第三十九章 混乱の足音
「──下、起きてください陛下!」
ぱっちりと目を開けると、間近にチェーザレの見慣れた黒い瞳が、ユーディンをのぞき込んでいた。
「あ……」
「うなされてましたが……何か、嫌な夢でも……」
ユーディンは無言で、ゆっくりと体を起こした。
チェーザレの言う通り、これは、夢、だったのだろうか。
今だ脳裏にこびりつく、鮮明な記憶に、頭を抱える。
「すみません。非常事態ですので結論だけ。メタリア皇帝ジェダイ様が、崩御されたとのことです」
「なんだって!」
チェーザレの言葉に、ユーディンの思考は、一気に現実に戻る。
「サフィニアは!」
「不明です。そう簡単に、死ぬような奴ではありませんが、早急に帝都に戻るなり、メタリアに直行するなりする必要が出てきました」
どう、されますか? チェーザレの声に、ユーディンは拳を握る。
「……一度、帝都に戻ろう。……すぐに行くから、先に戻る準備してて」
「御意!」
部屋を出ていくチェーザレと入れ違うように、ダァトが入ってきて、ユーディンは目を細めた。
「……ずいぶんと、タイミングが良いね」
「……」
無言で、ダァトはユーディンに跪く。
そんなダァトの態度を、苛立たしげに思い、ユーディンはギリっと唇を強く噛んだ。
「Ignis……」
ユーディンは、手のひらを上に、自分の右手を、胸の高さまで上げる。
夢の中で破壊神が使っていた言葉。
聞いたことのない言葉だが、ユーディンには意味が解り、そして──。
その右手に、どこからかチロチロと、炎が纏わりつく。
「ねぇ、教えて。ダァト。ボクは、一体、何?」
言葉や炎だけではない。
我流の筈の、剣の型の一致──。
「……あえて、言うならば」
そう、だな……と、ダァトは口を開いた。
「限りなく我らが創造主に近き存在。だが、創造主になりえぬ者……といったところか」
どういうこと? と、ユーディンは眉を顰めた。
「創造主再臨には、いくつもの条件がある。近しい経験を積んだ魂、質、精神、創造主の魂を拒絶を起こさず受け入れ、耐えうる器……そなたはとても創造主に近い魂を持っている。経験においても、共通する部分が多い」
其れ故に創造主の記憶に無意識に引き寄せられ、引きずられやすい。
しかし。と、ダァトは一息つく。
「そなたは近しい魂を持ち、近しい経験をしていても、決定的に、条件が合わない部分がある。故に、そなたは我らが創造主の器にはなれない」
そう……。ホッと、ユーディンは胸を撫でおろす。同時に、右手の炎も消えた。
自分が『破壊神』だなんて、冗談ではない。
「しかし、その力を使える程、近しい存在とは、さすがの我も、思わなかった」
ダァトの言葉に、ユーディンは改めて、先ほどまで燃えていた右手を見つめる。
使っている本人でさえ、まるで、空想物語に出てくる、『魔法』のようだと思った。
別人──と称されても、やっぱり、どことなく他人のような気がしなくて、ユーディンは、目を細める。
「ねぇ、ダァト。……破壊神は、今も人間を滅ぼしたいのかな?」
「……さぁ、な」
ダァトは首を、横に振った。
「過去の言葉や命令ならともかく、眠った後の創造主の今の気持ちを我がおもんばかるなど、それこそ不敬というものだ」
◆◇◆
「お……」
「遅いッ!」
お待たせ! という前に青筋をひくつかせたチェーザレに睨まれ、ユーディンはダァトの後ろに隠れた。
「急げってさっき言ったでしょう! これだからこのダメ皇帝は!」
「あーッ! 今ボクの事、面と向かってダメって言ったッ! 不敬ッ!」
何を今更──と、モルガの姿をとるカイと、ようやくダァトと交渉し、元の姿に戻る方法を得たエヘイエーが、顔を見合わせ苦笑を浮かべた。
双方ともに服が無いので、ダァトのローブを身に纏う。
「陛下! リイヤ・プラーナを介して、緊急会議の準備はできてます! 急いでください!」
兄と主を止めるように、ハデスヘルの中からルクレツィアが叫んだ。
「わかった! ルクレツィア! ……それじゃ、ダァト。……色々、ありがとう」
ダァトは、ユーディンの言葉に、頷いた。
それぞれの精霊機に乗り、ハデスヘルの作る闇の空間を使い、帝都へと戻る。
見送るダァトが何かを呟いたのだが、それを聞いた者も、気に留める者もいなかった。
◆◇◆
会議室に集まる重臣たちの顏は、暗く重い。
戦死したメタリア皇帝ジェダイ=ビリジャンは、緑の元素騎士、サフィニア=ビリジャンの弟である。
享年二十四。彼の二人の娘はまだ幼く、身重の妻と、フェリンランシャオのソル=プラーナに嫁いだサフィニアの他に、たしか妹がいたはずなのだが、彼女たちの統治能力は未知数なうえ、サフィニア同様、皆、その生死は不明。
滅亡。その二文字が、皆の脳裏をよぎる。
「陛下、どうなされるおつもりですか」
ギロリ──と、ベルゲルが睨む。一体、この非常時に元素騎士の大半を連れて、どこに行っていた──とでも言いたげな態度を隠すことなく、ビシビシと厳しい視線をユーディンに送った。
「もちろん、援軍は出すし、ボクも出陣するよ。……ラジェ・ヘリオドールもごらんの通り、回復したし」
「……」
カイは無言で、宰相に頭を下げた。
仮面越しに受ける悪意に、やれやれ……と、内心、神はため息を吐く。
「リイヤ・プラーナ。状況はどんな感じ?」
「あ、はい。陛下」
今は気丈に振る舞ってはいるが、少々顔色の悪いステラが、頷いて口を開いた。
「お義姉さま……ラング・ビリジャンとは、ジェダイ様戦死の連絡をもらって以降、まったく連絡がつかない状況です」
「最後に連絡を取ったのは? いつ?」
「三時間前です」
三時間──ユーディンは目を瞑り、考える。
ダァトの試練を受けるため、サフィニアと別れたのは、昨日の午前中の事だ。
大隊を率いてのメタリアまでの移動時間を考えると、サフィニアは隊を分け、機動性が高い機体数機のみを率いて、少人数で先行した可能性が高い。
ということは。
「移動中のウチの兵を、途中で拾わなきゃいけないね」
メタリア皇帝崩御の知らせを知らぬまま──あるいは、知らせをきき、司令官と連絡が取れなくなり、混乱したまま進軍を進めるフェリンランシャオの兵士たち。
「……そうだね。作戦はおいおい考えるとして……ラジェ・ヘリオドールとリイヤ・オブシディアン及びプラーナ両名は、ボクと一緒に地宮軍を率いて出陣。ちょっと変則的だけど、チェーザレ。火宮軍と一緒に、ウチの防衛お願い!」
はぁ? と、露骨に嫌そうな顔をして、チェーザレが口を開く。
「オレが留守番ですか? ヒヨコと卵の殻がついた連中と、オマケに初陣の陛下だけで?」
「こっちはリイヤ・プラーナがいる。それに」
ユーディンは、ジッと、乳兄弟を見つめた。
「フェリンランシャオはこれ以上、優秀な司令官を、失うわけにはいかない」
「優秀な陛下も、替えがきかないんですよ……」
思わず勢いで、口から本音がこぼれてしまったものの、人前で自分らしからぬことを言ったチェーザレは、かぁっと赤面する。
「相思相愛じゃのぉ……」
ボソっと呟くモルガ口調のカイに、聴こえたのか、ギロリとチェーザレが睨んだ。
とにかく! と、ユーディンがチェーザレに懇願する。
「もちろん、サフィニアは生きてるし、彼女と合流次第、彼女を頼りにするから! だから!」
お願い……とユーディンは、彼の右手を握った。
「わがまま言って、皆に、迷惑、かけるんじゃないですよ……」
苦虫をかみつぶしたような顔で、チェーザレは、ポンポンっと、ユーディンの頭を、握られた手とは反対の左手で、叩くように撫でた。




