5
「それで、佐貫君、何があったの?」
楠さんは極めて冷静に僕に問うた。
僕は今まであったことを全て話した。
横で黙って聞いていたおとかの顔色は次第に蒼白と化して行った。
「そう・・・・・・」
やはり、黙って聞いていた楠さんはゆっくり話し出した。
「これは私も捨て置けないね」
◇◇◇
「実は春先、最初に佐貫君の話を聞いた時、少し大げさに言ってるんじゃないかと思ったの。それで、第三小の司書の赤羽ちゃんは私の高校の文芸部の後輩だから、聞いてみたんだ。そしたら、本当の話だって、言うじゃない。正直、その時から、正規の教員だからって、司書を馬鹿にするんじゃないよと思ってたの」
「・・・・・・」
「こうなったら、私も全面協力する。学校の図書館に行きたい子が安心して行けるように、佐貫君が希望する中学受験が出来るようにね」
僕はおずおずと切り出した。
「でも・・・・・・そんなことが出来るんですか?」
楠さんはにっこり笑うと答えた。
「正直、100%の勝算がある戦いじゃない。でも、勝ち目は十分にある。でも、勝つためには・・・・・・」
僕とおとかを指差し、
「あなたたちの頑張りがいるっ!」
「僕たちが頑張れば・・・・・・ でも、どうやって?」
僕の質問に楠さんは1枚の紙を取り出した。
「勝利へのカギはこれっ!」
「これは・・・・・・」
今日、坂上先生から配られた県内小学生の研究発表募集のチラシだった。
◇◇◇
「楠さん。これ、坂上先生がこんなものは受け付けないって」
「ふふん」
楠さんは我が意を得たりとばかりに微笑んだ。
「やっぱりね。そんなところだろうと思った。でもね、この主催はあくまで県の教育委員会であって、その坂上先生じゃないんだよ。受け付けないと言ったところで、別ルートから流せる。私ら司書は市の教育委員会の所属なんだ」
「!」
「だけどね。ただ出せばいいってもんじゃない。県の最優秀賞を取るくらいの成果を上げないと。そうすれば、校長先生も佐貫君に注目するだろうし、私らも市の教育委員会を通じて、安心して学校の図書館を使えたり。私立中学受験ができるようお願いすることも出来る。どう? やってみる?」
「やりますっ」
僕は反射的にそう答えた。
「それで、本土さん、あなたは? 協力してくれる?」
楠さんに問われたおとかの顔色は真っ青のままだった。
「わっ、わたしは・・・・・・」
おとかはひどく動揺している。次の言葉が出てこない。
僕は大きく頭を下げた。
「ごめん。おとか。びっくりさせようと思って、アカデミー受験を黙っていたのは本当に悪かった。ごめん」
「うっ、ううん。わっ、わたしは・・・・・・」
楠さんはゆっくりと右手でおとかの肩を撫でた。
「本土さん。本当に急な話でいろいろ気持ちが落ち着かないのは分かる。でも、私からもお願い。ここは佐貫君に協力してあげて」
楠さんは優しく何度も何度もおとかの肩から背中を撫でた。
そのせいか少しづつ落ち着いてきたようだ。
「ねえ。お願い。本土さん」
楠さんの再度の言葉に、おとかは小さく頷いた。
「やっ、やります」
楠さんはおとかの背中から手を放すと黙ってまた微笑んだ。
◇◇◇
県内小学生の研究発表のテーマは「キツネがつくった町。A市」に決まった。
おとかはこのテーマに強いし、僕も歴史も好きだからちょうどよかった。
おまけに市立図書館だから、この町の郷土史の資料はたくさんある。
はじめは当惑していたおとかだが、いざ、始まると僕より夢中になった。
だけど、発表者を僕とおとかの連名にすることは、頑なに拒んだ。
今回のことは、四郎の未来のためのこと。四郎一人の研究ってことにしないと協力出来ないと言って譲らない。
僕は素直におとかの好意に甘えることにした。
◇◇◇
研究発表の内容を作っていく作業は楽しい。坂上先生の言うような、変な大人がやることで、子どもがやることではないとはとても思えない。
それをおとかに言うと、笑顔で賛同してくれた。
楠さんは、時折、アドバイスをくれた。それは今振り返ってみても、驚くほど的を得ていたと思う。
それに、図書館のパソコンが使わせてもらえて、パワーポイントを駆使したきれいな資料が作れたんだ。
◇◇◇
研究発表の締切のちょうど一週間前、それは完成した。季節はもう冬に入っていた。
真剣な表情で資料の最終確認をしてくれた楠さんは、最後のページを読み終わると、笑顔でOKサインを出した。
「お疲れ様。凄いのが出来たっ! これならいけるよっ!」
楠さんの言葉に、ぼくとおとかは笑顔で顔を見合わせた。
「だけど、勝負はこれからだよ。発表は人前でやるんだからね。まあ、佐貫君なら大丈夫だと思うけど。私も応援に行くから」
「わ、私も行く」
まずは市の発表会。でも、これで勝って終わりじゃない。その次の県の発表会で最優秀賞をとらなければいけない。僕は気合を入れ直した。