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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
歯車狂いの夫婦編
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第五十六章 反乱の汚名

「何の、御用でしょうかのぉ?」


 機嫌の悪さを隠すことなく表情に出して、スフェーンが招かれざる客を睨んだ。

 スフェーンの隣には、例によってサフィリンが、キラキラと目を輝かせ、熱い視線で来客を出迎える。


 招かれざる客──チェーザレは、スフェーンに苦い表情を向けながら、それでも冷静に、口を開いた。


「二点ほど至急、貴公に確認したい事がある。……できれば、人払いを」

「確認?」


 訝しげな表情をしつつも、むくれるサフィリンをカイヤに預け、そして、以前と同じく椅子に座り、向かい合った。


「それで、確認、とは?」


 鋭い視線のスフェーンに、「単刀直入に」と、チェーザレは口を開いた。


「ジンカイト=ゴールデンベリル……という名に、聞き覚えは?」

「……? ジンカイトは、ワシらの父親の名前です。ゴールデンベリル家は親類で、昔、親父はその家に養子に出されとったけど、問題(・・)起こして、ヘリオドール家(実家)に突っ返されたとかなんとか……そう、昔、親父が言っとりましたが……」


 至急……と言っておきながら、自分たちが生まれる前の話を持ち出され、スフェーンの凛々しい眉が、ひくひくと動く。


「では、その問題(・・)については?」

「……一応、聞いとりますが、赤の他人(・・・・)に話せる内容ではないかと」


 それはそうだ。

 チェーザレはうなずき……そして、チェーザレの発した言葉に、スフェーンが凍り付いた。


「オレは、赤の他人(・・・・)では、無いと思うが」

「……オブシディアン公に、聞かれましたか?」


 チェーザレの父、ムニン=オブシディアンと、スフェーンの母、エリス=シャーマナイトは従兄妹同士の間柄であり……彼女を攫う形で駆け落ちをし、行方をくらませた元、闇の元素騎士。

 それが、スフェーンの父、ジンカイト=ヘリオドール。


 表情を凍り付かせるスフェーンに対し、思わず笑みがこぼれたが、「いいや」と、チェーザレは首を横に振った。


「父は、知らないだろう。もっとも、モリオン殿の(かお)で、色々察しているかもしれないが」

「では、誰から?」


 震えるスフェーンに、ニヤリと、チェーザレは満足そうに笑う。


「先ほど、ジンカイト殿、本人から」

「……父は、去年亡くなりましたが」


 ふざけないでいただきたい。と、睨むスフェーンに、チェーザレは肩をすくめた。


「そう、だからこちらもやや、眉唾でね。わざわざ確認しに来たわけなのだよ。彼の言う言葉が、信用できる話かどうか。……たしか、こうも言っていたな。「スフェーンは実は人混みが苦手で、人のごったがえすメインストリートやお祭りで、しょっちゅう迷子になっていた」と……割と最近も……」

「わーッ! わーッ! わーッ!」


 スフェーンが、湯気が出るほど赤面して、チェーザレの言葉を遮ったところをみると、本当の事らしい。


 嫌な相手に弱点(よわみ)を握られ、スフェーンはギリリと歯を食いしばった。


「なるほど。彼の言葉は信用に足る……ということか。それではもう一つ。モリオン殿の婚約者について。貴殿は面識があると聞いた」

「……そりゃ、デカルトさんには、忙しい父の代わりに、何度か会ったことありますけど。でも、姉本人に聞いた方がいいかと」


 機嫌を損ね、ふてくされるスフェーンに、「そうもいかない」と、チェーザレは首を横に振った。


「さすがのオレも、婚約者当人に言うのは、少々酷な気がしてな……」

「……どういう、ことです?」


 チョイチョイ……と手招きされ、怪訝に思いながらも、スフェーンはチェーザレに顔を寄せる。

 ごにょごにょ……と、チェーザレは、彼に耳打ちし──。


「はいーッ?」


 スフェーンは、素っ頓狂な声を上げた。



  ◆◇◆



 地の利はメタリア側にあったが、うっそうと茂る木々を味方に付け、精霊機デメテリウスを駆るデカルトは、優位とはいかないものの、なんとか被害を最小限に抑えつつ、撤退を続けていた。


「だ、だいぶ、コツがつかめてきた……カナ……?」


 後ろに構えるヨシュアの鋭い視線(プレッシャー)と、弓……今まで使ったことの無い武装にヒヤヒヤしつつも、それを他の者たちに悟られないよう、デカルトは声を張り上げ、鼓舞した。


「みんな! もうすぐ、陛下の部隊が合流する! 頑張って生き残ろう!」


 そんな時だった。


『上だッ!』


 ヨシュアの言葉に、デカルトは反射的に剣を受けた。

 金属同士のぶつかる甲高い音が周囲に響き、衝撃にデカルトは歯を食いしばる。


 淡い緑の機体ヴァイオレント・ドール

 敵軍(アレイオラ)でも、友軍(メタリア)でも、一度も見たことの無い|ヴァイオレント・ドール《VD》が、デメテリウスに向かって、剣を振りかぶった。


 その機体の放つ、識別は、『味方(フェリンランシャオ)』──。


「誰ッ! そこに乗っているのは!」


 通信を一方的にこじ開け、怒鳴り込んできた顔を見て、デカルトは息を飲んだ。


「貴方……」

「……二等騎士(ラング)・ビリジャンッ! 一体どういうことか、説明いただきたい!」


 呆気にとられるサフィニアに対し、デカルトはキッと睨んで、サフィニアを糾弾する。


「説明するのは、貴方の方です! 三等騎士(リイヤ)・ガレフィス!」


 虚を突かれたのは一瞬で、彼女はすぐに怒りを顔に滲ませて、大振りの剣を振りかぶった。

 受ける重たい衝撃に、デカルトは顔を歪ませる。


「何故、(わたくし)のデメテリウスに乗っているのです!」

「それは……ヨシュアが無理矢理……」


 ヨシュアの名を聞き、彼女の目が見開かれる。


「何故、貴方がヨシュアの名を知っているのです!」


 沸々と沸きあがる、暗い感情。


 精霊機デメテリウスは、緑の帝国(メタリア)の守り神。

 その機体に宿る精霊(ヨシュア)の名を知る者は、ほんの一部の、ごくわずかに限られて──。


 間違っても、一小隊を率いるだけ(・・)の男が、知るはずの無い名前。


 どうして……どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてッ!


「どうしてッ! 貴方がッ!」

「くッ……」


 普段冷静な彼女とは思えないほどの、荒々しく雑な攻撃。

 しかし、その一撃は、普段の彼女からは考えられないほどの、攻撃力を有し、デメテリウスを吹き飛ばした。


 そんな、時だった。


「ちょっと! なんで、デメテリウスと新型(ウラニア)が戦ってるの?」


 通信に割って入った人間を見て、二人は目を見開いた。


 朱色の目を見開き、これでもかというほど驚いている、皇帝陛下(ユーディン)


「へ、陛下……」

「反乱です!」


 なッ……目を見開いて、デカルトは驚く。

 そんな彼に対して、デカルトの口から言葉を、一言も発させてなるものかと、サフィニアが早口でユーディンに報告をした。


「首謀者はデカルト=ガレフィス! 敵国(アレイオラ)と通じ、(わたくし)のデメテリウスを奪った反逆者ですわ!」

「ちょ……」


 サフィニアの言葉を受け、ざわり……と、デカルトと一緒に攻撃を受けていた者たちも、狼狽える。


「そ、そんなことはありません! 陛下! 我らは……」

「わかった。サフィニア」


 皇帝の言葉に、デカルトは言葉を失った。


反乱軍を捕らえよ(・・・・・・・・)!」


 それは、デカルトたちにとって、絶望的な言葉。

 デカルトは、ただ、声を絞りだすのが、精いっぱいだった。


「……皆に告ぐ! 退くぞッ! 撤退する(・・・・)!」

「撤退って! いったいどこに(・・・)です!」


 混乱する騎士たちに、デカルトは声を絞り出し、続ける。


「いいから! ただし、我らは陛下の兵(・・・・)だ。同じ(・・)陛下の兵を(・・・・・)傷つけ(・・・)また汚名を(・・・・・)着せられたまま(・・・・・・・)死ぬことは(・・・・・)許さない(・・・・)!」


 デカルトの命令は、誰がきいても無茶苦茶だった。

 しかし、反乱軍の汚名を着せられたまま死ぬなど、まっぴら御免だと、誰もが思った。


 主にアルヘナ隊が先陣をきり、また、デカルト自身がしんがりをつとめる形で、彼らは撤退を開始する。


 ユーディン率いる本隊から追手がかかったが、デカルトの命じた言葉通り、誰一人、相手を攻撃する者はいなかった。

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