第九十八章 父の選択
「協力……?」
虚を突かれたラキアではあったが、だんだん、不機嫌そうに表情を歪め、ユーディンに怒鳴った。
「だから! 言っただろう! 我が国は貴国との同盟を破棄する……」
と……最後まで口にする前に、不意に、ラキアの首筋に冷たいモノが触れた。
遅れて椅子が倒れる音が響き、ユーディンは「ほう……」と、感嘆の声を漏らす。
「半信半疑ではあったが……貴様、意外と身軽だったのだな」
「陛下……言われるままにやりましたけど、一体、この後、どうするつもりで」
呆気にとられるルクレツィアの隣、突如立ち上がった瞬間、そのまま机を蹴って飛び上がり、彼女の背後に着地して、あっという間にラキアを拘束した髭もじゃの大男は、胡乱げにユーディンをじっとりと見つめる。
彼女は「離せ」と暴れたが、力自体はギードの方がやはり上であり、組み伏せがれて床に押し付けられた。
ユーディンが、そんなラキアに近づき、屈む。
「良い眺めだな。出来れば、自発的に協力をしてもらいたかったものだが……」
「貴様! 外交官たる私に、このような事をしてタダで済むと……」
フンッ……と、ユーディンは鼻で笑う。
「外交官などと称しているのは、貴様だけ……実質貴様は、イムル帝が寄越してきた、末席の姫君ではないか」
「くッ……」
図星を指摘され、ラキアは悔しそうに唇を噛む。
「どうせあの脳筋皇帝の事だ。余がアレイオラの次代皇帝を討ち取ったことで、かの国がしばしの間、情勢混乱を起こすだろうと踏み、フェリンランシャオもこちらで内乱から混乱し、双方弱ったところで漁夫の利を狙い、上から目線の強気の行動だろうが……元々が亡国と、同レベルの国力……」
甘いわ。と、ユーディンは、ラキアの白い髪を、雑に掴んで引っ張った。
「敵国の皇太子を倒し、政敵を倒した余が、貴様の首を手土産に、そのままの勢いで、かの国をも、呑み込んでくれようか……」
口の端を歪め、ニヤリと修羅は嗤う。
(まさか……破壊神か……)
ユーディンの異様な様子に、思わず、ルクレツィアが立ち上がった。
何か思うところがあったのか──同じタイミングでつられるように、デカルトも立ち上がる。
が。
「お……おまちください!」
割って入ったのは、カール=アルファージアだった。
顔面は蒼白で、声も上ずる。
「わ、我が国には、現在、まとまった軍を他国に送り込むなど、そのような余裕は無いはず! む、無謀な真似はおやめください!」
燃える炎の色の瞳が、じろりとカールを睨みつけた。
有無を言わさぬ気迫に、「ひッ……」と、彼は、さらに固まる。
ユーディンは、手に持つ杖の鞘を抜き、中の刃をカールの首元に当てた。
「邪魔をするな。アルファージア公。なんなら貴卿も一緒に、その首、仲良く並べるか?」
「わ……わかり、ました……」
観念したのか、カールの代わりに、同様に顔面蒼白のラキアが、か細い声で応えた。
「協力、いたします……父帝への取次をいたします故……」
どうか、その者を巻き込むことは、おやめください──。
震えるラキアの言葉に、思わず、ユーディンの口から、ククク……と、不気味な笑いが漏れる。
その声は次第に、大きな笑い声となり──。
「よっし! 書記官! 今の! 議事録取ったな! ちゃんと記録したな!」
にんまりと満足そうに笑うユーディン。
「言質はとったぞ!」
「ま……まさか、陛下……」
思わず一同、唖然と開いた口がふさがらない。
腰が抜けて座り込んだルクレツィアの隣で、プルプルと、デカルトが怒りで肩を震わせる。
「いい加減慣れよ。貴様ら、この程度で震えて狼狽えているようでは、チェーザレの身代わりなど、いつまでも務まらないぞ」
それに……と、ユーディンは、不敵に笑う。
「余の頭を、二発も殴ってくれた礼は、きっちり返さねばな」
結局、子どもの喧嘩か──。ラキアの腕を締め上げ、拘束しているギードが、あきれたように、盛大なため息を吐いた。
◆◇◆
主人の居ない、第五格納庫。
見つからないように、そろーりと忍び込む、二つの影。
否。
『あぁ、そうですね……これが、いいでしょう』
満足そうに、一つの機体を見上げたのは、ムニン=オブシディアンだった。
「機体名称『ムネーメー』……こりゃぁずいぶんと、旧式じゃないか」
アックスが、眉間に皺を寄せた。その隣には、複雑そうな顔をする、カイの姿もある。
その黒い機体は、やや埃をかぶったように、格納庫の隅に置かれていた。
しばらく動かしていないことは明白で、現時点で主がいないのは、たぶんきっと、間違いない。
『なかなかの名機、だと思いますよ。自分は。……彼女が乗ったそのものではないけれど、ただ、現存する機体はさすがに少ないので、文句は言いません』
「本当に、いいんか?」
カイの問いに、ムニンは苦笑を浮かべた。
『そもそもの発端は、誰かさんが、ウチの娘を呪ってくれたせいなのですけれど』
「………………」
「………………………………」
ムニンの言葉に、カイは言葉を詰まらせ、隣のアックスが視線を盛大にそらせた。
『……冗談ですよ。えぇ。構いません。愛しい娘を守れるのであれば、親としては、本望です』
先日、モルガが、師匠にしたある提案。
精霊の影響を受けない、VDを作ること。
ただ、それは──。
(たぶんきっと、間に合わん……)
完全な形で完成するのは、もっと、ずっと、未来の話。
「……ミカ」
『はい。此処に……』
カイは、闇の精霊機の封印者を呼ぶ。
間もなく現れたミカは、深々と三人に頭を下げた。
「闇の精霊の領域は、自分には手出しができん……だからどうか、手伝ってくれんか?」
『わかりました』
ムネーメーに、カイはそっと触れる。
アックスとミカが、そのカイの手にさらに手を重ね、そして、静かに目を瞑った。
理屈は、あの時と、一緒。
そう、モルガが、ウラニアに望まれるまま、彼女の魂を機体に上書きしたときと──。
『さあ。どうぞ』
ミカに促されたムニンが、一歩一歩、ゆっくりと機体に近づく。
同時に、彼のその姿は、徐々に薄まってゆき──。
完全に消えたと同時、誰も乗っていない機体の目に、光が灯った。
『やーれやれ……ずっと文官で実戦に出たこと無いクセに、ホント物好きなんだから……』
どこからともなく、気の抜けた声が響く。
一部始終を見ていたらしい声の主を、アックスがじっとりと睨んだ。
『そうですわね……もし、生前あの方が騎士となっていましたら、いわゆる適正値はA-相当……近年まれに見るAランクで、間違いなく、闇の元素騎士は貴方ではなく、あの方でしたでしょうね』
『うげぇ……マジかよ』
ミカの言葉に、ジンカイトが頭を抱えた。




