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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
覚醒アィーアツブス編
83/110

第八十二章 虹色の邪神

 熱い。


 痛い(・・)、ではなく、熱い(・・)と、ルクレツィアはそう思った。


「グァ……ァアアァ……」


 背後でモルガが呻く。

 仕込杖の刃の長さと、見下ろす柄の位置から想像するに、刃はルクレツィアを易々と貫いて、モルガの体にも届いているだろう。


「……」


 すまない……、と、モルガに言いたかったが、声が出ない。

 刺さった剣を抜こうにも、血でべっとりと濡れた手が滑り、また、手に力が入らなかった。


 あぁ……胸が、背中が……本当に、熱い……。


 それを最後に、ルクレツィアの意識は遠のいた。



 ◆◇◆



「創造主!」


 ダァトの非難の声を横で聞きながら、モルガはジッと、ルクレツィアを見つめていた。


 どうにかしなくては……朦朧とした頭で思っても、体がうまく、動かない。


「グァ……ァアアァ……」


 自分の口から洩れる()は、言葉(・・)とはいえない、程遠いモノであり、次第に抱えたルクレツィアの、自分に寄りかかる重みが、ずっしりと増して──そして──。


 刃に貫かれ、接した傷から、じわじわと流れるお互いの血が、混ざって、熱を帯びた。


「ヴァ……ヴゥ……」


 刃が、甲高い音をたてて、粉々に砕けた。

 瞬間、ルクレツィアと、モルガの体から、大量の血液が噴き出して、お互いの身体を、赤く染める。


「ヴゥ……ツィ……ル……ツィ……」

「? アィーアツブス?」


 ただならぬ気配に、思わずダァトが振り返り、風の邪神(バチカル)を踏みつけたままの創造主(エフド)は、「ほう……」と、感嘆の声を上げた。


 砕けた金属片が、再度集まり、別の剣を形作る。

 左腕には、ぐったりともたれかかるルクレツィアを抱え、宙に浮いたその剣を、モルガの右手が、がっしりと握った。


 モルガの蛇の尾が二つに割れ、若干いびつな形状ながらも、鋭い爪を有した、人間の足となる。

 その足で一歩一歩、地の邪神(モルガ)は、ダァトとエフドに近づいた。


 無言で無表情のモルガは、ダァトに意識の無いルクレツィアを預けると、剣を構えて、創造主()に向かい合う。


(これは……)


 ルクレツィアの状態を確認したダァトが、息を飲んだ。


(この状態なら、この娘は、助かるかもしれない……)


 しかし……。


(問題は、どうやって、創造主を再び、眠らせるか……だな……)


 もう一本の杖から剣を抜き、乱雑なモルガの剣を受けるユーディン(エフド)を、ジッとダァトは見据えていた。



  ◆◇◆



「……きろ、起きろ。エヘイエー」

「んあ……」


 ぺちぺちと頬をたたかれ、アックスは目を覚ます。


「ダァト? なんでお前が……おわぁッ!」


 アックスは何があったか思い出し、慌てて飛び起きた。

 身体はジンジンと痺れて痛いが、傷は塞がり、少し黒ずんではいるが、翼も体も、元の金色。


不安定(アィーアツブス)とは違い、破壊の権化(バチカル)のままだと、貴様は話にならない(・・・・・・)からな。前回の機能不全を起こした地の神(シャダイ・エル・カイ)同様、原因は創造主(我ら側)なので、抵触もしない(セーフだ)

「へいへい。あざーっした! 感謝しとります」


 そんな事よりも。と、眉間にしわを寄せ、アックスはダァトに問う。


「陛下……いや、ねーちゃんと創造主は?」

「……ねーちゃん?」


 一瞬言葉を詰まらせたダァトに、アックスはガシガシと頭を掻いた。


「あー、体の主の姉。お前が来るまで、エノクに任せた」

「あぁ、エノクなら、何人か人間を保護していたから、そちらはたぶん、大丈夫だ。創造主だが……」


 ダァトは頭を動かし、顎で指す。

 おそるおそる、アックスは背後を振り返り、ぎょっと体中の目を見開いた。


「な……」


 言葉を失い、そしてダァトに詰め寄る。


「おい、ありゃぁ(・・・・)、兄ちゃん……いや、アィーアツブスか?」

「あぁ」


 ダァトがうなずく。


 三対あった黒い被膜の翼は、腰の一対を残して消失し、代わりに二対の金属の腕が創造主(エフド)を押さえつけていた。

 身を包む黒い鱗や、頭からはえるツノ、そして爪は、色鮮やかな宝石となって輝き、元の腕には、宝石で彩られた、巨大な剣が握られる。

 長い爬虫類のような虹色の尾がゆらりと揺れて、いびつな形状の両足は、力強く踏みしめられて──。


 しかし何より、アックスが目を疑ったのは、その左胸。

 決して大きくは無かったが、何故か片方だけ女性のように、柔らかく、丸く膨らんでいた。


 表情は無く、言葉も無い。

 けれども、兄が、酷く怒っている(・・・・・・・)。それだけは、アックスも感じることができた。


「自己進化……肉体を得て、素晴らしい能力を開花させたじゃないか。アィーアツブス」


 嬉しそうに、しかして、腕を振りほどこうともがく創造主は、「だが……」と、続ける。


「解せぬな。理解不能。人間を(・・・)躊躇いなく(・・・・・)殺せるように(・・・・・・)と我が与えた反転(・・)。シャダイ・エル・カイならともかく、アィーアツブス(その状態)で、何故、貴様はたかだか一人の人間の為(・・・・)に、怒るのだ」

『勘違いするな』


 不意に、モルガが口を開く。金属の腕に力を込めたのか、エフドが苦悶の表情を浮かべた。


『確かに、我ら(・・)はかつて、万物に宿る、数多の意思を持たない力無き魂の欠片だった。生命の樹(セフィロト)を介し、我らを一つにまとめ上げ、力ある精霊の王(・・・・)としてくれた事は、礼を言おう』


 だが……と、手に持つ剣をエフドの首に突き付けて、モルガは続ける。


『我らはあくまでも精霊だ。精霊機(・・・)という名の()に縛られ、人間の肉体(・・・・・)()寄生(・・)しなければ、何事を為すことすらできない、不完全な存在……』


 モルガの怒りを反映してか、剣が禍々しく、妖しく輝いた。


『それに、そういう貴様(・・)も……』

「黙れッ!」


 Tonitrua(雷よッ)! 怒りに任せたエフドの言葉と同時、一筋の雷がモルガを打ち抜く。

 しかし、金属の腕を伝って雷はエフドにも伝わり、二人同時に、バッタリと倒れて、床に伏した。



  ◆◇◆



「う……」

「ルクレツィアのねーちゃん! 気がついたか!」


 自分の顔をのぞき込む、目玉だらけのアックスの顔。

 思わず飛び起き、お互い額をぶつけ、二人揃って、もんどりうったことはさておき。


「……無い」


 ルクレツィアが胸を見下ろすと、傷がふさがり、痛み一つない。

 しかし、服が破れ、おびただしく広がる赤黒い大量の血の跡から、先ほどの出来事が、夢ではないことを物語っていた。


「モルガは?」

「たぶん、ヘルメガータの中に回収された。その……まだ確認しに行っとらんけど……」

「いい度胸だな。余より先に、モルガの心配とは」


 ムッとした表情の皇帝が、ぬっとルクレツィアとアックスの間に割って入り、思わずルクレツィアは後ずさった。


「戯言だ。気にするな。その……世話をかけたしな。申し訳ない」


 髪も目も、元の朱色。

 言葉の端々から、修羅の方だと思われるが、一応、元の皇帝陛下(ユーディン)だ。


「陛下、ご無事でございますか?」


 思わず条件反射でひれ伏しながら、ルクレツィアはユーディンに問う。


「あぁ、大事ない。そもそも、今回の事は、全面的に(もう一人)が悪かったしな」


 ため息とともに、修羅は頭を抱えた。


「我が事ながら、あれ(・・)は弱い。不可解なモノは信用しないと言いながら、自分から不用意に近づき、弱みを晒して、あっという間に乗っ取られてしまった……」


 イライラとユーディンは頭を掻く。そして大きなため息を一つ吐いて、立ち上がった。


「今の状態では、もう一人の余(あれ)は、とうぶん出てくることができないだろう。余も、チェーザレの事が堪えてないと言えば嘘になるが……しかし、我らには、あまりにも時間が無い(・・・・・)


 三等騎士(リイヤ)・オブシディアン。と、ユーディンはルクレツィアに命ずる。


「貴公は、元素騎士の隊長代理として、軍を統括し、最新の情報を余に報告せよ」

「あ、あのぉ……そのことなんじゃが……」


 おそるおそる手を上げるアックスに、なんだ……と、ユーディンがじっとりと睨みつける。


「その、大変言いにくいことなんじゃが……その……」

「なんだ。早く言え!」


 イライラとするユーディンの声に発破がかかり、思わずその場に、アックスは平伏。


 ………………え? 土下座?


 思わずルクレツィアと、ユーディンの目が点になった。


「ゴメン! ねーちゃん! ワシと兄ちゃんのせいで、ハデスヘルの(・・・・・・)操者の資格(・・・・・)、なくなってしもーた……」

「………………は?」


 何を言われたかすぐには理解できず、そう答えるのが、精いっぱいだった。

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