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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
メタリアのおわり編
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第七十章 鏡

 人工的な明かりの無い、真っ暗な塔の上。

 人の気配を感じたサフィニアは、ハッと顔をあげた。


 高い位置にある明かり窓から差し込む月の光──それだけを頼りに、外から施錠され人の出入りが制限される中、どこからともなく現れた人影が、()であるかを確認し、そして安堵のため息を吐く。


「よ……んだ……?」


 以前のように、脳に直接意味が響くようなことはない。

 たどたどしいが、発せられたのは、人間の言葉。


 それでも、暗闇にぼんやりと赤く輝くその目を、虚ろなその表情を──相手が()であるかを察したサフィニアは、恭しく跪いた。


邪神(アィーアツブス)様。ようこそ、おいでくださいました」


 彼女はそっと、モルガに両手を差し出す。


「どうか……御慈悲(・・・)を……」


 彼女の手の中には、陶器でできた、小さな小瓶。


 そう、愛おしい夫が服用した、あの毒の入っていた容器。

 誰にも気づかれないよう、密やかに、夫の部屋から持ち出したモノ。


 モルガが無言で、その小瓶に、そっと手を伸ばす。

 その瞬間、彼の姿がざらりと崩れ、真っ黒な砂の塊となった。


 床に転がった小瓶を、サフィニアはそっと、その細い指でつまみ上げる。 

 そして、ほんの少し、中身が重くなった小瓶を、サフィニアは大切に、胸元にしまった。



  ◆◇◆



「おい。こらッ!」


 半目を開けた状態でぼんやりと一人、中庭の茂みの影に座り込むモルガの頬を、ギードはぺちぺちと叩いた。


 メタリアはフェリンランシャオの帝都に比べ、湿度が高く、じめじめと湿っぽい。

 気候が合わずなかなか寝付けない者も多く、夜中に筋トレをしたり散歩をしたりと、ギードもそんな一人だった。


 散歩の途中で、うっかり見つけてしまった手前、ほったらかすこともできず、声をかけたが──。


(コイツ……今、邪神に寄ってやがるな……)


 ルクレツィアや(アックス)が、伸びるたびに元の長さまで切っているようだが、今は波打つ黒い髪が背中くらいまで伸びているし、虚ろなその顔には、黒い鱗が浮き始めている。


「起きろ」


 再度、ぺちぺちとギードが叩く。

 すると、モルガの鱗に包まれた手がギードの頭に伸びて、お互いの顔が近づき──。


「寝ぼけるんじゃねぇッ!」


 ギードの拳が、モルガの顔面に直撃した。

 驚きすぎてぜーはーと荒い息のギード。対してモルガは、仰向けにばったりと倒れ、小さく呻く。


 予想以上のクリティカルヒットに、思わず殴ったギードもちょっと驚く。


「あ、ワリぃ……」

「……大丈夫。なんか、一気に頭が晴れた」


 むくりと、何事もなかったかのように、モルガが起き上がった。

 ここ最近では、珍しいほどはっきりとした口調。バラバラと顔の鱗が散らばって落ちて、月明りの下、暗がりでややわかりにくいが、気持ち髪色も明るくなった気がする。


「んな……」


 食堂の騒動含め、ここ数日のルクレツィアとの様子は、ギードも知っている。

 ルクレツィアと一緒に居ることで、安定する──との話であったはずだが。


「どうした?」


 首をかしげるモルガ。

 淡々として、元とはかけ離れている口調。表情も乏しいが、邪神(アィーアツブス)のように能面のような無表情さはなく、不安定さは見られない。


 赤い目には、しっかりとした意思の光(・・・・)が宿って──。


(一体、どういうことだ……?)


 眉間にしわを寄せ、ギードは考え、ハッと、以前、自分が見た()を思い出す。


 邪神を望むなら、邪神を。

 神を望むなら、神を。

 人間を望むなら、人間を。


 ──我ラ(・・)ハ、鏡。ヒトヲ映ス、鏡ナリ──


「お前……」


 顔をしかめるギードに、モルガは再度、不思議そうに首を傾げた。

 しかし。


(たぶん、コイツ自身に、自覚、ねぇんだろうなぁ……)


 今のモルガは、()だ。

 敵意を向けられれば邪神となり、祈りを受ければ神となり──恋人として愛を与えられれば、その愛に溺れた一人の人間(ヒト)となる。


 ギードは、モルガに対し、良くも悪くも淡泊で自然体(ニュートラル)なのだろう。以前はともかく、今はモルガに危害を加える気も無く、また、こちらから過度に接するつもりもない。


 良かれと思って気を使い、結果的にややこしい方向に突っ走ることになっているルクレツィアを少々気の毒に思いつつ、ギードはモルガの頭を、くしゃくしゃとかきまわした。


「とりあえず、今何時だと思ってる! ガキは早く寝ろ!」

「……寝なくても、平気なんだが」


 いいから! と、引きずるようにギードはモルガの腕をつかむ。

 しかし、ずりずりとモルガをひきずりながら、ギードは別の事を考えていた。


(ってーことは、だ。さっきの邪神……コイツに敵意を向けた人間がいたか……あるいは……)


 邪神としてのモルガ(コイツ)を崇拝し、求める人間が、現れたか──。


「あぁ、そうだ」


 モルガを、彼に与えられた部屋に押し込めようとした直前、モルガが何かを思い出したようにつぶやいた。


 赤い目を瞑り、そして二、三度深呼吸をする。

 胸の前で、モルガは祈るように手を組む。すると、その手の中が、ぼんやりと赤く、輝いて──。


彼女(・・)の、願いだ。お前に預ける」


 ギードの表情が固まる。

 ひらいたモルガの手のひらに、小鳥の卵サイズの、小さな赤い石が転がっていた。


 見覚えのある、赤い石(彼女の魂)


 断る、べきなのだろう。

 自分に、彼女を求める資格はない。

 そりゃぁ、モルガ(コイツ)が精霊機に乗ることになった原因とか、神に乗っ取られることになった責任が、自分にまったく無いとは言い切れないが──これ以上、過度に関わる気も、つもりもない。


 なのに、モルガの奥底の邪神が、長い舌をチロチロと揺らして、ギードを手招きをしているようで──。


(あぁ、ちくしょう……)


 心の中でどう拒もうとも、ギードはその石に、手を伸ばさずにはいられない。


 石に触れると、予想以上に暖かかった。


 ギードの目じりが潤む。

 名のわからぬ、菫の花のような女性が、にっこりとほほ笑んだ気がした。



 ◆◇◆



「おーい、エノクやーい」


 どこに行ったか……エヘイエー(自分)封印者(プロテクター)兼、自分が神の器にされた(あの)日以降、パシリ(・・・)であるエノクを、アックスは探す。

 ユーディンが自室で寝込んでいる関係上、明るい朱色の髪はよく目立ち、間もなく、エノクはすぐに見つかった。


 が。


 ドックの片隅にいたエノクの隣には、彼の妹──シャダイ・エル・カイの封印者(プロテクター)のルツと一緒に、妙な男がいた。


 封印者(プロテクター)──精霊であるあの二人と会話が成立していることから、少なくとも元素騎士の適正値がA以上──普通の人間ではないだろう。

 なんだかエノクとルツの二人が、妙にキラキラとした瞳で、男を見つめているのが、アックスは妙に気にかかる。

 

『あ、アックス様!』


 気がついたエノクが、ぶんぶんと手を振った。


『よー。アックス! 久しぶりじゃのぉ』

「……誰?」


 赤い目と、赤い髪の、自分と同じくらいの年齢の人懐っこそうな男。

 エヘイエー含めた記憶にアックスは全然思い当たらず──しかし、相手はやたらと馴れ馴れしくて、不快感を込めて、じっとりと睨んだ。


『おー、そーじゃのぉ。この格好じゃ、わからんかー』


 身に纏うのは黒を基調とした闇の元素騎士の制服。しかし、漂う気配は地属性をベースに闇が混ざった妙な状況。


 何。この男。一体なんなの?


『んー。騎士としてはこっちの方が全盛期じゃし、ハデスのデーターベースから引っ張って来れるから、コッチの姿の方が楽なんじゃが……』


 そう言うと、男の輪郭がぼんやりと歪む。

 男の身長が少し伸びて、そして、忘れるはずもない、見覚えのある顔と御対面。


『じゃーん! アックスー! パパだよ……』


 パパもといジンカイトが最後まで言う前に、アックスが顔面に拳を叩き込んだ。

 しかし、ジンカイトは予測していたのか、アックスの攻撃を軽々と防ぎ、息子との久々の再会を喜ぶように、晴れやかに笑う。


「ふ、ふざ……ふざっけんなッ!」


 完全に狼狽えるアックス。

 思わず力が制御できず、背中の翼が何枚か展開され、服が破裂するように破れた。


「お前がなんで、こがぁなトコにおるんじゃ! このクソ親父ッ!」


 絶賛反抗期の中、急死したハズの父との突然の再開に、素直になれない風の神の突風が炸裂。

 整備中のVDを数体ドミノ倒しに倒してしまい、後日、ソルの代理である部下の整備班班長代理と、ミカに、それぞれめちゃくちゃ怒られたことは、言うまでもない。

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