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「あらあ、可愛いお客さんが来た~」
市立図書館の司書の女の人は笑顔で僕らを迎えてくれた。「楠」という名札を付けている。
「いらっしゃ~い。ここは子どもたちの利用は珍しいから、嬉しいわ~。ねぇ、二人とも名前教えてくれる?」
楠さんの問いに僕はすぐに答えた。
「僕は佐貫四郎です」
「佐貫? ああ、A大病院の佐貫先生の息子さん?うん。似てるわ~。お父さん元気?」
「あんまり会えないけど、元気だと思います」
「お父さん。お忙しそうだものね。でも、立派なお医者さんよ。A大病院の宝とまで言われているもの。ということは、佐貫君は第三小ね」
「そうです」
「そうよねぇ。で、そっちの彼女は?」
「わ、わたしは本土おとかです」
「本土さん? ほんど、ほんど、知らないわ~。新住民のお子さんかしら? 何小?」
「えっ、えーと」
口ごもるおとか。そんなおとかに楠さんは助け舟を出した。
「あなた、ひょっとしてB市のアカデミー?」
「そ、そうです」
小さく答えるおとか。
「あ、そうかあ。ごめんね。この辺も田舎で私立の小学校行っているなんて言うと悪く言う人もいるからねぇ。でも、私は全然気にしないよ。遠慮なく来てくれると嬉しいな」
僕とおとかはほっとして顔を見合わせる。そうか、おとかはアカデミーか。あの学校行ってるというのなら、僕の知らないことを知っているというのも分かる。
「ところであなたたち、どうして今日は学校の図書館じゃなくてこっちに来たの?」
◇◇◇
僕とおとかは再度顔を見合わせたが、すぐにおとかは言った。
「四郎。ここは本当のことを言った方がいいよ」
「うん」
僕もそう思った。子どもの浅知恵で取り繕っても、どうせすぐにばれてしまうだろう。
ここに通えるようにするためには、本当のことを言った方がいい。
◇◇◇
僕の話を聞いた楠さんはしばらく下を向き、考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「分かった。その坂上先生の気持ちも分かるけど、本が好きで図書館に通っている子を追い出すなんて、やっぱり良くないと思う。あなたたち、どんどん通ってきて。本来、図書館ってそういう場所なんだから」
僕とおとかは同時に飛び上がって喜んだ。
「こらこら。嬉しい気持ちは分かるけど、図書館では静かにね」
楠さんは笑顔で窘めた。
◇◇◇
僕の生活は一変した。
放課後の野球練習はこっそり何人かの同志と共に抜け出し、一人で市立図書館に直行。
いつも、おとかが先に来て、読書をしているから、僕と会ったら、二人で祠に手を合わせに行く。
その後は二人で市立図書館に戻り、思い思いに読書を楽しむ。
慣れてくると、二人で読んだ本の意見交換もするようになった。それはとても楽しかった。
おとかは言った。
「四郎。家や学校の人に私のこと言っちゃ駄目だよ。ましてや『彼女』が出来たなんて言っちゃ駄目。妬まれてここにも来られなくなっちゃうよ」
僕はぎくりとした。だって、僕はおとかのことを『大事な友達』とは思っていたけど、『彼女』だなんて思ったことはなかったから。
赤面して無言になった僕を見て、おとかも赤面した。僕たちはそういう関係だったんだ。
◇◇◇
季節は春から夏に移り変わってゆく。
坂上先生の努力は功を奏し、第三小の少年野球チームは市大会で準優勝し、県大会へも出場できることになった。
坂上先生は見込みとやる気のある野球少年の指導に熱中し、そうでない児童に強制参加させる姿勢は前よりずっと弱くなっていった。
それでも好天の日の学校の図書館チェックは止めなかったけれど、僕にはもう関係がなかった。
その時の僕は、この一年は上手くやり過ごし、来年はおとかのいるアカデミーの中等部に編入し、より楽しく過ごしたいと思っていた。
だけど、司書の楠さんはまた別のことを考えていたんだ。
◇◇◇
更に季節は夏から秋へ変わっていく。
2学期になると坂上先生は9月下旬の運動会で何が何でもうちのクラスは優勝すると宣言し、授業をつぶしての練習なども行われた。
放課後の野球練習も運動会のための練習に振り替えられ、おとかと会う時間は少し減ってしまった。
だけど、僕は運動会さえ終わってしまえば、また、坂上先生は野球に関心が戻ることが分かっていたし、おとかにもそう説明して了解を得ていた。
だって、坂上先生は毎日のように第三小の少年野球チームが夏の市大会で準優勝し、県大会へも出場したことを校長先生に褒められたことを自慢していたし、秋の新人戦では間違いなくもっと上位に行けるとよく言っていた。
そして、僕の予想どおり、運動会後の坂上先生は少年野球チームの指導に熱中し、僕たちの途中離脱には全く関心を寄せなくなった。
「そろそろ僕も覚悟を決めないと・・・・・・」
僕は父と母が夕食に揃う晩にそれを切り出した。