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「今日のホームルームはこれで終わりっ! それでっ佐貫っ! 校長先生がお呼びだ。俺と一緒に来いっ!」
週明けの月曜日の朝。いきなり坂上先生は荒れ模様だった。
クラスはざわついた。曰く「また、佐貫が何かやったみたいだぜ」
僕が一緒に廊下にでると、坂上先生は思い切り右手で僕の背中を叩いた。
「全くお前という奴は、どうして俺が4月から心配して何度も言ってやってることが分からないんだっ! 本当にろくな大人にならないぞっ! こんなことばかりして」
僕は黙っていた。坂上先生にとって「面白くないこと」があったのだ。あのことが。
果して楠さんは上手くやってくれたのだろうか。今は信じるしかなかった。
◇◇◇
坂上先生の後について、僕は校長室に入った。
「校長。佐貫を連れて来ました」
坂上先生の声に、校長先生は笑顔を見せた。
「おおっ、君が佐貫四郎君か。県の小学生の研究発表会で最優秀賞を取ったんだってね。凄いじゃないか。うちの市がC市やB市を差し置いて、最優秀賞をとったなんて15年ぶりだそうだ。教育委員長も喜んでね。私も鼻が高いよ」
「いや、校長。こんな子どもらしくない賞とっても、自慢には・・・・・・」
反論する坂上先生を校長先生は右手で制した。
「坂上先生。あなたの頑張りでわが校の少年野球チームが秋の市大会で優勝し、県でもベスト16に入ったことを高く評価しとるよ。次の異動希望が通るように十分頑張らせてもらう。だがね、佐貫君がしてくれたことはそれ以上に評価されていることなんだ」
「しかし、校長。自分はこういうやり方は・・・・・・」
「坂上先生。佐貫君の頑張りでわが校の評価が教育委員長の中で高くなるということは、君の異動希望も通りやすくなるということなんだよ」
「ぐっ」
坂上先生は次の言葉を飲み込んだ。
校長先生は笑顔で僕の方を向いた。
「それで佐貫君はB市のアカデミーへの進学を希望しているそうじゃないか。わが校も全力でバックアップさせてもらうよ」
「さっ、佐貫っ! おまえ、そんなことまで・・・・・・」
校長先生は再度坂上先生を右手で制した。
「坂上先生。アカデミーへの進学だって、わが校の実績になるんだ。何度も言うが、それが君の異動希望が通ることにもつながるんだ。分かるだろう。君の将来を心配して言っているんだよ」
坂上先生はもう何も言わなかった。
◇◇◇
教室に帰る途中、坂上先生は僕にポツリと言った。
「しょうがねぇ。アカデミーの受験願書は受け付けてやるよ。全く嫌な奴だよ。おまえは」
そして、続けた。
「本当に嫌な奴だ。俺が、この俺が心配して言ってやっているのに・・・・・・」
そのまなじりには涙が浮かんでいた。
クラスで坂上先生の涙を見たのは、多分、僕しかいない。
◇◇◇
その日の放課後、僕は全力疾走で、市立図書館に向かった。
市立図書館では、楠さんが心配そうな面持ちで僕を迎えた。
僕がアカデミー受験を出来ることになったことを楠さんに伝えると、一転して、満面の笑みに変わり、祝福してくれた。
「私も教育委員会全体によくお願いしといたから、まず、大丈夫だと思ったけど、良かったねぇ。これで本土さんと同じ学校に通えるように頑張れるね」
僕は、はにかんで頷いた。だけど・・・・・・
おとかは?いつも、僕より先に市立図書館に来ているおとかはどうしたんだろう?
一刻も早くこの喜びを伝えたいのに・・・・・・
「おかしいねぇ。本土さんが佐貫君より遅いことなんて、一度もなかったのにね。体でも悪くしてなきゃいいけど・・・・・・」
楠さんも不安そうに言った。
◇◇◇
結局、その日、おとかは市立図書館に姿を現さず、僕は楠さんに促され、渋々、帰宅の途についた。
その日の晩は、珍しく父も母も早く帰宅し、夕食の場に全員が揃った。
母により僕のアカデミー受験が祖母と妹に正式に伝えられた。
祖母は不機嫌さを隠そうとしなかったが、もう何も言わなかった。
僕は上の空で夕食を摂っていた。
明日はおとかは市立図書館に来るだろうか・・・・・・
その時の頭の中は全てそのことだけだった。
父はそんな僕を見とがめた。
「四郎。分かってはいると思うが、アカデミーの受験と合格はイコールではない。浮ついた心でいると、不合格もある。今回のことは多くの人を巻き込んで、初めて出来るようになったことでもある。初心を忘れてくれるな」
僕は我に返った。理由はどうあれ、周りの人の助けがなければアカデミーの受験は出来なかった。確かにこれは忘れてはならないことだ。
おとかのことは不安で仕方ないが、何としても合格しないと。
◇◇◇
「お母さん。私、明日は早出になるから、お弁当早めに貰えないかな?」
母が実の母親である祖母に声をかけた。
「何だい。早出って? 何かあったんかい?」
「例の大川の堤防。あそこにキツネが巣を作ってるのが、こないだ分かってさあ」
「キツネ? キツネって、ネズミを食べて、農作物とかあまり食べないから益獣じゃないのかい?」
父も会話に加わる。
「益獣なんだけさあ。堤防に巣穴掘っちゃって、堤防が劣化して危険だから、駆除することになったのね。せっかく、こないだ四郎が『キツネが作った町。A市』で県の研究発表で最優秀賞をとったばかりなのに」
え? キツネの駆除? 僕の心を言いようのない不安が襲った。