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市の公会堂で開かれた市の研究発表会。
正直、前の晩、寝付かれなかった僕だが、いざ、舞台の上に立つと自分でも驚くほど、落ち着いた。
最後列に並んで座り、手を振るおとかと楠さんを見たら、気持ちも昂揚してきた。
我ながら満点の発表だったと思う。
◇◇◇
「最優秀賞 第三小 六年 佐貫四郎君」
そのコールにおとかと楠さんは飛び上がって、喜んでくれた。
だけど僕は次の県の発表会の方にもう気持ちが行っていたんだ。
◇◇◇
「ごめん。私、県の発表会は見に行けない・・・・・・」
おとかは謝っているような、落ち込んでいるような不思議な感じでそう言った。
県の発表会は、市のそれの二週間後。
会場は県庁所在地のC市だ。
C市は僕らの住むA市から車で1時間半くらい。
楠さんが僕を車で送ってくれることになり、おとかも一緒に来るように誘ってくれたのだけど、おとかは断った。
「そう。本土さんだって、家族と過ごす時間とかあるもんね。遠くで、佐貫君を応援していて」
楠さんは特に不審がることもなく、それを受け入れた。
だけど、僕は何かがひっかかった。
「佐貫君っ、本土さんが来てくれないからと言って、ぼうっとしちゃ駄目だよ。本当の勝負はこれからなんだからね」
楠さんの言葉はもっともだ。僕はそのひっかかりのことはひとまず置くことに決めた。
◇◇◇
県の発表会の日、観覧者席に座る楠さんの隣に座っているのは・・・・・・
母! そのまた隣には父。
母は楠さんと一緒になって手を振っている。
父はいつもの調子で腕組をして、じっとこちらを見つめている。
驚きはしたが、気持ちの動揺はなかった。そして、県の発表会も市の発表会以上の手ごたえがあった。
◇◇◇
「最優秀賞 A市立第三小 六年 佐貫四郎君」
歓声が上がり、楠さんと母は抱き合って喜んだ。
父は黙って下を向いた。涙を流した顔を僕に見せたくなかったんだよと後で母が教えてくれた。
◇◇◇
「楠さん。父と母を呼んでいるなら、事前にそう話しておいてくださいよ。僕が驚いて、気持ちが乱れたら、どうするつもりだったんですか?それにいつ僕の両親と面識が出来たんですか?」
「ごめんごめん」
僕の質問に楠さんは笑って答えた。
「びっくりさせようと思ってさあ。それに今の佐貫君なら、こんなサプライズぐらいじゃビクともしないでしょ。それに自分のお母さんの職業忘れてなあい? 市役所職員だよ?」
「あ、そうか」
頷く僕に母も笑顔で言った。
「そういうこと。うちみたいなそんなに大きくない市役所だと、結構みんな顔見知りだよ。おまけに楠さんはなかなか有名だしね」
「そうなの?」
母の言葉に楠さんは頭をかく。
「楠さんは近隣の市町村まで含めた図書館司書さんの合同研究会の幹事長だし、県立図書館の司書さんたちにも一目置かれているんだよ」
おとかに連れられて行った市立図書館の司書さんがそんな人で本当に幸運だった。
いやそもそも、あの公園でおとかに出会えたことが・・・・・・
そう言えばおとかはどうしているんだろう。
◇◇◇
「四郎。本当によく頑張った。私はおまえという息子を誇りに思う。そして、楠さん。息子が本当にお世話になりました。ありがとうございます」
父は深々と楠さんに頭を下げた。
「いえ、頑張ったのは四郎君です。それより、アカデミーの受験の件は・・・・・・」
楠さんの問いに、父は静かに頷く。
「四郎本人の希望に沿おうと思います。うちの方はまだまだ田舎で義母をはじめ、私立中学の受験にアレルギー反応を示す人も多い。だが、私と妻は独自で子息をアカデミーに通学させている人の意見を聴取して回った。そして得た結論が四郎を入学させるに相応しい学校であるということです」
父の言葉が僕は嬉しかった。しかし、全ての問題が解決した訳ではない。坂上先生が受験願書を受け付けてくれないという問題は解決していない。
「ありがとうございます。佐貫君もご両親も本当に頑張ってくれました。後は私の番ですよ。司書を舐めるとどういうことになるか。少し学習してもらいましょう」
楠さんはにやりと笑った。
◇◇◇
楠さんへのお礼にお昼をご一緒にどうですかと提案した母の携帯がけたたましく鳴った。
「あ、はい。え? それで、国交省も県も来るって言ってるんですか? 分かりました。すぐ行きます」
どうしたという父の問いに、母は慌ただしそうに答えた。
「大川の堤防でちょっと大きな問題が見つかったみたいで、すぐ行かなきゃならなくなっちゃった。楠さん。ごめんなさい。また、今度」
「いいんですよ」
父もそう長く病院を離れられない。お礼は改めてということになった。
楠さんが送ってくれる帰りの車の中で、僕は色々なことを考えていた。
県の最優秀賞を取れたことは本当に自信になったし、両親がアカデミー受験を許してくれたことも嬉しかった。
だけど、坂上先生は僕が県の最優秀賞を取ったことで、僕を認めるだろうか?
認めはしないだろう。それどころか逆に激高し、意地になって受験願書の受取を拒否する姿が、既に12歳になった僕にも容易に予想できた。
小学生の研究発表と違い、受験には内申は必須だ。学校を通さずに受験申込なんて出来ない。
今は楠さんを信じるしかない。そう自分に言い聞かせた。
そして、おとかのことを思い出していた。
君のおかげで県の最優秀賞をとれた。楠さんは君のいるアカデミーが受験できるよう頑張ってくれると言ってくれている。
早くおとかに会いたかった。