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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
覚醒アィーアツブス編
85/110

第八十四章 慈愛

「………………」

『……えっと……その……』


 三度目の正直――というわけではないのだが、落ち込んだ様子で地下神殿へ再再度、一人戻り、ぼんやりとハデスヘルの心臓(コックピット)で座り込むルクレツィアに、どう声をかけていいか、ミカは悩んだ。


 彼女が現在、どういった状態か(・・・・・・・・)、彼女本人から説明されたわけではないが、ミカは判断できる。


 以前の彼女の、精霊機の操者としての適正値はB。

 しかし、現在は、判定不能(論外)


 本来なら、エロヒムも、ミカも、ルクレツィアとの接触を、拒絶するレベルだ。


「ミカ……」


 しかし、エロヒムはともかく、今にも泣き出しそうな彼女を、ミカは放っておくことができなかった。


 ルクレツィア(彼女)の隣に、ミカはそっと座る。

 彼女に触れれないことが、実にもどかしいと、微かに唇を噛んだ。


 見た目も、性格も、まったく似ていない。

 けれど。「まっすぐ」で、「真面目」で――。


『我慢強いところ……貴女は、(わたくし)の、(ヤエル)に似ていますわ』


 生まれつき、目の見えなかった妹。

 愛する人に、一途だった妹。

 それでいて、与えられた職務に、忠実だった妹――。


『あの子も、人前では泣けなかった。……辛い時も、悲しい時も』


 人柱にされた時(死の間際)も。


 きっとルクレツィアは、こういう事をして(泣いて)いる場合ではない。と、頭では冷静に判断でき、現実を受け止めているのだ。


 しかし、思考回路がこんがらがり、心の整理が追い付かず、次の行動に、移せないでいる。


『此処には、(わたくし)しかいません。邪魔する者は、エロヒム様が、追い払ってくださいます。だから、どうか』


 ミカの言葉が終わるより先に、ルクレツィアが膝を抱え、そこに顔を押し付け、声を殺すように泣いた。


 触れれないままではあるが、そんな彼女の背を、聖母のような慈愛を込めた表情で、ミカはそっと撫で続けた。



  ◆◇◆



「おった! 師匠ッ!」

「……ッ!」


 城内の制圧が完了してもなお、簡易ドックの部屋の中で、相変わらず、待機(・・)という名の自発的(・・・)軟禁状態のソルは、突然前触れもなく、何もないところから飛び出してきたカイに驚き、声も出せずに、思わず椅子から転げ落ちた。


「その声、モルガ……いや、神の方(もう一人)か」

「おう……そういや、面と向かってこの姿は、師匠は初めてかのぉ」


 金の鱗に包まれた全身の肌、大きな三対の銀色の翼に、長く量の多い、銀糸のような髪。

 そして、深い紫の目を細めて、カイはニヤリと笑った。


 精霊の加護を持たずに生まれ、その件に絡み、あまり良い環境で成長してこなかったソルにとって、「神」など信ずるに値するモノではなく――また、モルガ(弟子)を取り込み、何食わぬ顔で、さも当たり前のように、彼に擬態(・・)している行為(こと)

 これまでもソルは、幾度もなくカイを忌々しく感じていたが、本来の(カイ)の姿を前にして、露骨に、嫌そうな顔を向けた。


「すまんの。急ぎの用じゃ。モルガ(・・・)が、師匠に会いたい(・・・・)と言っている」

「モルガが? 今か?」


 眉間にしわを寄せるソルに、カイはうなずく。


「モルガ。交代じゃ。さっきも言っ(ゆー)た通り、自分の言葉(・・・・・)で、師匠に伝えぇ」


 カイが、静かに、その紫の目を瞑る。

 とたん、ソルの背中に、ぞくりと、冷たいモノが走った。


 三対の翼のうち、上部の二対がはぜた。

 バラバラと銀の羽が舞う中、現れたのは、元々ある腕とは別の、硬質な二対の腕。

 左胸だけが女性のように何故か膨らみ、四肢は、人間(ヒト)のカタチと呼ぶには少しいびつで、どちらかというと、ほんの僅かではあるが、獣に近い。

 そんな体を包む金の鱗は、さらに硬質で、色鮮やかな宝石となる。

 頭からは、鱗と同じ質感の鋭い角が、まるで王冠のように生えて――地の神(カイ)の時には無かった、長い虹色の尾が、ゆらゆらと揺れた。


「モルガ……なのか?」

『師匠……』


 モルガが、ゆっくりと、目を開いた。

 大粒のルビーのような真紅の瞳が、ソルを捕らえて、離さない。


『あなたに、お願いしたいことがある』


 モルガの声が響くたび、ソルの背筋に、ぞわり、ぞわりと、悪寒が走る。

 畏怖、憎悪、憤怒、同情、悲哀――ソルの中の、そういった感情が、何故かしら、かき回されるような感じがした。


 額に脂汗が浮かぶソルの様子に、モルガは目を、かすかに細めた。


『あなたに、作ってほしいモノがある。自分の代わりに。未来(・・)のために』

「……未来?」


 強張るソルの手を、モルガの冷たい、三本ある右手の一つが握る。


『そう……そうだな……これは、邪神(モルガ)の、願い。故に、サフィニア(ラング・ビリジャン)願い(・・)黄泉還ら(蘇生さ)せた、あなたへの対価(・・)としよう』


 ソルの頭の中に、イメージが流れ込む。モルガが加減をしているのか、以前のように、気分が悪くなることは無かったが、その内容に、ソルの赤い瞳が、見開かれた。


「これ……は……これは……」


 言葉に、ならない。

 そう、これは。まるで――。


お前の存在(・・・・・)の、完全否定(・・・・)じゃないか……」

『………………』


 モルガの相変わらず無言で、表情は薄い。しかし、うっすらではあるが、口角がほんの少しだけ、上がった気がした。


「そ……そりゃ、本当にそんなものが実在するならば(・・・・・・・)、オレにとっては願ったり叶ったりだが……」

モルガ(我ら)の願いは、精霊の影響を(・・・・・・)受けない(・・・・)、|ヴァイオレント・ドール《VD》を作る事』


 精霊の加護をもたない(・・・・)人間も、過剰に持ちうる(・・・・・・・)人間も――搭乗する人間(ヒト)を選ばない、夢の機体(VD)……。


 そして、いずれやってくるであろう、最後の審判(創造主再臨)の際、神の影響を受けない、人間側の切り札(ジョーカー)ともなり得る。


 しかし。


『やはり、邪神(われら)は、あまり直接、ヒトの前に出ては、いけないようだ』


 握るソルの手から伝わる、彼の震え。

 一言、モルガが言の葉を紡ぐだけで、人間()の精神を、無意味にかき乱してしまう……。


『故に、この願い(・・)。あとは、あなたと、カイに託す』

「……ッ!」


 ざらり――と、ソルの手を握る金属の腕が、きめ細かい砂粒となって崩れた。


『師匠……不詳の弟子で、すみません……破門、受け入れます……』

「モルガッ!」


 ほんの一瞬、邪神の表情が微かではあるが柔らかくなり、元のモルガの口調に、戻った気がした。


 しかし、それはかつて、ソルの元にやってきた、モルガの『夢の欠片』のように。

 モルガの巨大な体は、全て崩れて砂の山となり、そして、綺麗に消えて、無くなった。


「バ……ッカ……野郎……いつの話だ……それは……」


 ソルは作業台に向かうと、巨大な紙を、何枚も広げ始めた。


 客観的に捉えるならば、たしかにこの事象(これ)は、世に混乱(・・)をもたらす、邪神(・・)甘言(・・)とされるモノなのかもしれない。


 けれど。


「破門は撤回! お前が嫌がろうが、否定しようが、お前は一生、オレの弟子だ! モルガッ!」


 沸々と沸きあがる怒り(・・)の感情を、ソルは真っ白な紙にぶつけた。

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