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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
混乱のメタリア編
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第四十章 騎士の流儀 技師の流儀

 地宮軍のVDを載せ、移動式の簡易ドックの集団が、砂漠の大地を移動する。


「失礼します。陛下。ラング・ビリジャン(サフィニア様)が連れていた、我が闇宮軍所属の師団長と連絡が取れまし……」


 ルクレツィアに不意に声をかけられ、ユーディンが飛び上がるように逃げた。


「あ、申し訳ございません……」

「いや、ゴメン……こっちこそ……」


 執務机の陰に隠れながら、ユーディンが謝る。

 そのままの状況で、「報告の続き、おねがい」と、ユーディンが言うので、ルクレツィアはやや声を大きく張り上げた。


「はい。では……陛下の予測通り、サフィニア様は機動力の高いVD(ヴァイオレントドール)隊を編成し、メタリアへ先行したそうです。ジェダイ様戦死の報は、既に入っているそうで……大きな混乱はないようですが……」

「そう……」


 ユーディンが、はぁ……と、ため息を吐く。


「一応、周囲を警戒させながら、こちらとの合流を待ちますか?」

「いや。このままでいい。……チェーザレに怒られると思ってあの場では言わなかったけど、君は、例のあの移動方法を使って、そのままサフィニアが置いて行った隊を指揮して、メタリアに向かって欲しいんだ」


 ルクレツィアが、目を見開いた。


「わ、私が……ですか?」


 うん、と、机の影から顔をのぞかせ、ユーディンがうなずく。


「君だって、日々、経験は積んでいるはずだし、元素騎士歴は浅くとも、騎士歴はそれなりに長い」


 十分、自信もって良いと思うよ。と、ユーディンがにっこりと笑った。


 しかし。


「陛下! 大変です!」


 入り口を塞ぐように立っていたルクレツィアを巻き込む形で、急にステラが室内に転がり込み、再度ユーディンは飛び上がった。


「ステラ―ッ!」

「ご、ごめんなさい! 緊急事態なんですッ!」


 非難の声をあげるユーディンに対し、どうした? と、ルクレツィアが起き上がりながらステラに落ち着いた口調で問う。


「喧嘩です! 兄様と、モル君と、あのバカが……」

「バ……カ……?」

「あ……えと、アキシナイト=ヘリオドールです!」


 目が点になるユーディンとルクレツィアに、ゴホゴホ──と、咳ばらいをして、誤魔化しながら、ステラが言いなおした。


「とにかく! 私じゃ手に負えません! 陛下! 手伝ってください!」



  ◆◇◆



 何かが壊れる音が、部屋の外にも漏れている。

 そのドアを塞ぐよう、仮面の地の元素騎士が立ち、無言の圧力で野次馬と対峙する。


「カイ……」


 ルクレツィアとステラ、そして、少し離れてユーディンが現れ、バラバラと野次馬が散っていった。


「何があった?」

「……」


 むっすりと、カイは口を横に結ぶ。


「神と人間が殴り合う(・・・・)様など、とても見せられん」


 よくよく見ると、巻き添えをくらって殴られたのか、頬が赤く腫れていた。


 ユーディンがそっと、部屋のドアを開ける。


「うわ……」


 ユーディン以外は口にしなかったが、思ったことは皆同じだった。


 酒臭ッ!


 細く開いたドアの向こうは、無数の紙や本が散乱し、酒瓶が大量に転がり、そして──。


「ッ!」


 つい先ほどまで、「元に戻る方法を得た!」と、ご機嫌だったはずの羽目達磨(アックス)が、半分近く黒く染まった状態で、へべれけのべろんべろんに酔っぱらった、真っ赤な顔のソルと、お互いにクロスカウンターを決めた瞬間だった。


「ストーップ! 二人ともストップ! カイ! アックスを止めて!」

了承(・・)した!」


 倒れたソルを抑え込みながら、ユーディンが指示を飛ばした。カイも嫌がることなく、アックスを羽交い絞めにする。


「ソル……飲み過ぎだよ。どうしたの……?」

「|どうしたもこうしたもあるもんか《ろうしたもほうしたもありゅもんふぁ》……」


 完全に、ろれつの回っていないソル。

 アックスも頭に血がのぼっているうえに、半分反転しているため、文字通り話にならない(・・・・・・)


 エヘイエーの反転(バチカル)の恐ろしさを身をもって経験したユーディンは、半分とはいえ、よく死ななかったな……と、自分の膝の上で寝息をたてだしたソルに、苦笑を浮かべた。



  ◆◇◆



「あー……事の発端は……その、()が、師匠(ソル=プラーナ)に、モルガの現状説明に向かったことなのだが……」


 言いにくそうに、カイが口を開いた。


 ソルを寝台に寝させ、一同はぐちゃぐちゃに物が散乱する部屋を片付ける。


「それが、なんでアックスと殴り合いになってんの……」

「アイツ、いきなり兄ちゃんに「破門」って言いやがったんじゃ!」


 アックスの無数の翼が、びりびりと震える。

 一応、意思疎通ができる(喋れる)ようになるまでは落ち着いたようだが、怒りを思い出したせいか、黒ずみが再度体中に広がり、わわわ……と、ユーディンが慌てた。


「まぁ、我らが師匠を訪ねた時点で、既に、あの状態ではあったがな」


 転がる酒瓶を指さし、カイがため息を吐く。


「お酒……かぁ……」


 ユーディンもつられて、ため息を吐いた。


 元々ソルは酒が好きであり、任務中の一口二口──整備の合間の支障が出ない程度であれば、ユーディンやチェーザレは大目にみていたが、ソルがあんなに目に見えて酔っぱらったところなど、プライベートでもユーディンは見たことがない。


 理由は、やはり──。


「サフィニア、かなぁ……」


 ユーディンの言葉に、ドキリ──と、アックスは動きを止めた。


「どうしたの?」

「え……んにゃ、なんもない」


 ぶんぶんと手を振る。


「なんでもないことはないだろう……」


 寝台の上のソルが、アックスに殴られた頬を押さえながら起き上がる。


「サフィニアは、貴様から聞いたと、言っていたぞ」

「わ、ワシじゃなくてミカじゃし……っつーか、アンタ、あの話(・・・)、聞いたんか……」


 狼狽えるアックスに、当たり前だ……と、睨む。


 何の話かわからない一同は、口出しできないまま、再び訪れる険悪な状況に、おろおろと成り行きを見守った。


「神だかなんだか知らんが、何故、無理矢理にでも、彼女を止めなかった!」

「なッ! ワシゃー口止めされとったし、やっぱりこーゆー場合、止めるのは()であり、父親(・・)の役割じゃろーがッ!」


 ガンッ──ソルの投げた分厚い本の背表紙が、アックスの顔面に直撃した。反射的にアックスがその本を投げ返し、再び二人の手が出始めた。


「わわわ……ちょ、やめ……」


 ユーディンがカイに目で訴え、カイが止めようと動こうとしたその時。



 パァンッ!



 突然、一発の銃声が響き、一同、思わず動きを止めた。


「二人とも、いい加減にしなさいッ!」


 白く細い煙を吐く銃を構えたのは、ステラ。


 彼女の正面に位置する特殊加工を施した窓に、小さな無数のヒビが入り、ポロリと弾がこぼれた。


「結果的に、お義姉(ねえ)様を止められなかったのだから、兄様もアックス(そこのバカ)と同罪です!」

「おい……」


 露骨なバカ扱いに、アックスが顔を引きつらせる。が、見たことのないステラの剣幕に、思わず固まった。


「他人に八つ当たりなんて見苦しい(・・・・)真似はやめて、そのイライラを人にぶつけるのではなく、兄様らしい方向(・・・・・・・)に、ぶつけなさい!」


 そう言うと、くるりと踵を返し、ステラは部屋を出ていく。


「あ、おい……」


 ルクレツィアがステラを追おうとするが、右手を後ろから掴まれて、振り返る。


 朱髪の騎士──ヘパイストの精霊が、跪いてルクレツィアを制止した。

 彼は、赤い目を細めて、にっこりとほほ笑む。


『どうぞ、そっとしておいてあげてください。彼女なら、大丈夫ですから』

「いい度胸だなエレミヤ(・・・・)……」


 振り返ると、不機嫌そうなカイが、ルクレツィアと精霊を睨んだ。


 仮面の奥から紫の瞳がギラギラと輝き、モルガの色をした髪の毛が、室内で風もないのに、ざわざわとうごめく。

「これは、自分のものだ」とでも言わんばかりに、ギュっと後ろからルクレツィアを抱きしめた。


 精霊の姿は自分(ユーディン)には見えないが、聞き覚えのある名前に、ユーディンは思わず納得した。


(そうか。モルガの言ってた『へパのあんちゃん』って……エレミヤの事だったんだ……)


 破壊神の記憶()の中で会った、戦巫女(ヤエル)の、真面目で、そして優しい従者。


『シャダイ・エル・カイ様……その、私は、そんなつもりでは……』

「困っているじゃないか……ほら、わかったから。ステラを頼むぞ」


 御意。ルクレツィアに頭を下げ、エレミヤは立ち上がって、ステラを追った。


 さて……と、ユーディンは立ち上がると、ベッドの上で呆然としたままのソルの隣に、どさりと座る。


「ねぇ、ソル。ステラの言うことは、ボクも、もっともだと思うよ」


 ユーディンの言葉に、ハッと、ソルは顔をあげた。


 酔いが完全に醒めきっていないソルを、ユーディンは抱きしめる。


「そうだね……。弟子(・・)も帰ってきたことだし、君の流儀(・・・・)で、サフィニアを迎えに行こう。……ネ!」

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