第三十五章 信頼のカタチ
「そもそも、精霊機とは、なんだと思う?」
ダァトは機嫌よく、チェーザレに問う。
「精霊機は、七つの帝国の象徴……守護神だろう?」
「うむ。そういうことになっておる、か」
違うのか? と、問うチェーザレに、ダァトは首を横に振った。
「詳細は機密事項なので言えないが、それは後付けされた情報だな」
詳細は機密事項だが。と、再度前置きをして、ダァトはチェーザレに口を開く。
「元来、精霊機は守護神や兵器としてではない、他の目的の為に作られた。しかし、予期しなかった事が起こり、精霊機を何千年も後の世に残す必要が出てきた。そして、それを為すためには、どうすればいいか……考えた結果が現状の其れだ」
神として祈られる対象であろうが、悪魔として恐れられる対象であろうが、国の象徴として心の拠り所になろうが、最強の兵器としてただの道具とみなされようが……。
「どうでもいいのだ。本質は、精霊機と其れに宿る『魂』が、『創造主再臨』まで存在していれば我としては問題はない」
「……そして行われる、『最後の審判』、か」
物分かりが良くて助かる。と、ダァトは渋い顔のチェーザレに笑った。
◆◇◆
バチカルの疾風が、ユーディンの躰を切り刻んだ。
腕がちぎれ飛び、義足がバラバラと崩れ……しかし、崩れた側から時間が巻き戻るかのように、元の状態に戻る。
ダァトの言葉通り、攻撃を受けたところで死ぬことは無い。
しかし。
激痛に顔を歪め、ユーディンは座り込む。
「偽りの操者。貴公への試練は『バチカルと闘うこと』。その先の答えを、我は待つ」
答えって、なんだよ……滲む涙を袖でごしごしと擦り、ユーディンは剣を構えた。
いくら血を流そうと、もう一人の自分と交代することは無い。
それは、つまり。
(ダァトの言う、『偽りの操者』。……試練を受ける対象は、もう一人のボクじゃなくて、ボクって事だよね……)
それはきっと、暗に自分がしたあの事を、咎めているのかもしれない。
バチカルが大きな五対の翼を羽ばたかせ、足の鉤爪を振り下ろした。
ユーディンがそれを、剣で受け止める。
ギリギリと押し合いながら、ユーディンが口を開いた。
「あのね、アックス。……アイツが君に言ったことは、本当」
余が『人間』以上に、『精霊』や『神』なる者を信用していないということを、憶えておけ。
どくどくと血が流れる、バチカルの抉れた胸の傷。
精霊の加護が無いことを見抜かれ、思わず入れ替わってしまった際、アックスに付けてしまったモノ──。
バチカルの黒い小さな翼が震え、至近距離から突風がユーディンを襲った。
吹き飛ばされたユーディンは、しこたま背中を打ち付け、呻く。
バチカルは旋回し、そのままユーディンに突っ込んだ。
衝突した衝撃で、グラグラと視界が揺れるが、それでも、ユーディンは剣を杖に、立ち上がりながら口を開いた。
「ボクは……ボクたちは、精霊や神様を信用しない。精霊はボクを嫌って、ボクに加護をくれなかった。だからボクは……ボクたちは、ボクたちだけで強くならなきゃならないんだ……」
母を喪い、両足を失い──自分を守るためだけに、表からは見えないように陰に隠れて鍛えて身に着けた戦闘技術。
でもね……と、ユーディンは剣を手放す。
カランと転がる音に、バチカルが、首を傾げた。
「アキシナイト=ヘリオドール。君個人を、ボクは信用したいし、信頼したい。神様なんかに祈りをささげる気はさらさらないけれど、君になら、なんだってしてあげたいと思う」
ごめんなさい。と、ユーディンはバチカルを抱きしめる。
抵抗され、疾風で、全身バラバラに切り刻まれることを、少々覚悟はしていたが。
「……試練、合格かな?」
ザラザラと崩れる壁と、黒から金色に戻る、腕の中のエヘイエー。
アックスは糸が切れたように気を失ってはいたが、出血も止まり、傷も少しずつ、綺麗になっていく。
普段は平気なのだが、さすがに満身創痍でアックスは支えきれず、ユーディンはそのまま座り込んだ。
寝顔を見つめながら、ユーディンはアックスに呟いた。
「ゴメンね。アックス。ボクの方が、お兄ちゃんなのに……」
◆◇◆
「精霊の加護は、何も嫌われているから与えられないということは無い」
「そうなのか?」
チェーザレの言葉に、ダァトは頷いた。
「では、問おう。貴様は自分より「弱きモノ」を守るのに、抵抗はあるか?」
「無いな。弱きを助けるのは、騎士として当然の行為」
では、逆に……と、ダァトは言う。
「自分が畏怖する相手は?」
「……場合による」
で、あろう? ダァトは満足そうに笑う。
「そういうことなのだ。精霊にとって、大部分の人間は、愛おしく守らねばならぬモノではあるが、中には、精霊自身が加護を与えるなど、畏れ多いと感じる人間もいる。そして、そのような者は、結果的に|精霊の加護を得られない《・・・・・・・・・・・》」
「……陛下が、その例である。と?」
ダァトはうなずく。
「もちろん、正真正銘精霊に嫌われて加護が無いという者もいるが、当代のフェリンランシャオ皇帝に限って言えば、間違いなく、精霊たちの、畏怖の対象だ」
ところで……と、チェーザレがふと、思ったことを口にした。
「その『精霊』と、精霊機の精霊……あのエノクとか言ったか? ヤツらは、もしかして、違う存在なのではないか?」
「その通り。近しい存在ではあるが、封印者は厳密には精霊に非ず」
ダァトの言葉に、「合点がいった」と、チェーザレもうなずく。
モルガの証言や、過去の記録で『精霊』と一括りにされてはいたが、なんとなく、違うモノではないかという予感はしていた。
しかし、次の言葉は、さすがにチェーザレの予想外。
「封印者は、元は人間……いわゆる、霊魂である」
「ゆ……幽霊?」
左様。ダァトはうなずき、チェーザレの背後に立つ二人──ユディトとイザヤを見つめた。
二人は顔を見合わせると、苦笑を浮かべながら、「コイツに言ってもいいよ」と、頷く。
二人の反応に、ダァトは小さくうなずき、チェーザレに口を開いた。
「封印者は、生前、我らの創造主に、近しかった者たちである」




