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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
眠る地の騎士と風の神の受難編
32/110

第三十一章 受胎告知。あるいは二代目エヘイエーの受難





 ……




 …………




 ………………




 ………………接続を試みましたが拒絶され(失敗し)ました






  ◆◇◆



 ぱちり──とアックスは無数の目を開いた。


「やっぱり、ダメじゃぁ」


 半分繭に埋もれた状態で「うーん」と伸びをするが、すぐにぐったりと繭に埋もれ、はぁ……と、ため息を吐く。


「……と、ワシもちと、無理はできんのぉ……」


 アックスは目を細め、九天の天井にかざした自分の手の甲を、じっと見た。

 人間(アックス)と同じように、定期的に食事をし、睡眠をとるように心がけてはいる。


 しかし、まだ目立つほどではないのだが、指先や金の翼、そして鼎の金の繭が、徐々にくすみ、黒ずんできているのがわかった。


 ユーディンの命令で、全ての精霊機に対する礼拝を、毎日神殿で巫女たちに行ってもらってはいる。


 しかし。


(所詮は、強制された(・・・・・)祈り……)


 心の底からの『信仰の力』には、程遠い……。


精霊機(我ら神)は、人に都合よく使われるだけの奴隷(・・)ではない」


 エヘイエーの反転(バチカル)も|シャダイ・エル・カイの反転アィーアツブスも……ヒトとの同化を可能とする『鼎』も……創造主(・・・)が意図を持て我らに与えた権限(機能)なり……。


 アックス自身は、エヘイエー(先代)のように、頑なに反転することを嫌がるほど、プライドが高いとは思ってはいない。

 反転したときは、その時はその時。人々が(自分)(ないがし)ろにした結果に他ならない。


 けど……。


ルクレツィア(ねーちゃん)たちの事を考える(思う)と、ちぃと、心は痛む……かのぉ……」


 そして、心の底からこたえた(効いた)のは、あの冷たい表情(かお)──。


「余が『人間』以上に、『精霊』や『神』なる者を信用していない(・・・・・・・)ということを、憶えておけ」


 はぁ……と、ため息を吐きながら、アックスは重たい身体を起こした。


「エロヒム、エロヒム・ギボール(ギボール)、エロハ、アドナイ・ツァバオト」

『何だ?』

『はい』

『此処に』

『お呼びですか?』


 アックスの声に、精霊機たちが──己の操者の声を模した声で返ってくる。


 ハデスヘル(エロヒム)ヘパイスト(エロヒム・ギボール)デウスヘーラー(エロハ)デメテリウス(アドナイ・ツァバオト)……。


「おまえさんたち、せっかくそういう(・・・・)機能(権限)を持ち合わせとるのに、操者の(からだ)を得たいと思ったこと、無いんかのぉ?」

『……無いな』

『無いです』

『右に同じく』

『そもそも、融合できるほど相性が良い操者に巡り合うこと自体、稀有ですしねぇ……』


 ごもっとも……アドナイ・ツァバオトの答えに、アックスは苦笑を浮かべた。


 エロヒムがコホンと咳ばらいをし、口を開いた。


『シャダイ・エル・カイが最初に肉体を得た際、何を血迷ったかと思った。が、現状(信仰の枯渇)の深刻さ考えると、我々の『見識』を、改める良い機会なのかもしれん』


 受肉の有無など関係なく、枯渇はいずれやってくる。


「じゃあ……」


 しかし。と、ぴしゃりとエロヒムはアックスの言葉を遮った。


『それは、()ではない。我らとて、融合する相手は選びたい』

『そうですわ。それに……ですね』


 うふふ……と、サフィニアの口調を真似て、アドナイ・ツァバオトが嬉しそうに笑った。


『実は、ですね……』


 アドナイ・ツァバオトの爆弾発言に、精霊機一同、ぶっ飛んだ。



  ◆◇◆



「ちょーッ! ちょっと! えっと……」


 なんて呼んだらいいんだっけ? と、バタバタと騒々しく羽を動かしながらアックスが、地下神殿にやってきたサフィニアに駆け寄った。


「あら……二代目エヘイエー様。(わたくし)のことは、サフィニアで構いませんわ」


 にっこりと穏やかに微笑む。


「えっと、じゃぁ、サフィニアさん! えっとですね……あー……」


 話しかけたものの、どう説明していいやら……思わず赤面して天を仰ぐ。

 冷静に考えてみたら、コレ、もしかして、セクハラ(・・・・)案件……。


 サフィニアの背後から、ギロリ……と白髪の狂戦士(ヨシュア)が見下ろす。


「えーん! エロヒム! ツァバオト! 誰でもいいから助けて!」

『情けない神だなこの二代目は!』

『えっと、それでは、僭越ながら』


 ふっと、ミカが二人の間に現れた。


『エロヒム様にお力添えをいただきまして……私の姿、見えますでしょうか?』


 ミカがサフィニアに向かって、ゆっくりとお辞儀をした。

 突然現れた女性に、サフィニアは細い目を見開いて驚く。


「えっと……」

『ハデスヘルの精霊、ミカと申します。先日は息子(エノク)が、大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございません』


 深々と頭を下げるミカに、サフィニアは慌てて同じように頭を下げた。


「とんでもございませんわ! えっと……それで、(わたくし)に何か……?」


 はい。と、ミカはうなずく。


『ここのところ、デメテリウスの反応が鈍いとか、雑音が入るとか、そういうこと、ありませんでしたか?』

「………………」


 図星だったのか、いつも柔和なサフィニアの表情が、急に険しくなった。


『そう、怖い顔をしないでくださいませ。とても、おめでたい(・・・・・)事なのですから』


 ミカの言葉に、サフィニアは、虚を突かれた顔をする。


「それ……は……その……もしかして……」

『はい。ご懐妊、おめでとうございます』


 サフィニアは、思わず、自分の腹に手を当てた。

 まだ目立たない。本当に、子が宿った自覚さえない。


 ほんのり、彼女の頬が嬉しそうに紅潮する。


 しかし。


「お願いがあります。二代目様。精霊様。このこと、皆には言わないでくださいませ」


 サフィニアは、はっきり、きっぱりと言い切った。


(わたくし)は、デメテリウスを降りる気は、ありません」



  ◆◇◆



「……解らん」


 ごろん……と騎士の官舎の屋根に寝っ転がり、アックスは夜空を見上げてため息を吐く。


 地下神殿の風景は飽きてきたので、時々抜け出しては、人目に付かない時間や場所を選んで、散歩をしていた。


 しかし。


「何やっとん兄ちゃん」


 突然、顔をのぞき込まれて、アックスは飛び起きた。

 そのままお互い額をぶつけ、頭を抱え込む。


「アウインッ! 危ないじゃろうがお前! こんなトコ登って!」

「兄ちゃんこそ、裸で寒ぅないの?」


 沈黙。の後、爆笑。


「っていうかお前、よくワシじゃと解ったのぉ」

「モリオンねーちゃんにきいとったから」


 ……どっかで見られてたか──自分の迂闊さに、ちょっと反省。

 そう思っていたら、六歳離れた弟に、突然ぎゅっと抱きつかれた。


「どした? 兄ちゃんおらんで、寂しかったか?」

「ううん。兄ちゃん、しんどそうじゃったけぇ」


 兄ちゃんの方が、寂しかった(・・・・・)んじゃないの?


 アウインの言葉が、妙にアックスの腑に落ちた。

 と、同時に、指先の黒ずみ(・・・)が、ほんのりと薄くなる。


「……そう、じゃのぉ」


 ワシは、寂しかったんじゃ……。ぎゅっと弟を抱きしめ返しながら、アックスは考えた。


 先日耳にした、第五格納庫の『幽霊』の噂。

 ルクレツィアの『指輪』。


 相変わらず、ヘルメガータの繭に変化はない。


 けれども……あれはきっと、(モルガ)に間違いない。


(兄ちゃんもきっと、寂しい(・・・)んじゃろうの……)



  ◆◇◆



「いい加減、何か言ったらどうだ?」


 第五整備班班長は、眉間のシワをさらに深く刻み、不機嫌そうに口を開いた。


 無言のまま佇む土の塊。時折ソルの書斎に現れては、講義の際に座っていた、モルガの席(・・・・・)に、静かに座る。


 こちらの言葉──音を拾う様子はない。


 明かりをつけても──光を拾う様子はない。


 けれども、一定の時間を過ぎるか、触れた途端……。


「チッ……」


 ザラザラと崩れ、砂の山に戻った。


 そして砂の山は、時間とともに、どこかに消えて無くなった(・・・・・)


「……あるのは触覚。味覚はどうやって調べたらいいかわからんが……次は嗅覚で試してみるか……」


 ()の、好物は何だったか……思考をめぐらせ、そしてソルは頭を振った。


「何を考えている……他人(・・)に興味を持つなど、オレらしくもない……」


 イライラと酒瓶の蓋を開け、ソルはそのまま、一気に瓶をあおった。

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