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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
激闘アレスフィード編
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第二十四章 アレスフィード奪取

 デメテリウスの作った森は、うまい具合に、敵のVDをも撹乱させる効果を得ることができた。


「兄上! 早くモルガの回収を!」


 ヘルメガータの起動停止を確認したルクレツィアは兄に頼む。


 ふと、目に入る白い精霊機。


「……ミカ、敵機アレスフィードの、操者の生存反応は?」


 ミカが首を横に振った。


「何度も言うが、あまり、薦められないな」

「できないのか?」

「できない……ことはない。やろうと思えば、できる。と思う。たぶん」


 ──まさか、な。と、事件の前に交わした、カイとのやり取りを思い出し、首を振った。


 しかし、これは、せっかくのチャンス……。


「……兄上。ラング・ビリジャン。その、アレスフィードを回収したいと思うのですが……」

「は……はい?」


 案の定、サフィニアが驚いた。


「正気、ですか?」

「………………」


 無言の兄に、ルクレツィアは一気に不安になる。

 ……やはり、倫理的とか騎士道とか、そういう方向でダメだろうか……。


 しかし。


「……いい、のではないか?」


 にんまりと、兄は頬を緩める。


「ドがつくほど正攻法しか使わないというか、真面目なお前にしては、ずいぶんと大胆不敵な妙案じゃないか」


 ()の影響か? 兄の言葉に、思わず顔を真っ赤にして言い返す。


「も、モルガは関係ありません!」

「ほほう……別にオレは、特定の個人名はあげていないが」


 ……やられた。自分の迂闊さに頭を抱え、ガックリとルクレツィアはうなだれた。


「とにかく、……早く戻りましょう。撹乱したとはいえ、あまり安全とは言えませんし、帰っても宰相がこのまま黙ってないでしょうし……」


 サフィニアの言葉に、ハッとルクレツィアは我に返る。


「ミカ、それじゃ、もう一度ゲートを……」

『了解いたしました』


 かくして、動かないヘルメガータと、大破したアレスフィードを引きずるように、三機は元来た(ゲート)を、戻っていった。



  ◆◇◆



 予定外の土産に、ユーディンは目を輝かせる。


「すっごーい! ルクレツィアすごい! お手柄!」

「宰相閣下。これで我ら三人(・・・・)の、この国への揺るぎのない忠誠心がわかっていただけたでしょうか?」


 どさくさに紛れて宰相に対し、嫌味の口撃(・・)をかます兄はとりあえず置いておいて。


「ラジェ・ヘリオドールはどうした?」


 宰相の言葉に、やはり……と、ルクレツィアは口ごもる。


 モルガ(カイ)は、()の中──今もヘルメガータの心臓(コックピット)で、眠っている。


 以前の鼎は、美しい──淡く輝く金色の糸で作られていたが、先ほどのモルガ(カイ)同様、その色は真っ黒に染まり、実に禍々しい様相であった。


「ラジェ・ヘリオドールは、アレスフィード奪取の一番の功労者(・・・・・・)であり、また、現在負傷中です。今日はもう、ゆっくり休ませてやりたいのですが……」


 兄が、宰相に、息を吐くように口先三寸の嘘八百を並べ倒した。

 ──いや、確かにアレスを倒したのはモルガ(カイ)なのだから、嘘ばかりというわけではない……のか?


 宰相は完全に信用はしていないだろうが、『アレスフィード奪取』という事実は、土産どころか、予想以上の効果を発揮した。


 とりあえず地下神殿から邪魔な者たちを追い出し、ふう……と、一同、ため息を吐いた。


「……モルガ、どうなっちゃうの?」


 心配そうにユーディンがヘルメガータを見上げた。


「わかりません。とりあえず私がハデスで計測しながら、しばらく様子をみるしかないでしょう。あと、アレスフィードの事ですが……」


 ルクレツィアは申し訳ないのですが……と、主に膝をつく。


「操者の遺体は回収し、埋葬の手配は既にこちらでしました。……通常の状態であるならば、操者死亡で、我が国の新しい操者を選ぶことは可能だとは思うのですが……操者の選定を、しばらく待っていただきたいのです」

「え? どうして?」


 ルクレツィアはどう言って良いか──言葉を選びながら、主に応えた。


「少し、気になることがあるのです。……多少、モルガにも、関係あることではあるのですが……」


 アレスフィード──イシャンバルから遅れて約二百年後に滅びた、リーゼガリアスの精霊機。

 時機こそ多少はずれてはいるが、守るべき民(信仰の力)を失った条件は、ヘルメガータ(シャダイ・エル・カイ)とほぼ一緒……。


 先ほど、遺体を回収した際に、ルクレツィアはアレスフィードの心臓(コックピット)に入ったのだが……。


 (そこ)は、神も、精霊の姿も無かった。



  ◆◇◆



 心臓(コックピット)同士の座標を合わせ、ルクレツィアは()に対面する。


 そういえば、いつもぴったりくっついているルツの姿もないなと、ルクレツィアは思った。


 右手で黒い糸の束に触れ、ルクレツィアは話かける。


「……カイ。お前は、故郷(ふるさと)に、行きたかったのだろう? それなのに、途中で道草をして……」


 仕方のないヤツだ。と、まるで、弟を叱る姉のような口調で──少し、(モルガ)の母親代わりだという、(カイヤ)の口調を意識して、ルクレツィアは語りかけた。


 返事など、期待をしていたわけではないのだが……。


『我の、神殿に行けば、誰かいると思ったんじゃ……』


 頭の中に、モルガ(カイ)の声が響く。

 しかし、お互いの意識が混濁しているのか……その言葉は、モルガとカイ、両方の特徴が、混ざりあっていた。


『けど、途中でわからなくなった。ワシが、何を目指しとったんか、我は、何をすればいいのか……ワシは、何が、したかったのか』


 敵意を向けられるほど気分が高揚し、相手のVDを破壊するほど、自分の中で何か(・・)が満ちていった……。


 でも、其れ(・・)が満ちれば満ちるほど、『自分()』が、わからなくなってゆく……。


『あぁ、また、助けられた(・・・・・)のぉ……ルツィ……』


 ありがとう……モルガ(カイ)が、そうつぶやくと、眠ってしまったのか、彼の声は聴こえなくなった。


 ルクレツィアが触れていた糸の束が、じんわりと色を変える。

 それは、大きな黒い繭の、ほんの一部ではあったけれど。


「どう、いたしまして」


 ……そして、大切なことを、忘れるな……。


「おまえは、|ヴァイオレント・ドール《VD》の、技師になるのだろう?」


 金色に輝く糸の束に、ルクレツィアは唇を寄せた。



  ◆◇◆



 夜が更けても、『アレスフィード奪取』のニュースは、騎士たちの間で賑わっていた。


「さっすが、我らがモルガ兄ちゃんじゃのぉ」

「そーじゃそーじゃ!」


 アックスとアウインが、食堂で機嫌よく肉をかき込んだ。


 一応、出自が伏せられた『謎の仮面の地の元素騎士』と自分たちの関係は、一般的には伏せられてはいるのだが、それでも、嬉しいものは嬉しいし、喜ばしいことは喜ばしいモノだ。


 たらふく食べて、機嫌よくアックスは自室に戻る。

 ドアを開けたところで、思わず悲鳴をあげかけた。


「だ、誰……じゃなくて、どちら様、で、しょうか……」


 |フェリンランシャオの皇族色《朱眼朱髪》の少年が、足をプラプラさせながら、自分の寝台に座っている。


 しかし、この国には現在、朱眼朱髪をそろえて持つのは、皇帝ユーディン=バーミリオンと、宰相ベルゲル=プラーナの二人のみ。


 この少年──どう見積もっても、自分よりは間違いなく年下だろう。


 まさか……。


「その、もしかして……アレスフィードの、精霊、さん?」


 ぴんぽーんと、少年は軽く答えた。


『お迎えに上がりました。ご主人様(マスター)

「えーッ! 本当に! マジかッ!」


 有言実行! さっすがワシ! と喜びに舞うアックスを、少年はニコリと笑って手を引く。


『来てください。エヘイエー様が、ご主人様(マスター)をお待ちです』

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