表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊機伝説  作者: 南雲遊火
歯車狂いの夫婦編
58/110

第五十七章 決意と不安の揺らぎ

 メタリアの帝都から、数十キロ離れた、密林の中。


 反乱軍の汚名を着せられた部隊の前に、母国(フェリンランシャオ)の識別信号を出す、武装の無い一機の|ヴァイオレント・ドール《VD》が、立ちはだかった。


「はいはい、こっちこっち!」


 黒いエラト。

 その一人乗りの機体に、髭面の大柄な男と、仮面を身に着けたやや小柄な少年が、無理矢理乗り合わせていた。


 大柄な男が、()地の元素騎士、ギード=ザインであることに気がついた一部が、やや、ざわついたことはさておき。


「いやー、ホント乗り心地最悪だね。属性の相性って大切」

「………………」


 お気楽そうな少年(アックス)に対し、真っ青な顔で、ギードが頭を抱えた。


 エラトが跪き、ギードと少年が機体から地の上に降りる。

 同様に、兵たちも|ヴァイオレント・ドール《VD》から降りるが、どういうことか、理解できない……と、ざわめきが広がり、「静粛に!」と、少年が、声を張り上げた。


「まずは、本当にお疲れ様。に……じゃない、三等騎士(リイヤ)・ガレフィスも、ほとんどアドリブまかせだったけど演技(・・)、バッチリだったよ!」

「え、演技?」


 ざわり……一同、はっきりと狼狽え始め、「結論を先に言おう!」と、少年が声を張り上げた。


「陛下は二等騎士(ラング)・ビリジャンこそ、反乱の首謀者であることを、知って(・・・)いる。知っているうえで、あえて(・・・)彼女の手に乗ること(・・・・・・・・・)を選んだ」


 故に。少年は、兵たちに頭を下げた。


「陛下は君たちを、反乱軍とはみなしていない。聡い彼女を欺くためとはいえ、一部の者に、ほんの少しの情報しか伝えず、また、本気で攻撃をしたことを、陛下に代わって詫びる」


 ざわめきの中に安堵の吐息が混じるが、次の言葉に、皆、息を飲んだ。


「我らは一度、敵軍(アレイオラ)の本隊と思わしき軍と、本国(フェリンランシャオ)に近い場所で激突している。発見が早かったこともあり、幸いなことに、特に被害は出ていない(・・・・・・・・・・)


 怪我の功名、結果オーライ──と言ってしまえば聞こえはいいが、そもそもギードの独断暴走が発端になったとは、死んでも言えない……。

 渋く苦い顔の当の本人をよそに、少年は、皇帝からの命令を伝えた。


「信頼する君たちに、陛下からの命を伝える! 君たちは表向きは『反乱軍』として、メタリア国内を逃げ回る。だが、実際は陛下の遊撃隊(・・・)として、この国の情報を探り、できる事なら、アレイオラ軍の戦力を削って欲しい」


 もちろん、補給物資の乏しい状況下で、無理をしてはいけない。 


「数日のうちに、決着はつく。それまで、耐えてくれ……」



  ◆◇◆



 時は、少し遡る。


 救出されたモルガの様子を見に、ソルは医務室の扉に手をかけ、そして立ち止まった。


(歌……?)


 かすかな、歌声が中から聴こえる。


「Aurum……Argentum……Brachium eius……」


 意味は解らない。

 ソルはそっと、扉を開け、そして凍り付いた。


「Aurum……Argentum……Brachium eius……」


 寝台の上に座るモルガの左腕が、眩く輝いていた。


 金色にも、銀色にも見える、不思議な色合いの左腕(それ)は、神々しくもあり、どこか禍々しくもあり。


「Aurum……Argentum……Brachium eius……」


 愛おしげな表情で、繰り返される不可思議な言葉は、歌のように聴こえたが、呪文のようでもある。


 ふと、どこから持ち出したのか、モルガの右手にはいびつな形の剣が握られていた。


「Aurum……Argentum……Brachium eius……autem……Obsidian Sanctum……」

「やめろッ!」


 ソルが慌てて部屋に飛び込んだが、間に合わず。

 モルガは自らの左腕を、躊躇いなく斬り落とした。


 大量の血が噴き出すとおもいきや、一滴も血が零れることなく、腕は金属的な音をたてて床に転がった。

 視線を戻すと、いびつな剣はザラザラと砂のように崩れ、モルガの左腕は、ちゃんと元のまま、そこに存在している(・・・・・・)


 当のモルガは、きょとんとした顔で、飛び込んできたソルを見つめていた。


「……何を、していた?」

「………………」


 伸ばしてきたモルガの右手を、パンッっと音を立てて、ソルははらう。


アレ(・・)はやめろ。ちゃんと自分の言葉(・・)で話せ!」


 一瞬ではあったが、怒涛のように頭の中に流れ込む映像(イメージ)。同時に襲われる、頭痛や吐き気の波。

 嫌そうに顔をしかめたソルに、モルガは難しそうに言葉を選ぶよう、たどたどしく口を開いた。

 

「……わからない」


 彼の言葉に、ソルは眉を(ひそ)める。


「わからない。おぼえてない。……でも、左腕、創らなきゃ(・・・・・)って、急に、そう思った。そんな気分になった」


 ルクレツィアの左腕か……。

 ソルは床に転がったままの、金の腕を抱えた。


 見た目より随分と軽く、しかし、金属質なのは間違いないようで、とても丈夫で傷一つ入らない。


 ぱっと見ただけでは、それが、どのような素材でできているのか、どのような構造になっているのか、理解不能(わからない)


「……モルガ、頼む。この力、今後絶対に(・・・)二度と使うな(・・・・・・)


 目を見開いたかとおもうと、すぐに目に見えて、しゅんと落ち込む弟子を、ギュッとソルは抱きしめた。


「お前は人間(ヒト)だ。神じゃない(・・・・・)。ヒトには過ぎた能力(きせき)を、安易に、やみくもに使うんじゃない」


 何か言いたそうに──しかし、うまく言葉にならないのか、「うー」とうなるモルガ。


 参ったな……と、抱きしめる手に力を籠め、ソルは小さくため息を吐く。

 これでは、せっかくの決意(・・)が、揺らいでしまうではないか……。



  ◆◇◆



 モルガを無理矢理寝台に押し込み、ソルはユーディンの元に向かう。


「……陛下」

「あー寝ます! 今からおとなしく休みますから!」


 室内に入った途端、慌てて寝台に潜り込むユーディンに、ソルは思わず頭を抱えた。

 無言で毛布を引っぺがすと、手にはしっかり杖が握られており……素振りをしていたことは明らかだった。


 笑ってごまかそうとするユーディンに、かしこまったように、再度「陛下」と、ソルは言う。


「お話がございます」

「……うん、わかった」


 寝台からのそのそと起き上がり、執務机の椅子に座る。


「先ほど、二等騎士(ラング)・オブシディアンより連絡が入りました。……二等騎士(ラング)・ビリジャンに、謀反の疑いあり。と」


 謀反。その言葉に、ユーディンの表情が固まる。


「自分も、そう思います。状況証拠ではありますが、匂わせる要素(・・)は、現時点でこちら側でも把握できている」

「………………」


 ユーディンは、無言でソルの言葉を聞いた。内容が内容なので、さすがに硬いが、特に悲観的だったり、絶望的な様子は見られない。


「故に、進む先は友軍ではなく敵軍です。作戦を、考え直す必要があります」

「このまま、進軍する」


 陛下! 予想外の言葉に、思わずソルは叫んだ。


「先遣隊と、ルクレツィアがいる。相手が裏切ったからって、「はい、そうですか」って、自分たちだけ、Uターンして帰るわけにはいかない。……でしょ?」


 それに……。と、ユーディンは立ち上がり、ソルの肩を、ポンっと叩く。


「一番、彼女にモノ申したいのは、君じゃないかな?」

「………………」


 ソルは無言で、言葉は返さなかった。


「ソル?」


 怪訝そうにユーディンが声をかけると、ソルは恭しく跪いた。


 そして、声を、懸命に絞り出す。


「陛下……妻の叛旗は、夫である私の不徳」


 どうか、毒杯を、賜りたく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ