第六十五章 決闘開始
メタリアの城門前、少し開けた場所に、東西に分かれて対峙するヴァイオレント・ドール。
その中央に──人影が、二つ。
朱の髪の皇帝と、青の髪の皇太子。
にらみ合うように対峙して、静かに、向かい合う。
「どうしてまた、白兵戦なの?」
「どういう理屈かはわからないが、以前のように、また、妙な真似でもされたら、困るからな」
この場において、精霊機は、信用ならん……そう、アサルは言葉をこぼした。
並ぶVDには、お互いの国の、兵が待機。
そう、双方ともに、何かあった場合、すぐに行動が起こせるように。
一触即発……まさしく、そんな状況だった。
アサルは太刀の鞘を抜き、ユーディンも二本の仕込杖の鞘を抜く。
今更ではあるものの、つい最近まで「体が弱く、足が悪い」という触れ込みであったため、本音を言うなら、皆の前でタネを明かしたくはなかったのだが──この場においては、致し方ないだろう。
……確実に、後日チェーザレから、雷が落ちるだろうが。
静かに対峙する二人だったが、先に動いたのはアサルだった。
素早く刀を振り下ろし、ユーディンに襲い掛かる。
重く、そして強い金属のぶつかり合う音が、あたりに響き渡った。
◆◇◆
「決闘……?」
眉間にしわを寄せ、ユーディンが唸る。
「そりゃ、現状からすると、願ったり叶ったりだけど……」
「……普通に考えりゃ、なーんか、裏がありそうじゃのぉ」
青い精霊機を見上げながら、ユーディンとアックスがつぶやいた。
墜落した衝撃と、先ほどの攻撃で、アレスフィードは現在、満足に動ける状況ではない。
しかし、かといって、兵を率いるトップ同士が、決闘で雌雄を決するというのも、それはそれで、あっさりと納得できる状況でもなかった。
「君の言う通り、たぶん、裏があるだろうねぇ。……それこそ、ドサクサに紛れてVDの攻撃なんか受けたりしちゃったらボク、即死しちゃうだろうし」
さすがに、二度目は、無いかな──自身の金属の足をぺしぺしと叩き、はぁ……と、ユーディンは小さくため息を吐く。
両親に連れられた、新型VDのお披露目会。
仕組まれた暴走事故──幼いころは、母のおかげで、なんとか助かったのだが──。
「陛下? その……もしかして……」
「うん? うん、そりゃ。ね。さすがにボクでも解ってるよ。モリオンが、ライラじゃないことくらいは」
ユーディンが、前皇后と勘違いし、姉を抱きしめて離さなかった案件は、アックスも聞いていた。
以降、チェーザレに頼まれた姉が、ユーディンの元へ、『義足を作る』という建前で通っているということも。
「じゃったら、なんで……」
「うーん……なんでだろうね。よくわかんないけど……あの時は、せっかく掴んだ縁を、放したくなかった。母上と同じ顔で、同じように優しく笑ってくれた、彼女との縁をね……」
そんな事より……と、ユーディンは逸れた話題を元に戻す。
目下、相手の目的が、何なのか──。
「アックスは、その、アレイオラの記憶ってあるの?」
「へ? ──ああ。ある事はある」
正しくは、アックスと同化した風の神。彼の持っていた、大切な『記憶』。
「あの皇太子って、どんな人間?」
「そうじゃのぉ……あくまで、前の操者からの情報じゃが……他人に厳しく、そして、それ以上に自分に厳しい。先手必勝かつ、最初から全力で、打つ手は容赦がない。それでいて……」
アックスの脳裏に、幼く人懐っこい少年の笑顔がよぎり、ギリっと、歯を噛みしめる。
「弟思いの、良い、兄ちゃんじゃ」
◆◇◆
地の精霊の暴走に起因する地震。
何度か地面が大きく揺れたが、今は徐々におさまり、救助活動も本格的に動き出した丁度その頃。
「はい。こちら、アルヘナ隊、三等騎士・ガレフィス」
「デカルト殿……」
事前に聞いてはいたのだが、ルクレツィアは目を見開いて驚く。
「三等騎士・オブシディアン。ご無事でよかった」
それで、どうかされましたか? と、新たに緑の元素騎士に選ばれたアルヘナ隊の隊長は、明るい茶の瞳を細め、にっこりと柔和に微笑んだ。
「陛下からの伝言を伝えます。現在、我が軍は、メタリア軍を制圧し、二等騎士・ビリジャンを確保。その後、アレイオラの指揮官と交戦中……といいますか、一対一の決闘を行われています。現在進行形で、陛下が」
……は? 思わずあんぐりと、デカルトの口が、大きく開かれた。
「その、大変な要求を突きつけるようで申し訳ないのだが……至急、メタリアの帝都まで、兵を動かしていただきたい。念には念をで、相手を挟み撃ちにしたい……とのことだ」
「ちょ……まってまってまって」
それは困る! と叫ぶデカルトに、ルクレツィアは眉をひそめた。
「地震のせいで、建物の下敷きになった、複数の民間人がいる」
「なんだと!」
一瞬、脳裏にマルーンの光景がよぎる。
もっとも、あの時は火山の爆発が原因だったが──。
デカルトは改めて、自身の現状をルクレツィアに伝えた。
「現在居る地点の近隣の町や村を廻り廻って、駐留していたアレイオラ軍を叩いて解放。現在、特に被害の酷い、三つの町を支援している状況です」
「しかし……こちらも、どうなることか……」
ルクレツィアはユーディンに命じられた通り、メタリアの城の中から、外を傍受をして様子を窺っている。
他の精霊機やVDと、通信ができることはできるのだが、外で敵軍とにらみ合っている状況では、皆、下手に動く事が出来ず、アレスフィードも現状は無人ということになっている。
『僭越ながら』
突然、ミカが現れ、口を挟んだ。
『遊撃隊の大多数は、そのまま支援活動をしていただいて構いません。ただ、要となりますので、デメテリウスと、以下、二小隊ほど、こちらに向かってきていただけませんか? できれば、近接遠距離、様々な戦種のVDの機種を満遍なく分けた、バリエーション豊富な組み合わせで』
作戦プランは、このように……と、ミカの言葉と同時に、大量の情報の中からはじき出した一つの作戦が提示される。
「ミカ……これは……」
「あぁ。なるほど……しかし……」
ルクレツィアは目を見開き、デカルトがうーんと唸る。
デカルトの代わりに、「できるのか?」とルクレツィア。彼女の問いに、ミカは微笑んでうなずいた。
『エロヒム様は了承なされ、ルツとシャダイ・エル・カイからも、可能だと返信がありました。あとは……よろしい……ですわね。カルナーシュの王よ』
『……ふん。貴様は相変わらず、やることが姑息で気に入らん』
だが……と、ヨシュアは忌々しそうに続ける。
『アドナイ・ツァバオトが了承をした。従う他あるまい』
そう言うと、ぶっつりと通信を切ってしまったデメテリウス側に、ミカは残念そうにため息を吐いた。
「さて、ミカ……先ほど、陛下がおっしゃられていた件だが……」
『ええ。大当たりで、ございますわね』
ハデスヘルが、ゆっくりと立ち上がる。
ルクレツィアもまだ本調子ではないのだが、そんなことを言っている場合ではない。
視線の先に、どこを通ってきたか、見慣れない複数の、ずんぐりとした機体が居る。
外から、こちら側の様子は見えない。
が、ハデスヘルが此処に居ることは、サフィニアを通じて、アレイオラ側に筒抜けだろう。
「外の決闘騒ぎのどさくさに紛れて、ハデスの奪取……まぁ、アレスを奪取した我らが、相手を咎めることはできぬ……が」
ひい、ふう、みい──全部で、十機。
「そう簡単に、奪われてやるわけにはいかんな」
『ルクレツィア様!』
ミカの言葉に、ルクレツィアは大きくうなずいた。
ハデスヘルの目が、怪しく、赤く輝く。
「ハデス! |Chorus illusio《幻影と踊れ》!」




