表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊機伝説  作者: 南雲遊火
父と父編
78/110

第七十七章 Ira

 声が、聴こえた。

 よくよく耳をすまさなければ、聴こえないほどの、微かで、小さな泣き声。


 ああ、また(・・)貴方(・・)は、一人で(・・・)泣いている(・・・・・)のですか……?

 あれだけ強がって(・・・・・・・・)、|わがままを言ったくせに《・・・・・・・・・・・》……。

 本当に、仕方のない(・・・・・)人だ。


「──ッ!」


 しかし、そう思ったところで、エロハ(・・・)の足が止まった。


 不意に、胸を締め付けるように押し寄せる、言葉にならない、言いようも例えようもない感情。


 あれ(・・)は一体、()の声?


 知らない(・・・・)声のはずなのに(・・・・・・・)


 どうして(・・・・)こんなにも(・・・・・)苦しくて(・・・・)せつなくて(・・・・・)懐かしい(・・・・)気分になるのか──。


「ねえ……誰? 君は、誰?」


 その泣き声は、エロハの糧となる祈り(・・)に似ていて、それでいて、真逆(・・)の性質でいて──。


「お願い。どうか応えて」


 返事は無い。


 泣き声はか細く、相反するようにまとわりついた不安感は、次から次へと押し寄せてくる強い波のようで、エロハの身体を、徐々に蝕んでゆく。


()は、一体、誰なの?」


 思わず、エロハは声に向けて、腕を伸ばした。

 しかし、伸ばしたその白銀の腕が、真っ黒に染まっていて──。


「AaAaaAaAaAaaAaaAaaAaAaAaAaaAaaaAaAaAaAaAaAaaaaa!」

「……ハ! エロハッ! エロハってば!」


 不意に耳元で聴こえた甲高い声に、エロハの意識は一気に浮上した。


 顔を上げると、肉体の半分以上を黒く染めた少女が、苦しそうに顔を歪め、それでいて、気丈にニッコリと微笑む。


「Aaa……」

「よかった……エロハ……」


 漆黒の鱗に、巨大な三対の黒い皮膜の翼──白く鋭い牙をむくエロハの口から、意味のある言葉(・・)は未だ絞り出せなかったが、少女は安堵したように、力が抜けてぐったりと九天(コックピット)の床に座り込んだエロハの口に、自らの口を、強く押し付ける。


 じんわりとした暖かさが、唇を伝って、エロハにも流れ込んできた。


(バグ)止ま(なお)らないね……」


 邪神(カイツール)に転じ、無表情で感情の戻りきらない、エロハの金の目から溢れ出る涙は、とめどなく頬を伝う。

 少女がその涙を、愛おしげに接吻(キス)で拭った。


「エロハ……貴方が、心を、痛める必要はないの」


 あれは、天罰。


 少女──エロヒム・ツァバオトは、ちらりと、精霊機の心臓(九天)の向こう──漆黒空の下、もくもくと立ちのぼる煙と、赤い炎を一瞥する。

 たった今、漆黒の光の精霊機が焼き払った、一つの(コロニー)


「A……AaAaaa……」

「エロハ! あれを、聴いてはダメ!」


 そこに住む人々の、|恐怖と、怒りと、悲しみと、怨嗟《呪い》の声を一身に受け、元に戻りかけたエロハの金の髪が、再度黒く染まりかけた。


 呪いの声をかき消すよう、エロヒム・ツァバオトが、透き通るような声で、歌う。

 

 なりそこない(・・・・・・)とはいえ、同位の神である彼女に、エロハを根本的に浄化する能力は無かったが、それでも、エロヒム・ツァバオトの声を聴くエロハは、相変わらず涙は止まらないまま、トロトロと呆けたような顔で、まるで眠気に抗う幼子のように、小さなエロヒム・ツァバオトに顔を埋めた。


 エロヒム・ツァバオトごと彼を包み込むよう、彼の周囲に、黒が混じった金糸が舞う。


「イザヤ。デウスヘーラーを、光の聖地(・・・・)まで運んで」


 御意。青髪の男が、真面目な顔で、小さくうなずいた。

 彼女が目を細めると、空気を読むかのように、イザヤは姿を隠す。


「ねえ。エロハ。お願いがあるの……」


 半分近く細い金糸に包まれた状態で、エロヒム・ツァバオトはエロハに囁く。

 彼は薄く目を開けて、こくりと小さくうなずいた。


「あのね。私……」



  ◆◇◆



「どういうことか、ご説明いただきたい。父上」


 涙の痕を残したままではあるものの、先ほどとは打って変わった、今にもブチキレそうな剣幕の娘に、父二人(・・)は、すくみあがって正座していた。

 他の五人の姿は無いが、気配はチラホラしているので、どうやら様子を見守っている模様。


『いやぁ、その……うん、心配かけてゴメンね。ルクレツィア』


 処刑されて心配もクソも──と、思わずアックスは思ったが、空気を読んで口には出さない。


『だって……あんなこと(・・・・・)されたら、死んでも死にきれなくて……』

「だって……じゃ、ありません! なんなんですかその足元は!」


 ムニンから溢れ出る闇の瘴気の勢いは、ルクレツィアの剣幕のおかげでやや落ち着いてはいるが、あくまで先ほど(・・・)との比較であり、完全には止まっていない。


『コレ、すごいでしょ? なんだかよくわからないけど、今ならちょーっと頑張ったら、|晒された首を見に来た見物人《私を辱めた人間たち》を、一日で百人くらいずつ、余裕で呪い殺せそう(・・・・・・)な気がして……』

「だーめーでーすーッ!」


 死んだせいなのか、死に方が酷く悪かったせいなのか──理性のタガ(・・)が、ぶっ飛んで喪失しているムニンに、ルクレツィアは思わず怒鳴った。


 父が自分の前で他人を殺す(・・)なんて言葉を吐いたことなど無く、ルクレツィアは耳を疑った。

 生前同様、表情が穏やかななだけ、余計タチが悪い。


「この父上も、ジンカイト殿同様、モルガの能力なのか?」

『うんにゃ。こりゃームニン()一人の能力じゃぁ……。背後にモルガ()がおるワシみたいに安定しちゃー無いが、独立してこの状態、余計性質(タチ)が悪……ってぇッ!』


 頭を抱えるルクレツィアに、同じことを思っていたらしいジンカイトが同調したが、ムッとしたらしいムニンの闇がぶわっと広がり、いつぞやのエロヒムの時のように、ジンカイトを吊るし上げた。


「わーッ! 父上! おやめください!」

『駄目ですよ。ルクレツィア。こんなの(・・・・)に近づいちゃ』


 めッ! と、ムニンは幼子を叱るよう、優しくルクレツィアの頭を撫でる。

 しかし、背後のジンカイトを吊るす闇は、量を増やして濃く纏わりつき、そのまま呑み込んで、消えてしまった。


アレ(・・)は、本当に、害虫並のタチの悪さで……』

『だーれが害虫じゃッ! 今のオメーの方がタチ悪いわッ!』


 ため息を吐くムニンの足元から突然太い腕が生え、ずぶりと闇の中に、ムニンを引っ張りこむ。


『ジョアンナも、草葉の陰から泣いてるぞーッ!』

『彼女は今、関係無いって言ってるでしょうッ! 二言目にはすぐ、気軽に気安く彼女の名前を出してッ!』

『そりゃー! ジョアンナは幼馴染じゃし、ワシの超! 優秀な部下じゃったからのぉ!』


 まるで水に沈むよう、闇の中でじたばたともがきながら再び低レベルな争いを始めた父たちに、ルクレツィアは大きくため息を吐いた。


 ついでに、何気に(ジョアンナ)に関する爆弾発言が混ざっていたような気がするが、既にルクレツィアのキャパシティは、とっくの昔に越えている。


「頭、痛くなってきた……」

「だいじょうぶ?」


 そっとモルガが、ルクレツィアの肩を支えた。

 眩暈を感じ、彼女はそのままモルガにもたれかかる。


「父上がこれじゃ、兄上は、一体どうなっているか……」 


 父より遥かに凄まじい性格のチェーザレが、おとなしくしている筈が……。


「……いない」

「え?」


 (くう)を見つめ、モルガが口を開いた。

 赤い瞳が、ぼんやりと輝く。


「さいきんしんだ、ししゃの、たましいのなかに、あのひとは、いない……」

「んー、ワシは直に対面しとらんけぇ、判らんけど……」


 アックスが腕を組み、頬をかく。


光の神(エロハ)に、取り込まれたかのぉ」


 ワシや、兄ちゃんみたいに……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ