないのに足に壁がぶつかる。
僕の左肩のところには、さっき投げ捨てた鞄があった。この狭い空間では、鞄がものすごく僕を苦しめている。
頭、足、背中、お腹、左手。残されたのは右手だけだった。
僕は右手を精一杯伸ばした。顔を何とか右に向けると、目に入った物があった。
「消しゴム……」
消しゴムが勝手に動いてこっちに向ってくるのだ。
すぐに壁が動いている事も理解したが、そんな事はいまさら無意味だった……。
壁は僕の腕ぎりぎりで止まった。
僕は仰向けに寝て『気をつけ』をしている姿になった。手も足もなにも動かせない。唯一動かせる頭ですら、左側は鞄があって右にしか動かす事ができない。
なんなんだよ、これはいったいなんなんだよ……。
僕がいくら考えようと答えなんてでないが、今は何かを考えてないとどうにかなってしまいそうだった。
さらに冷静に考えるとおかしい事がある。いや、いまさらおかしい事なんてないんだけど・・・・・。
この密封された空間。なのになぜ酸素がなくならない?さらに、電気なんてどこにもないのになぜ明るい? これは明るいのか? 目を動かして体を覗くと、確かに服の色までバッチリ見える。要するにこれは明るいという事なんだ。
だからなんだ?
それがどうした?
何度目かな、こんな事が短い期間で何度も起こるなんて……。
僕は何かしてしまったのかな?
よし子ちゃんにした事の罰なのかな?
でも、よし子ちゃんだって僕に同じ事したんだし……。
だけど……。
僕は言った、泣きながら言った。
『ごめんなさい』
僕は目を閉じ、無になった。
僕が次に目を開けた時、見えたのは真っ白な部屋だった。
「あれ?」
そこには両親から掛けられる言葉も、両親の姿も無い。
そして、僕のベッドの横に見たことあるような女性が座っていた。
白衣を着た、真っ白な透き通る肌の女性。
どこかで見たような気がするんだけど思い出せない。
女性が顔をあげ、顔を見せた。
「え?」
どこかで見たことのあるような顔……。
だけど思い出せない。
それに大人の女性の知り合いなんて僕にはいないはず。
女性は涙目になり、やっと口を開いた。
「おかえり」
どこかで聞いた声。
女性はまるで子供のようにわんわん泣き出す。
どこかで聞いた泣き声。
そして僕に言うんだ。
『ごめんなさい』
まさかここまで読んでくれる人がいただなんて!
途中でつまらなくなってここまで読んでくれる人は少ないかもしれないけど、ありがとうございました!
いろいろ意味不明な描写もありますが、そこは想像で補ってください。




