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その女の子はぱっと見から不思議な感じだった。
腰まで伸ばしたロングヘアーは茶色いようで、黒い部分もあった。
目は両側が上がっているいわゆる吊り目なんだけど、細くて笑うと無くなってしまうような目だった。
面長の顔に耳は少し長い感じ。
服装は僕と変わらない年齢なのに、地味な感じに山吹色の上下に先端だけ白いロングスカ-トを着用していた。
「何もしてないよ」
僕は不機嫌そうに、その女の子に答えた。
◇◇◇
「何で何もしてないの? もったいないじゃない?」
女の子の更なる質問には、
「正確には今までずっとやってたことが出来なくなったんだ」
と答えた。僕はやっぱり理屈っぽかったようだ。
「どういうこと?」
僕はこの4月から今までの居場所だった学校の図書館にいられなくなったことを話した。
「ふーん。それで時間を持て余しているんだ」
「そうだね。せめて本が読めればいいんだけどな」
「じゃあさ」
女の子は僕の右腕を引っ張った。
「ついて来て、あんたの大好きな本をいっぱい読ませてあげるよ」
「どこ行くの? 本屋さん連れて行かれても困るよ。そんなにお金持ってないんだ」
「お金かかるようなところには連れていかないよ」
◇◇◇
女の子は僕の手を握りながら、また、質問してきた。
「ねぇ、あなたの名前は何ていうの?」
「僕? 僕は佐貫四郎」
次の瞬間、女の子は僕の手を振りほどき、後ずさりした。
「シッ、シロ? あなた、犬なの?」
僕は一瞬唖然としたけれど、すぐに爆笑した。
「え? 何なの? 犬って? 僕は人間だし、名前はシロじゃなくて、四郎だよ」
女の子は僕に一定の距離を保ったまま、再度問うた。
「犬じゃないのね?」
僕は笑顔のまま答えた。
「人間です。ねぇ、ひょっとして犬が怖いの?」
「いっ、犬は嫌いです」
僕は女の子に親しみを覚え、手を差し伸べながら、今度はこちらから問うた。
「僕は人間です。犬じゃありません。今度は君の名前を教えて下さいっ」
女の子はおずおずと手を取りながら答えた。
「おとか。本土おとか」
「おとかって言うんだ。変わった名前だね」
「四郎なんて、犬みたいな名前の人に言われたくありません」
僕はまだ笑い続けていた。こんなに笑ったのは6年生になってから初めてだった。
◇◇◇
おとかが僕を連れて行ったのは、城跡だった。
多くの城下町でそうなっているように、うちの市でも城跡は市役所や市の行政機関が建てられている。
そこの入り口の前にある小さな祠の前で、おとかは手を合わせた。
あっけに取られる僕をおとかは急かした。
「ほらっ、四郎も手を合わせてっ!」
「うっ、うん」
僕も言われるままに手を合わせた。
◇◇◇
「ねぇ何なの? さっきの小さな祠?」
僕の問いかけにおとかは、わざとらしい大きな溜息を吐いてみせた後に答えた。
「あなたって、色んなこと知ってそうだけど、こんなことも知らないの? お稲荷さまだよ」
「何でお稲荷さまに手を合わせたの?」
おとかは仕方がないなあという表情で説明を始めた。
「本当に知らないみたいだから教えてあげるね。お稲荷さまはこの町の守り神なんだよ。ここのお稲荷さまは『尾引』稲荷っていうんだけど、何で『尾引』って言うか知ってる?」
僕は頭を振った。
僕はクラスの中では自分の知識に自信を持っていた。
たまに会う父は、罪滅ぼしの意味もあってか、僕に様々な本を買い与えてくれたし、本当にいろいろな話をしてくれた。専門の医学はもとより、他の科学ばかりだけでもなく、文学や歴史の話もたくさんしてくれた。
その僕にして、おとかの話は初耳だった。
◇◇◇
「昔、そう戦国時代の頃ね。この町の殿様はここよりもっと南の方のお城に住んでいたの。ある日、殿様は人間の子どもに捕まって、いじめられていた子ギツネを助けてあげて、森に帰してあげたの。そうしたら、その晩に母ギツネがお世話になったお礼と言って、お城を訪ねてきた」
「恩返しの民話みたい」
「ふふ。そうだね。母ギツネは殿様にこう言ったの。『このお城は守るに適しません。もっと、北の方に良い場所があります。私が案内します』って」
「それがここなの?」
「そう。その時、母ギツネは自分の尾でお城の縄張りを示したの。『ここが本丸。ここに城門。ここにお濠』とかね」
「あ、だから『尾引』!」
「そう。やっぱり四郎は頭いいね。立派な城が作れた殿様はあの時の母ギツネへのお礼といつまでもこの町を守ってという願いを込めて、ここに祠を作ったの」
「そうだったんだ。全然知らなかった」
決して驕りの気持ちではなく、僕が知らないくらいだから、クラス全員が知らないだろう。そして、多分、坂上先生も知らない。
「他にもキツネは農作物を荒らすネズミを食べるからね。大事な生き物なんだよ」
ふふふと笑うおとかを、僕はいつまでも見つめていた。
◇◇◇
ふと我に返ったおとかは赤面した。そして、僕から目をそらすと僕の手を引っ張った。
「ほら、四郎っ。連れて行きたい場所はこの先だよ」
おとかが指差した建物には「市立図書館」という看板が下がっていた。
あ、その手があったのかとも思ったが、学校に図書館がある子どもがここを利用できるのだろうか。学校の図書館を利用しなさいと言われるのではないか、そんな不安が心をよぎった。