第五十章 戦士の矜持 騎士の見様
「馬鹿かお前は!」
最小限の被害に抑え、敵を撤退に追い込んだユーディンだったが、帰還して機体から降りた途端、待ち構えていたギードに罵倒された。
今更不敬も何もあったものではないが、突然のことに思わずユーディンは呆気にとられ、ぽかんと口を開く。
「なんで怒鳴られたか、解ってねぇ……って、顔してやがんな」
はぁ……と、ギードは大袈裟にため息を吐いた。
自分の知らなかった、精霊機の『機能』。ギード自身、ステラに聞かされても、信じられない話ではあったが。
「敵の大将とサシで殺り合って、水の精霊機もぶん捕るチャンスだったってーのに、なんで操者を説得なんて真似して、撤退させてんだ」
「あ……」
考えつきもしなかったギードの言葉に、思わず、ユーディンが言葉を失った。
しかし、首をぶんぶんと振ると、ギードに自分の意思を訴える。
「でも、だって。そんなことしたら、誰が……」
アレイオラ軍を、撤退させるのか。言葉をつづける前に、ギードが遮ってたたみかけた。
「相手を撤退させる必要なんかねぇし、攻め込んで来る敵は、さっきみたいに徹底的に叩き潰せばいい。あの程度なら、オレらが引っ込んだ代わりに、コッチのVD連中出撃させて戦わせても、勝てない数じゃなかった」
ギードの言葉に、ユーディンは唇を噛む。
怒りが治まらないのか、ユーディンの無言を『肯定』と受け止めたか、ギードはさらに、ユーディンに暴言をぶつけた。
「上に立つ者が兵の死を恐れるな! 身内が無傷の戦争なんてあり得ん! 勝てる戦いしかしないのなら、やっぱりテメェは甘ちゃん皇帝だってことだ!」
◆◇◆
「馬鹿ですか貴方は」
開口一番、震えるチェーザレの声が響く。
まさか、ギードと同じことを言われるとは思わず、ユーディンは唇を噛んだ。
やはり、チェーザレも、あの場は「正面から戦うべきだった」と、言うのだろうか。と、ユーディンは落ち込んで、しゅんと肩を落とす。
しかし、次の彼の言葉は、意外なものであった。
「しかしながら、ポセイダルナ率いる隊との戦闘を回避したところだけは、褒めましょう」
「……え?」
通信機越しのユーディンの気の抜けた馬鹿面に、「上に立つ者が、そんな顔をするな」と、チェーザレは眉間にしわを寄せる。
「てっきりチェーザレにも、ギードみたいに「正面からぶつかれ!」って、言われるかと思った」
ギードに言われた事を、チェーザレに話すと、はぁ──と、チェーザレはため息を吐きながら、頭を抱えた。
「そこが、奴が指揮官としてド三流たる所以です。戦士としてなら、それで上等かもしれませんが、何でもかんでも真っ向勝負、正面からぶつかっていけば良い──というワケではない」
猪か奴は。と、チェーザレらしい言い回しに、ユーディンは思わず苦笑を浮かべた。
チェーザレの調子に、少し安心したのか、ユーディンはぽつり、ぽつりと、思っていることを口にする。
「別に、ボクはギードが言うほど、兵が死ぬことが、怖いわけじゃない。ボクはたぶん、彼が思ってるほど甘くも無いし、臆病でもない。どちらかというと……たぶん、もう一人のボクと比べても、人でなしの部類だと思う」
ただ……と、ユーディンは呟くように続けた。
「戦略的に、真正面からぶつかって戦うのは、今じゃないと、思ったんだ」
「正論です。今の状況は、メタリアへの援軍に向かっている最中。そんな時に兵の数を減らす馬鹿が、どこにいますか」
はぁ……と、チェーザレは再度、ため息を吐いた。
「ここまでは百点です。花丸をあげましょう。しかし……」
雲行きの怪しさに、びくりと、ユーディンは震える。
「問題は相手を撤退させた方法です! いくら陛下が白兵戦に自信があるからって、心臓内で、反撃されたらどうするつもりだったんですかッ! おいッ! 聴いてんのかこの羽目達磨ッ! 貴様も同罪だぞ!」
ヘルメガータの心臓で、モルガの様子を看ていたアックスが、唐突に呼ばれ、びくりと思わず姿を現した。
「んな事言われてものぉ……」
チェーザレの言葉通りの姿──大小三十六対の黄金の翼をはためかせ、無数の目を細めて、アックスは唇を尖らせる。
アレスフィードの心臓を引き寄せて、まるごと座標を合わせたのか、ヘルメガータの心臓に居るはずのアックスの背後には、どす黒い大きな繭が鎮座していた。
以前見たモノより、遥かに巨大な其れを、チェーザレは目を細め、じっと見る。
「あ、アックス。モルガの様子は?」
チェーザレの話をそらすように、わざとらしくユーディンがアックスに問いかけた。
その意図をくんで、アックスもユーディンの調子に、乗るように答える。
「今、よーやっと落ち着いて、眠ったところじゃ」
しぃ……と、人差し指をたてて、チェーザレに目配せする。
二人が話を全力でそらして、有耶無耶にする気だとすぐにわかったが、チェーザレはあえてこの場では怒りを呑み込み、追求しないことにした。
「ダァトの判断で、邪神は封じられたのではなかったのか?」
チェーザレの言葉に、「うんにゃ」と、アックスは首を横に振る。
「ダァトはあくまで、「エノクが手を出して機能不全に陥ったシャダイ・エル・カイ」を、問題なく動けるようにしただけじゃ。元来、神と邪神は表裏一体。反転は、堕ちたる存在、忌むべき存在と嫌がる神も多いが、元々備わっとる機能じゃし……」
ただ……と、アックスも言葉を詰まらせる。
「ワシも想定外じゃったというか……まさか兄ちゃんが、壊れた部分を補うために、動いている神ではなく、眠った邪神の方を、力の源にしてくるとは、思わんかった」
「それって、つまり……」
ユーディンの言葉を、アックスは遮る。
彼の言わんとしていることは理解できるし、アックスだって、それが事実だと、受け止めている。
しかし。
「兄ちゃんは人間じゃ。誰かが人間としての兄ちゃんを望む限り──誰かが人間としての兄ちゃんを否定しない限りは……」
もっとも……と、アックスは小さく、ため息を吐いた。
「先の戦闘での圧倒的な破壊力……現状、この場において、邪神として崇められても、人間としての兄ちゃんを望む者は、極めて少ないんじゃないかと、思うがの」




