第四十五章 背信者
「あのぉー、いい加減、解放してくれませんかねぇ」
自分のしたことを棚に上げ、引きつった笑みを浮かべるギード。
動くたびに、太い鎖が体に食い込む。
ユーディンが、顔をあげ、ジトッと睨んだ。
「そうか。死ぬか」
「陛下、ストップ。ストーップ」
べきべきと指を鳴らし、脇に立てかけられた仕込み刃の杖に手をかけようとしたユーディンを、どうどう、と、アックスが止める。
「今なら戦死で片がつくと思うが……」
「本隊は、まだアレイオラと戦ってないんでダメです!」
そういう問題なのか──ごくりと、ギードが唾を呑み込む。
「一応、こんなのでも、役立つ事があるかもしれませんし! な! オッサン!」
「あぁッ?」
妙に強調されるアックスの言葉が色々引っかかり、ムカッとギードが怒鳴り返した。
「誰がオッサンだッ! オレはまだ二十代だっての!」
え……と、一瞬、その言葉には、アックスだけではなく隣のユーディンも、言葉が詰まる。
長くぼさぼさの赤い髪。
先ほどのソルよりはマシなレベルの話ではあるが、ほのかに漂う酒と煙草臭い息。
極めつけに、ボーボーの無精ひげ。
三十──いや、下手すると四十くらいは軽く超えていると、二人は思っていた。
「あー、一番ショックだなー。それ……」
本気で落ち込むギードに、思わずアックスが口を開いた。
「じゃぁもうちょっと、身なり気にしろよ……」
「怪しい仮面のお前に言われたくないわ!」
それはもっともだ! 悔しいけど正論をぶつけられ、ぐぬぬ……と、アックスは唇をかむ。
アックスを無視してゴホンと、咳払いし、ギードが改めて口を開いた。
「そんな事より、ちょいと取引しませんか? 陛下」
「命乞いか?」
いいや。ギードは首を振り、ニンマリと口をゆがめる。
「取引だと、言ったでしょう? 例えばそこのガキや、オレから元素騎士の位を剥奪した、マルーンのクソガキに、神が宿ってる……とか」
ぎょっと、アックスが目を見開いた。
あの時──ソルの部屋で対面した時は、アックスはちゃんと姿を隠し、姿も見られていない筈だ。
ギードもギードで、四等騎士に降格した現在では、限られた式典にしか出席できず、また、列席で来たとしても、かなりの末席となり、明確に見える位置にいるとは思えない。
つうっと、アックスの背中に、冷たい汗が流れる。
「なぁに、簡単な話です。当代の神女長。実はアレ、オレの女なんですよね」
「はぁ?」
さすがにユーディンも、目を見開いて驚いた。
フェリンランシャオの巫女を統べる、神女長。
代々未婚の女性が就く位であり、今まで神女長と騎士の恋愛譚や婚姻譚による神女長退任……といった話が、過去に無かったワケでもなかったが……。
「……今、頭ん中で、「神女長ってば、悪趣味ぃー」……とか思ってるだろ」
「……」
全力でギードから視線を逸らすユーディンとアックス。無言を肯定と受け止め、はぁ……と、ため息を吐いた。
「ホント、オレから見ても馬鹿正直っつーか、揃いも揃って交渉事、向いてないな。お前ら」
やっぱり、隊長あたりが居ないとダメだこりゃ……ギードの言葉に、ムッと、ユーディンが眉間にしわを寄せた。
「何が言いたい……聞いてやるから、用件は端的に言え」
貴様と遊んでいる暇はない──と、短気な修羅が杖の鞘を抜きかけ、ギードが慌てて口を開いた。
「だーッ! もうッ! その、オレもですね! ちょいと立場が危ういんですよ! 「元々素行が悪い上に、降格、叙任された元素騎士……お荷物な駒はいらない」と宰相殿から縁を切られちゃいましてね……こう見えて、一応オレ、フェリンランシャオ建国から続いてる、名門ザイン家の次期当主候補なんで」
あぁ……と、アックスはめんどくさそうに、小さくため息を吐いた。
よくある、お家騒動とか、跡目争いとか、そんな感じか……?
「正直言いますと、神が降りたとかいう、そこのガキどもの情報とか眉唾でしたし、陛下の首を手土産に、宰相殿にもう一回取り入ろうとか思ってましたけど! なんつーか、陛下ってば、無茶苦茶強いですし、宰相殿見限ってそっちに着いた方が、面白そうというか、なんというか……」
「……貴様も少々、感想が馬鹿正直すぎはしないか?」
もうよい……と、ため息を吐きながら、ユーディンは杖を片手に立ち上がる。
ひと振り、ふた振り──剣を振ると、バラバラと音を立てて鎖が千切れた。
「おありがとうございます」
手足を振りながら、ギードは立ち上がる。
その顔に、ニヤリとした笑みを張り付けて。
「言っておくが、信用したわけではない」
貴様の、働き次第だ。剣を鞘に戻し、ユーディンは踵を返した。
◆◇◆
「はぁ……ギード殿が……」
夜も更けた中、アレスフィードを介し、ユーディンとアックスがルクレツィアに連絡を入れる。
ギードの言葉は、嘘か誠か──現段階では、ルクレツィアも判断しづらい部分がある話だ。
しかし。
「僭越ながら陛下……その、大変言いにくいのですが」
一つだけ、ルクレツィアにも、言える事があった。
「当代の神女長キーラ=ザインは、四等騎士・ザインの姉です」
たばかられた……ぶるぶると拳を握り、ユーディンの顔が紅潮する。
もっとも、「血筋血統にこだわる宰相と自分は違う」……という部分に逆にこだわり過ぎて、要職に就く者たちの出自をうっかり把握していなかった自分が悪かった話ではあるが。
「と、とにかく、神女長が、弟とはいえ四等騎士・ザインに、神殿内の情報をもたらしたことが気になります」
ルクレツィアは腕を組み、そして考える。
「兄……二等騎士・オブシディアンに、私から帝都の神女長に当たってもらうよう、頼んでみましょう」
「……」
無言のユーディンの代わりに、アックスが「おねがいしまーす!」と、明るく答えた。
◆◇◆
暗闇の中、ヘルメガータの足元に、モルガはぼんやりと座っていた。
日が落ちる前に一度、ソルや第五整備班の面々が、モルガを自室へと送っていったのだが、ルツを目の代わりにし、再度、ここまで歩いて来ていた。
といっても、特に目的があったわけではない。
「……」
ごろり……と、モルガは横になる。
朝──カイと入れ替わり、久しぶりに自分の肉体を動かして。
(ここまで、難しいモノじゃったかのぉ……?)
大切な人の悲鳴を、聴きたくない。
自分が、人を傷つけるところを見たくない。
化物に、なるくらいなら、死んだ方が……。
(辛いなら、代わろうか?)
カイに問われ、モルガは今の気持ちに相当する言葉を探す。
(……返答に困るくらいなら、まだ大丈夫だよ。モルガ)
しかし、急に彼の声が、緊張感を帯びた。
(誰か来たようだが……奴か。気をつけろ)
(……誰?)
「こんな所にいたのか」
ぼんやりと目の前に浮かぶ、白い点と、くぐもって聴こえる、低い声。
ルツが警戒する気配がする。と思ったら、ヘルメガータが小さく振動した。
「ふーん……また勝手に動くか……操者に忠実で、良い心がけじゃねーか」
オレの時にゃ、ちっともそんな事なかったのにな……と、悪態をつきながら男が、無理矢理モルガの腕をつかんで、ぶら下げるように立たせた。
「まぁいいや。とっとと自分の機体に乗りな。元素騎士様よ」




