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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
混乱のメタリア編
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第三十八章 閑話休題

「おはよう」


 知らない少女の声に、ユーディンは目を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。

 自分のすぐそばに、見たことのない、朱眼朱髪の少女の顏があった。


 女の人(・・・)に、心臓が飛び出そうなほどユーディンは驚いたが、その口からは、別の言葉が紡がれた。


「あぁ、おはよう。ヤエル(・・・)


 自分(ユーディン)の声よりやや高く、しかし落ち着いた、少年の声……。


「どうしたの? また神殿(・・)から抜け出して……君の姉上に、怒られても知らないからね」


 ユーディン──の体の少年は、少女に唇を重ね、愛おしそうに彼女の炎色の髪を、優しく撫でる。

 コホンッ……と、少し離れた場所から咳が聞こえ、ユーディンは顔をあげた。


 少し顔をしかめた、若い朱髪の騎士が、苦言を漏らした。


「エフド殿。いずれ姫様とご婚約されるとはいえ、姫様はまだ、この国の戦巫女(イクサミコ)であらせられる……」

「ゴメン、エレミヤ……君がいるとは思わなかった」


 少年が少女から離れると、騎士は少女を守るように、少年から引き離して距離を取る。

 少女がもう……と、頬を膨らませた。


「ごめんなさいね。エフド。過保護な人たちばかりで」


 私の、目が、悪いせいで……と、顔を伏せる少女に、少年は無邪気に笑う。


「いいんだ……それに」


 少年の決意が──彼女への想いが、ユーディンの中にもじんわりと伝わってきた。


「御師さまの元で、いっぱい勉強して、君の目は、いつか僕が絶対に治してみせるから」


 君に、深い空を、夜の星を、静かな海を、暖かな炎を、明るい光を、深い森を、広い大地を──世界をたくさん、見せてあげる。



  ◆◇◆



 暗転したかと思うと、まるで舞台劇のように、場所が──人が変わる。


 否。


 先ほどの少女(ヤエル)が数年歳を重ね、美しい女性となって、少年──否、青年となったエフド(ユーディン)の隣に立っている。


「これは、なぁに?」


 無邪気に問うヤエルに、エフドは優しく答える。


「御師さまと一緒に作った、とてもいいモノ(・・・・)


 そんなことより……と、エフドは表情を曇らせた。


「ゴメンね……君の目、なかなか治せなくて。……僕が未熟なせいで、なかなか実験がうまくいかないんだ……」

「いいの! 今更見えなくても!」


 私は……と、顔を真っ赤にして、ヤエルはエフドに訴える。


 光を写さない、大きな炎色の、宝石のような彼女の大きな瞳が、じぃっとエフドを貫いた。


「私は、貴方と一緒に生きれるなら、見えなくても何も問題ないわ!」

「……やれやれ。何のために僕が、猛勉強したと思ってるの」


 コツンと額を彼女に当てて、エフドは笑う。


「あなたの知識は、私の為じゃなくて、みんな(・・・)のために、使えばいいわ」


 ヤエルの素直で真っ直ぐな言葉に、エフドは思わず噴き出してしまう。

 邪魔者がいないことを確認すると、愛おしい彼女をそっと抱きしめ、そして、唇を重ねた。



  ◆◇◆



 再度の、場面転換。


 しかし、その物々しい雰囲気は、先ほどまでの微笑ましい光景とは、明らかに違う。


 エフドの混乱、怒り、そして慟哭──そういった感情が、ユーディンにどんどん流れ込む。


「御師さま……御師さまは僕を置いて、一体、どこに行って(・・・・・・)しまわれた(・・・・・)!」

「エフド!」


 エフドの元に、赤い髪と瞳の、美しい女性が、裾の長い服を引きずるように駆けてくる。


「ミカ様!」

「エフド……落ち着いて、聴いてください」


 エフドを、力強く抱きしめる。

 しかし、その女性の目には、涙がにじみ、ボロボロとこぼれ落ちた。


「神官が、妹を……ヤエルを……」


 エフドは女性を振りほどき、そして駆け出した。


 赤い砂の大地を駆け抜け、海岸線まで走り、そして洞窟に入ると、そこに広がるのは、ユーディンにも見覚えのある、広い空間。


 そのほぼ中央で、祈りをささげる数名の神官たち。そして、祭壇には……。


「あぁ……うあぁああああぁあッ!」


 磔にされ、その身を無数の剣で貫かれ、事切れた愛おしい人(ヤエル)(むくろ)


 エフドの中で、何か(・・)が、壊れる()がする。


 彼の絶叫に、神官たちが身構えた。


 既に満身創痍であったが、エフドが右手を前に突き出す。


『Via!』


 神官たちの足元が、突然ボコリと隆起し、祭壇までの一本の「道」が出来上がる。

 うろたえる神官たちを一旦通り過ぎ、その道を駆け抜けたエフドは、祭壇に駆け登った。


 そして、彼女の身に刺さる剣を一本引き抜いた。彼女の体から血が噴き出し、エフドの顔を赤く濡らす。


「ひいッ……」


 ゆらり──と、ゆっくりと振り返るエフドに、神官たちは震えた。


『Ignis……Tonitrua……』


 震える声でつぶやくエフド。


 彼の声に合わせ、ゴウッ──と、松明の炎が強く燃える。

 その炎が、まるで生きているかのように、エフドの(からだ)に纏わりついた。

 同時に、雷がパリパリと、彼の周囲で()ぜて輝く。


 エフドはそのまま、神官たちに突っ込んだ。

 身に纏う炎はエフドを焼くことは無いが、触れた神官を焼き、雷がその肉体を打ち据えて焦がした。


 エフドは手に持つ剣を振り回し、次々と切り伏せ、焼き、焦がす。


 彼のその動き(・・)の既視感に、ユーディンは眼を見張った。


(これは、ボク……?)


 表向きは「体が弱い」ことになっているユーディンの剣術は、ほぼ独学の我流だ。


 子どもの頃は、密かにチェーザレに相手をしてもらっていたが、ユーディンが腕をあげ過ぎて(・・・・・)からは、「相手にならない」と、チェーザレに拒否され、とうぶんの間、刺客からの実戦以外は、他人と手を合わせたことは無い。


 そう──実戦。騎士道(・・・)から生まれた剣ではない自分の我流の剣術が、誰か(・・)と似通うことなんて……。


 洞窟内に立っている者が、エフド一人になった時、ざわざわと洞窟の入り口が騒がしくなった。

 駆け込んできたのは、朱髪の騎士──。


「遅かったな……エレミヤ」


 何の感情も籠らない、淡々としたエフドの言葉。炎はくすぶりながらも、いまだ、彼の身を包み、ごうごうと燃えた。


「エフド……様……」


 何か言いたげな騎士(エレミヤ)を、そして、愛おしい者の躯(ヤエル)を一瞥することなく、エフドは洞窟を出ていく。


「……どちらに?」

「……さあ?」


 洞窟から消えたエフドの姿を見たモノは、この日以降、誰もいなかった。



  ◆◇◆



 真っ暗な空間に、ぽつり、ぽつりと、小さな淡い明かりが灯る。


 御師さまはの姿は忽然と消えて無く、愛おしい人も亡くした。


 エフドの中で、ガラガラと音をたてながら崩れて壊れるモノ。それは、彼の『感情』であったり、他人に対する『慈悲』の心であったり──彼の『人間性』と呼ばれたモノ。


 そんな彼に、残されたモノ(・・)


 天才的な頭脳と、師が残した技術、そして……。


「ヤエル、いつかまた、この世界で会おう……?」


 今度こそ君に、世界を見せてあげる……。


 愛おしい者(ヤエル)への、狂おしいほどの想い。


 そして、それと矛盾する、ヤエルを贄に奉げた民たちを、滅ぼさんほどの怒りと憎しみ。


「御師さまが教えてくれた(・・・・・・)伝記に伝承、神話学──。……本来、セフィロト(・・・・・)はこのために作ったわけではなかったのだが……」


 自嘲気味に笑うエフドは、疑似魂が宿った生命の木(セフィロト)を愛おしげに撫でた。


 十の実のうち、光を宿したのは、七つ。後の三つは後々宿る可能性はあるかもしれないが、エフドが生きている間に、果たして、宿るかどうか──。


「僕は眠る。ヤエルと一緒に。二千年の時を超えて、もう一度、彼女に会うために……」


 肉体は朽ちても──全て「完全、完璧に」とは言わなくても……僕の魂と、ヤエルの魂をこの世界に記録、保存して、条件の合う(からだ)がこの世に再び生まれた時、僕らは再び、この世界に現れる(・・・・・・・・)


「あなたの知識は、私の為じゃなくて、みんな(・・・)のために、使えばいいわ」


 エフドの頭を、ぐるぐると彼女の言葉が廻る。

 ボロボロと涙をこぼしたまま、彼は生命の木(セフィロト)に──生まれたばかりの、のちに精霊機の魂となる、幼き人造の()たちに語った。


「僕の中には、矛盾した希望(のぞみ)がある。ヒトを滅ぼしてやりたいほど憎んでいるくせに、彼らを、幸せにしてやりたいとも思うんだ」


 僕の言葉、君たちにはまだ、早いかもしれないけれど……。


「世界を見て、学習して、そして自分で考えられる力を身に着けた時……君たちは一体、どんな『選択』を、するだろうね」


 ダァト……と、エフドが呼ぶと、ローブ姿の人物が、彼の側に控えた。


「設計図は此処にある。『精霊機計画』を、今すぐ実行せよ……あぁ、でも、ミカ様あたりは、邪魔をするかもしれないね……」


 ……いいよ、上等。邪魔をしても。


「僕とヤエルの記録を『世界』に残し、再臨できる状態にすること、その時──二千年の先まで精霊機すべてを、この世界に残すこと。最低条件はこの二つ。コレが守れるなら、できあがった精霊機にどれだけ改良や改造を加えても構わない」


 エフドはニヤリと笑う。同時に、中に居るユーディンは、ぶるぶると震えていた。


 きっと、エフド亡き後、ミカたちが邪魔した結果が封印者(プロテクター)であり、改良や改造を加えた結果、あの『繭』や、『操者』という要素が追加されたのだろう。


 各属性に唯一無二の『操者』は、人々の「憧れ」を招く。それは、人間に優劣の概念を与え、争いを──大地に、混乱を招く。


 精霊機を作ったのは──彼らの言う『創造主』とは……『創造神』ではなく、『破壊神(エフド)』であったのだ……。

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