9(完結)
卒業式が終わると、僕は楠さんに挨拶するため、市立図書館に向かった。
「佐貫君も4月からB市のアカデミーかあ。そうなると、なかなかここにも来られなくなるね。寂しくなるなあ」
「お世話になりました」
「そういえば、あの子、本土さん、あれから全然来なかったね。どうしちゃったのかなあ」
僕は思った。あのことは自分一人の中にしまってきた。
でも、この人なら信用できるし、秘密も守れる人だろう。
「実は・・・・・・」
◇◇◇
「そうかあ」
楠さんはしきりに頷いていたが、やがて、顔を上げた。
「佐貫君。私と一緒に来てくれない? 二人で本土さんにお礼しよう」
「え?」
僕の疑問には答えず、楠さんは図書館長に声をかけた。
「館長。ちょっとだけ佐貫君と外出して来たいんですけど、いいですか?」
館長はすぐに答えた。
「今はそんなに混んでないからいいよ。それより楠さん。15年前の県の研究発表会で最優秀賞取ったのは、自分だって、佐貫君に教えたの?」
「やだなあ。館長。それ言うと年がばれるから黙ってて下さいって言ったじゃないですか」
楠さんは頭を搔いた。
そうか。A市の小学生が最優秀賞とったのは15年ぶりって、前回は楠さんだったのか。
僕は何となく嬉しくなった。
◇◇◇
楠さんが僕を連れていったのは、小さな家に加工場がついたような建物だった。
「こんちわー。おばちゃん。店やってるかな?」
楠さんが外から声をかけると、中から返事がした。
「あいよ。入っといで」
楠さんと一緒に建物の中に入った僕は驚いた。
大きな流し台みたいなものが4つほど並べてあり、中には水と一緒にたくさんの豆腐が浮かんでいたんだ。
「ははは。今の子は豆腐屋なんて知らないか」
奥から出て来たおばあさんは愛嬌のある笑顔を見せてくれた。
「ははは。豆腐はスーパーで買うものと思ってるだろうからね。おばちゃん、油揚げある?」
「ちょうど出来たところだよ。いくつ買う?」
「お稲荷さん用に二つ。私とこの子が食べるのに二つ」
「四つだね。お稲荷さんにお供えするって、何か願い事でもあるの?」
「逆。逆。お稲荷さんがこの子の願い叶えてくれたから、そのお礼」
「私もここで長く豆腐屋やってるけど、お供えする人も減っちゃったからねえ。そういうことしてくれると嬉しいよ」
「私はこれからもやるよ。願い事あるしね。だから、おばちゃん、豆腐屋やめないでよ」
「ははは。今更、他の事も出来ないし、死ぬまでやるよ」
◇◇◇
僕は、楠さんと一緒に、おとかが最初に案内してくれた小さな祠に行って、油揚げ二枚をお供えした。
僕はその時、楠さんに言ったんだ。
「油揚げ、ビニール袋から出さないで、そのままお供えしたいんです」
「え? そんなお供えする人いないけど、どうして?」
「試してみたいことがあるんです。明日、また一緒にこの祠に来てもらえますか?」
楠さんは腑に落ちないみたいだったけど、同意してくれた。
◇◇◇
翌日、楠さんと一緒に再度祠を訪れた僕は、油揚げが二枚ともなくなっているのを確認した。
ビニール袋だけはきれいにそのまま残っていた。
「楠さん」
僕は笑顔で言った。
「猫とか他の動物だったら、こんなきれいにビニール袋から油揚げを出せません。油揚げを持って行ったのはおとかですよ」
「うん。そうだね」
楠さんも笑顔で頷いた。
おとか 完
©神無月凩様 おとか