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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
眠る地の騎士と風の神の受難編
33/110

第三十二章 神の意思

「暇そうで良いわね。アンタ」


 昨晩弟に会えたせいか、機嫌よさげに地下神殿の空中を飛び回るアックスを、ジトッとステラが見上げた。


「別に暇じゃないぞ。差し迫って、やることがないだけじゃ」


 それを、世間一般では「暇」と言うのよ……と、ステラが大袈裟にため息を吐く。


「それで、こんな早くから、何か用かのぉ?」


 ふわり……と、ステラの目の前に降りてきた。


 時間からして、朝の会議が終わった直後──といったところだろうか。

 皇帝(ユーディン)には気まずくて、あれから会いには行っていない。


 アックスの勘が当たったか、やや、ステラは口ごもる。


「後で正式に呼び出しがあると思うけど、アンタの初陣、たぶん決まったから」

「ほうか」


 (モルガ)とは、正反対……。

 喜びも拒絶もしない──全てを受け入れ、そのまま流されているようなアックスの言葉に、ステラは一瞬、虚をつかれた。


「……驚かないのね」

「別に今更、驚きはないのぉ」


 ……で、どこじゃ?


 戦場をきかれていることに、一瞬、ステラは気がつかなかった。


「……メタリア」


 ふーん。と、やはり、特に感慨深いとかそんな様子もなく、淡々とした反応に、何故かステラは、イラッと感じた。


「ちょっと!」


 長い金髪を、おもいっきり引っ張られ、アックスは「ぎゃッ」と、悲鳴に近い声をあげた。

 たくさんある目のいくつかに、じんわりと涙がにじんでいる。


「なんじゃあッ!」

「なんで平気なのよッ!」


 はぁ? 意味が解らないと、アックスがステラを睨む。


「………………ゴメン。その……なんかムカついたから」

「なんじゃその理屈は……」


 頭を押さえながら、アックスは怒っているような、呆れているような……それでもわずかな、微妙な表情で、背の低いステラを見下ろす。


「……何でもない」


 首をぷるぷると振って、ステラは回れ右して、地下神殿を出て行った。


 好きなモノ(お兄ちゃん)絡みの事象に対しては、表情豊かにくいつく癖に。

 至極どうでもいいモノ(その他)に対しては、まるで無関心。


 昔の自分()を見ているみたいで、腹が立った。



  ◆◇◆



「メタリアからの、緊急の援軍要請が入った」

「うむ、そういうわけで、出撃命令を下す」


 チェーザレの言葉に、皇帝はうなずいた。


 ユーディンは相変わらず修羅のまま。妙に晴れやかな皇帝の表情に、ルクレツィアは、嫌ぁーな予感しかしない。


「今回は、余の初陣である。二十にもなって初陣(・・)というのも、少し恥ずかしいものがあるが……まぁ、余は体が弱い故(・・・・・・・)な。許せ」

「どの口が……ゴホン。僭越ですが、陛下。軍の再編と風宮軍の編成、間に合ってませんからね」


 くれぐれも無茶しないでください。と、兄が一応、釘を刺す。


「というわけで守護神。ちゃんとお(もり)をしろ。十中八九、途中で無茶し始めるから、その場合は速やかに、絶対に()めろ」

「ウィッス」


 小声でボソリとチェーザレが言うと、姿の見えないアックスの声が、やはり小声で返ってきた。


「今回は二手に分かれることなく、一国に集中できる。故に……チェーザレ。貴様はこの国に残れ。あとは余について来……」

「た、大変です!」


 急に駆け込んでくる兵に、「何事か!」と、チェーザレが声を上げた。


「も、申し上げます! 地下神殿の繭が……」

「孵ったかッ!」


 思わず姿を現したアックスに、兵が「ひぃッ!」と、悲鳴をあげた。


「あ、やべ……」


 アックスはもう一度姿を消す。が、時すでに遅し。


「落ち着いてくださいまし」

「今の羽目達磨の事は気にするな。それで、ヘルメガータがどうした」


 錯乱した兵を、サフィニアがなだめ、ユーディンはが改めて問いただし、なんとか、兵は声を絞り出した。


「そ、その、繭が腐りました(・・・・・)



  ◆◇◆



 ものすごい異臭に、一同、顔をしかめた。


 どろどろとした茶色の液体が、崩れた繭から染み出し、床一面に広がる。


「何者だ!」


 ユーディンが袖で鼻を押さえながら、繭の正面に立つ人影に叫ぶ。


 頭の上から下まで(ローブ)に包まれ、男か、女か、若者か、老人か……見た目だけでは、判別できない。


『あれは……』


 ミカが顔面蒼白で震える。


(誰だ?)


 ルクレツィアが小声でミカに問う。

 しかし、代わりにアックスが叫んだ。


「ダァト! なんでお前が此処におる!」

「お前は……エヘイエー……か」


 声は老婆のような……高すぎも低すぎもしない、しわがれた──けれども、威厳と威圧のある声。


「我は、シャダイ・エル・カイの要請により参上した」


 そう言うと、ダァトの頭上に、丸い球体が現れる。


「モルガッ!」


 ルクレツィアが思わず飛び出した。しかし、兄とアックスに腕を掴まれ、不用意に近づくなと、チェーザレに床に押さえつけられた。


 液体で満たされた球体の中のモルガ(カイ)は、膝を抱えるような姿勢で、眠ったように動かない。しかし、全身真っ黒に染まったままで、さらにアィーアツブス化(反転)が進んでいるのか、下半身は大蛇のように、太い一本の尾となっている。


シャダイ(・・・・)エル(・・)カイ(・・)の、要請……じゃと?」

「いかにも。我は、『初期化』の要請を受け、此処に参じた」


 なんじゃとッ! と、アックスが飛び出し、ダァトにつかみかかるように叫んだ。


「そがぁな事したら、モルガ(兄ちゃん)の記憶どころか、ヘルメガータ(シャダイ・エル・カイ)の千年以上蓄積された経験も記憶も、全て消えてしまう(・・・・・・・・)!」

「故に、その願いは、我が却下した」


 ダァトの言葉に、アックスがほっと、胸を撫でおろす。


「しかし、現状、ヘルメガータとシャダイ・エル・カイが、任務(・・)続行不可能なレベルで損傷し、これ以上、自力での回復が不可能な状況であることも事実」


 まったく……と、呆れた口調でダァトはため息を吐いた。


「何をどうすれば、「自分を殺そうとした(・・・・・・・・・)自分を殺す(・・・・・)」などという、よくわからないバグ(・・)が、その身に刻み込まれるのだ……」


 まるで、己を喰らう蛇(ウロボロス)ではないか……。


「故に、ヘルメガータとシャダイ・エル・カイは、『創造主の再臨』のその時まで凍結(・・)神の真意(ダァト)たる、我の管理とする」

「それは困るな」


 突然、ユーディンがダァトに斬りかかった。


「精霊機だの神だの知ったことではないが、その肉体(・・)余の民(・・・)のものだッ!」


 しかし、ダァトに当たる前に、見えない壁のようなモノに弾かれ、勢いよく吹き飛ばされる。


「ああもう! ホントに、血の気が多い陛下じゃのぉッ!」


 地面に叩きつけられる直前、空中で間一髪、アックスが受け止めた。

 ユーディンは小さく舌打ちすると、悔しそうに、ギリっと奥歯を噛みしめる。


「アイツは、なんだ」


 イライラをアックスにぶつけ、ユーディンは怒鳴った。


「さっき自分で言ってたけど、『神の真意』──簡単に言うなら、『中立』とか『審判長』と、いったところか……」

「審判?」


 何の、だ……。忌々しげに問うユーディンに、アックスはどう言っていいものか……一瞬言葉に詰まる。


 悩んだ末に、ぽつり、ぽつりと言葉を選びながら、アックスは答えた。


「……精霊機を作った創造主が、再びこの世界に再臨(・・)したとき、人類全てを生かすべきか(・・・・・・)滅すべきか(・・・・・・)。そういう審判じゃ」


 それは、正しくない。と、ダァトが割って入る。


「我はあくまでも中立。公平に行われるべき審判を見定める(・・・・)者。直接選ぶ権限を持つのは、七機の精霊機に宿る神。故に、精霊機とその神は、創造主が再臨される際に、| 存在してもらわないと困る《・・・・・・・・・・・・》のだ」


 フッと、崩れかけた繭と、地下神殿を汚す液体……そして、モルガ(カイ)の姿が消えた。


「ヘルメガータと、シャダイ・エル・カイの回収、完了」

「ダァトッ!」


 怒りの剣幕で、アックスがダァトに掴みかかった。ユーディンのように壁で阻害されることは無かったが、吹き飛ばされ、ユーディンに激突する。


 そのまま勢いで壁に衝突した二人は、揃って目を廻し、その場にバッタリと倒れた。

 アレスフィードに回収されたのか、アックスの姿が薄まって消える。


「陛下!」


 ユーディンに駆け寄り抱き起すチェーザレの側に、いつの間にかダァトは移動し、「しかし……」と、口を開く。


「正直、|ヘルメガータとシャダイ・エル・カイ《今回の事》は、想定外の事。……もし、不服あるならば……我の試練を、受けるならば……」


最果ての岬(・・・・・)』の、我の神殿(・・・・)まで、来られたし……。

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