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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
激闘の砂漠編
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第四十九章 青の国の皇子

 藍の空が、東雲に移り行く。

 大地には大量の黒い煤けた瓦礫が散乱し、小さな炎が、幾か所にて、くすぶっていた。


 茜色の光に照らされた中、動く機影は四つ。


「ほう、生きておったか」

「……」


 言葉にならない複雑な感情が入り交じり、通信越しのギードは、淡々と言葉を放つユーディンに、何とも言えないような渋い顔を浮かべた。

 さすがにVDでは、精霊機の能力(ちから)には遠く及ばず──戦績のほとんどはヘルメガータおよびヘパイストのあげた功績ではあるのだが──二千機以上の相手と戦い抜き、生きているということは、腐っても『元』元素騎士は伊達ではない。ということらしい。


 もっとも、ギード自身満身創痍であり、黒いエラトも、強化した腕がバチバチと火花を散らし、機体も限界であるように見えたが。


 罷免される(ルツとカイに嫌われる)前に、真面目にやっとりゃよかったのに……と、アックスが思わずため息を吐いた。


 そうすれば、兄ちゃんは──ヘルメガータの九天(コックピット)の中で、化物(アィーアツブス)の姿のまま、赤い目を瞑り、大きく肥大した身体を丸めるように抱えて動かない兄の頭を、アックスは撫でる。


「……下! ご……ですか!」


 途切れ途切れの、ざらつく通信が四機に入る。

 遠目に写る、巻き上げられた砂埃──その中、こちらに向かって移動してくる、複数の簡易ドックの影。


「ソルか。出迎えご苦労であった」

「お言葉は、それだけですか?」


 通信越しの──怒りに顔を歪ませる、第五整備班長の言葉は震えていた。


「……ギード・ザイン(諸悪の根源)の処遇はまかせる。貴様の好きにしていいぞ」

「そうじゃありません! 「何勝手に出撃してんだこの短絡的ド阿呆皇帝!」 ……との二等騎士(ラング)・オブシディアンからの伝言です」


 げぇ……と、露骨にアックスが嫌そうな顔を浮かべ、ユーディンもやや、表情を固まらせる。


「チェーザレに報告済みか。手が……いや、口が早いな」

「当たり前でしょう! 立場(・・)ってモノを考えてください!」


 まだ、もう一人(・・・・)の方が、聞き分けが良い……ソルの言葉に、ムッとユーディンは顔をしかめた。


「とにかく、話は後です。全員、こっちに戻って……」

「……Nondum(まだ)


 え……? と、アックスが顔をあげる。ユーディンも思わず、振り返った。


 いつの間にかモルガの赤い目が、ギラギラと輝くように見開かれている。


「|Sacrificiumイケニエ……Veni huc(こっちに来た)……」


 ゆっくりと体を起こし、モルガは巨大な黒い翼を震えさせた。

 ヒトより幾分長い舌で、うっとりと自分の唇を舐める。


「生贄?」


 何の事だ? と、ユーディンが問う前に、数を幾分か減らしたものの、いまだ健在の『眼球』が、群れを成して東の空に向かって飛んで行く。


 そして。それから間髪入れず──。


「なッ!」


 何かが爆発する音が響き、そして、こちらに向かって飛んでくる、無数の光線や実弾。


「うぉあッ!」

「きゃあッ!」


 ギードとステラが悲鳴をあげた。

 遥か遠く──『眼球』の飛んで行った方向に、何やら機影らしきものは見えるが、具体的な数や規模は判らず。


「うぐッ」


 突如襲い来る振動──そうこうしているうちに、砲弾(大きな金属の塊)が、アレスフィードの左足に直撃し、勢いからバランスを崩して、白い精霊機は地面に叩きつけられた。


 しこたま頭を打ち付けたユーディンが、よろよろと起き上がる。


「い……ったぁ……」


 目に涙をため、ユーディンはぶつけた頭を抑える。


 陛下ってもしかして、頭を打つと、元に戻るんかのぉ──。

 呑気にそんなことを考えてはいたが、アレスフィードの損傷した左足からくる激痛に、さすがのアックスも顔を歪ませる。


「陛下ッ!」

「ソル! ストップ! ストーップ! ドックのみんなは、それ以上、こっち来ちゃダメーッ!」


 慌ててユーディンは、ソルに一旦停止、敵機部隊から距離を取るよう命じた。


「エノク! 相手の規模はッ!」

「はい! エヘ──じゃなくて、アックス様! ドックの数はさっきよりマシ(・・・・・・・)ですが五十! あと……その、精霊機反応! 水の精霊機(ポセイダルナ)です!」

「げぇッ!」


 ギードが再度、潰れたような悲鳴をあげる。声を出さなかったが、ユーディンもステラもアックスも、気持ちは一緒だ。


「オレのエラト、限界ッスよ! もう!」

「わ、私はまだまだいけます!」


 そうは言うが、ひっくり返る声の末尾は震えて──あきらかな強がりを言うステラに、ユーディンは腹をくくる。


四等騎士(イル)・ザインおよび三等騎士(リイヤ)・プラーナ。お疲れ様。君たちはヘルメーガータを抱えて、ドックまで退避して」

『はぁッ?』


 ギードとステラ、加えてソルが、「何を考えているんだ」と、素っ頓狂な声をあげた。


「ボクに、考えがある。なぁにボクなら大丈夫だ」


 ステラに負けず劣らず、ユーディンの声が、ひっくり返りかけている。

 それでも、彼はニコリと笑って、付け加えた。


「なんてったってこっちには、神様(・・)が、ついてるんだから」



  ◆◇◆



 自分の考えを伝えたところ、「相手に拒絶されるかもしれないが」と、アックスはユーディンに前置きをした。


 しかし、運よく、うまい具合に、アックスはポセイダルナの心臓(コックピット)座標を合わせる(・・・・・・・)


「お初にお目にかかる」

「ッ!」


 驚いたような表情を浮かべる、二十代前半(自分と同じくらいの歳)の男。

 その髪と瞳は、一際鮮やかで、深い、青い色──。


 ユーディンの対極(朱色)の視線が、ジッと彼を貫いた。


アレイオラ(かの国)の、高貴な身分のお方とお見受けする」


 どういう状況か、理解できない──そんな表情の彼の目の前で、ユーディンは杖の鞘を抜き、彼の目の前で一閃する。


「ボクは、風の操者(・・・・)。フェリンランシャオ帝国皇帝、ユーディン=バーミリオン」


 彼の鼻先から、つっと、赤い血が滲んだ。

 そのまま、彼の首元に、刃を当てる。


どうか(・・・)退いては(・・・・)もらえまいか(・・・・・・)


 いつでもその首、もらい受けるぞ。との、気迫を込めて。


 無言の男に、ユーディンは再度刃を振り、彼の身に着けていた、大粒の赤い石の付いた耳飾りを斬り落とし、再度、「退け」と、繰り返す。


「一つだけ教えろ」


 ギリっと奥歯を噛みしめるよう、苦い表情の男は、声を絞り出してユーディンに問う。


前の(・・)風の操者(・・・・)は、どうした」

「……今は、等しく神の御前(おんまえ)に」


 我が国の廟に、丁重に葬った。

 凛とした声で、正直に、ユーディンは、彼に教えた。


 彼は手で顔を覆い、目を伏せる。

 しかし、ため息を一つ吐くと、先ほど以上の敵意を向け、そしてユーディンを強く睨みつけた。


「我は、水の操者(・・・・)。アレイオラ帝国第一皇子にて皇太子、アサル=コバルト」


 ()の仇、いずれ取らせてもらう。


 憎悪の色を()に混ぜ、ユーディンをねめつけながら、敵国の皇太子(アサル)は撤退命令を下した。

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