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「だけど、お前さ」
祖母が話を元に戻す。
「今夜から明日は大雪って予報だよ。キツネ退治なんか出来るのかい?」
「とりあえず猟友会の主力メンバーの都合がつくのが明日だけなんだわ。雪のせいで駆除が出来なければ、次の予定が合う日を調整するって」
僕はいたたまれなくなって、一人二階の自室に籠った。
◇◇◇
受験勉強はとても手につかなかった。
今まで不思議に思ってもスルーしてきたことがおとかがキツネだったら、みんな繋がる気がしてきたからだ。
市のことを知り尽くしているような楠さんがおとかの家や家族のことを知らない。
アカデミーに行っているのいうのも、よく考えると明確に言っていない。アカデミーの話をしたこともない。
キツネとこの町の歴史にとても詳しい。お稲荷さまを尊敬している。
犬が嫌い。
そして、小さい頃、祖父から聞かされてきたあの言葉がフラッシュバックしてきた。
「おとかは化かすんだ」
おとか お稲荷 お稲荷 キツネ・・・・・・
ごおおごおおお
外はどうやら吹雪になってきたようだ。
◇◇◇
気が付いたら、僕は雪原の真ん中にいた。
吹雪は止んだようだ。
あたりは一面ただ真っ白。
そして、静かだ。
「四郎・・・・・・」
◇◇◇
自分を呼ぶ声に振り返ると、そこにはおとかがいた。
「おとかっ!」
僕は叫ぶと同時におとかに駆け寄っていた。
「会いたかった。会いたかったよ。どうして、市立図書館に来てくれなかったの?」
「ごめん」
おとかは下を向いた。
「そして、もう四郎には会えない。嘘を吐いててごめん。私はアカデミーの生徒じゃないっ!」
「おとかがアカデミーの生徒かどうかなんて、僕には関係ない。これからもおとかに会いたい」
「ごめん。もう、会えない」
「どうしてそういうこと言うの?僕はまだまだおとかに会いたいっ!」
「私だってまだまだ四郎に会いたいよ。でも、もう駄目なの。お願い。これ以上、私を困らせないで」
「・・・・・・」
しばしの沈黙が支配し、僕はようやく顔をあげた。
「分かった・・・・・・ でも、これだけは言っておきたい。僕はおとかが好きだ」
「私も四郎が好き」
僕たちはしばらくの間、抱擁しあった。
僕はおとかを抱擁したまま、最後に尋ねた。
「ねえ。おとかってキツネなの?」
おとかは笑って返した。
「私は人間。四郎だって犬じゃなくて、人間でしょ」
◇◇◇
翌朝、僕は普通に自分の部屋で起床した。吹雪はやはりやんでいた。
いつの間に眠ってしまったのだろう・・・・・・ あれは夢?
だけど、僕には確信があった。
学校が終わると、市立図書館にも寄らず、大川の堤防に直行した。
大人たちが何人か集まり、何やら話している。
僕はその場に下りてみた。そして、すぐに気が付いた。
ここは昨日夢に出て来た場所だ!
◇◇◇
「まあ、キツネがそれと察して、巣穴を捨てて、どっか行っちまったとなると、俺たち猟友会の出番はねえわな」
「後は役所の方で、堤防が危なくならないよう、巣穴を埋めてもらうんだな」
「管轄は国交省の河川事務所になります。ここはしばらくの間、立ち入り禁止にして、早急に巣穴を埋める工事をしてもらいますので」
そんな大人たちの会話を聞きながら、僕はそうっと巣穴に近づいてみた。
巣穴からは雪の上に、小さな足跡がいつまでもいつまでも続いていた。
「おっ、坊主。どこから入って来たんだ?」
僕はその大人の質問に答えず、逆に質問した。
「この足跡は?」
「ああ、キツネの足跡だよ。見たところまだ若いな。親から巣立ちしたばかりくらいだ。多分、メスだ」
「そうですか。ありがとうございます」
僕は笑顔で教えてくれた大人の人に頭を下げた。
「おおっ、別にいいってことよ」
僕はしばらくの間、東へ続いて行く小さな足跡をただずっとながめていた。
(おとか。君は最後まで嘘吐きだったね。君はやっぱりキツネだ。だけど、僕はそういうことも含めて君が好きだったんだ)
◇◇◇
時は瞬く間に流れ、僕はアカデミーの中等部に合格し、小学校の卒業式を迎えた。
その日は朝から珍しく坂上先生は上機嫌だった。
僕とは、とにかく合わなかったが、坂上先生ファンは多い。
男女ともたくさんの生徒に囲まれて、笑顔を見せていた。
それだけなら、いつものことなんだけど、何と僕のところに笑顔で自分から近づいてきた。
「佐貫~。お前がそういうやり方が好きだってんなら、せいぜい頑張れ。まあ、お前みたいな奴はろくな大人にならないだろうけどな」
僕は黙って頷いた。
坂上先生の人事異動希望が通って、4月から高校の体育科勤務になり、好きな体育だけずっと出来るようになったが故の上機嫌だったと後で分かった。