第十一章 温情
前の地の元素騎士、ギード=ザインが、ようやく地の元素騎士の執務室を空けたとの連絡を受け、モルガはルクレツィアとステラに連れられ、騎士たちの生活する宿舎へと向かった。
……とはいってもそこは、モルガが今まで使っていた部屋の、ちょうど上の階──三階にあたる。
今回ステラが居たことで、初日──暴漢がなだれ込んできたあの日の夕刻、最初にルクレツィアが一人で案内した際、実は彼女は盛大に迷い、何度か同じ場所をグルグル回っていたことが発覚したのだが、閑話休題。
(そーいやぁ、ねーちゃん、どうしとるかのぉ……)
最初に帝都にやってきたあの日、訪ねるはずだった長姉のモリオン。
結局あのまま──会えないまま、もう、何日も経っていた。
後から遅れて帝都にやってくる、他の兄弟たちから、連絡自体は伝わり、事情は察してくれているとは思うが……。
元素騎士の執務室は、住居スペースも兼ねている。もちろん、サフィニアやステラのように、帝都内に別に邸宅を持ち、仕事の時しか使わない者もいるが、モルガは此処に住むつもりだった。
もちろん、兄たちが帝都に引っ越ししてくることから、そちらに一緒に住む……ということも考えたのだが……。
「兄ちゃーんッ!」
「おわーッ!」
扉を開けた途端、中から何かに飛びつかれ、モルガはひっくり返った。
「モルガを狙う者やその取り巻きに、直接顔を知られないよう、隠せ!」と、せっかくチェーザレとユーディンがあつらえてくれた件の仮面が見事に吹っ飛び、カーンッ! と、壁にぶつかり小気味よい音が響く。
「な……なんじゃぁ……」
飛びついてきたのは、アックスとアウイン。モルガの、二人の弟たちだった。
「会いたかったよ兄ちゃん!」
「な……なんでお前らが、此処におるんじゃぁ……」
「その服、騎士隊の……」
ルクレツィアの言葉に、モルガは改めて二人を見た。
アックスもアウインも二人そろって、揃いの白い服を身に纏っている。胸の部分と、腰布を止める、こぶし大の朱色の石がついたブローチが印象的だ。
「じゃっじゃーん! 兄ちゃん! 見て見て! カッコイイ?」
「モルガ兄ちゃんだけじゃ、寂しゅーしとんじゃないかと思って、ダメ元で頼んでみたんじゃが……十六歳なんではじかれるかと思うたが、まー採用してもらえて、えかったわぃ」
アウインが自慢気にクルクルと回れば、アックスが頬をかきながら苦笑を浮かべた。
モルガは後で知ることになる話なのではあるが、本来、騎士になるには通常、八歳から十歳の志願者を集め、そこから一般的な学問に加えて、武芸や戦略といった教育をしながら、徐々に階級を上げていくシステムらしい。
アックスがコホンと、咳払いをし、改まってモルガに言った。
「とりあえず、ワシら以外の兄弟も、此処への入城と入室は、制限付きで許可をもらっとる。そのうち兄ちゃんや姉ちゃんたちも遊びに来るじゃろうし、ワシとアウインも、騎士の官舎の方に部屋をもろうたから、いつでも様子見に来るわ」
「僕らもすぐに階級あげて、地宮軍に入隊できるよう、頑張るからね!」
二人がものすごく眩しくて……ここのところ、なんだか折れそうなことばかり起こっていたモルガは、思わず、二人をぎゅっと抱きしめた。
「……どうしたの? 兄ちゃん」
「そーいやー、ずっと一人だったの初めてじゃったし、ホームシックかのぉ」
「違うわいッ!」
否定はしたものの、しばらく、モルガは顔を上げることができなかった。
◆◇◆
「えっとね、出撃命令を出しまーす」
その日の午後、急に呼び出された元素騎士一同。
ユーディンはいつものように、緊張感のない口調で一同を出迎える。
「今回は、メタリア、アリアートナディアル双方から支援要請が来てまーす。なので、部隊を二つに分けたいんだけど……良いかな?」
均等でないのが申し訳ないんだけど……と、ユーディンは苦笑を浮かべた。
「メタリア方面の総司令官はラング・ビリジャン。アリアートナディアル方面の総司令官は、|ラング・オブシディアン《チェーザレ》。……とまぁ、このあたりはとりあえず、いつも通り」
問題は、ここからなんだけど……と、ユーディンが腕を組んだ。
「リイヤ・プラーナは、帝都や、このドサクサで国内に入り込んだ敵軍防衛、他、不測の事態の対応のため、此処に残って。|リイヤ・オブシディアン《ルクレツィア》と、ラジェ・ヘリオドールは、アリアートナディアル方面について欲しいんだ」
まぁ……と、サフィニアが珍しく、細い目を、丸く見開いた。
「随分、大所帯ですわね」
「仕方がなかろう」
チェザーレが、渋い顔をする。
「軍の規模はともかく、それを率いているのが初陣も済ませてない異端の新人と、まだ半人前の雛なんだ」
「二等騎士・ビリジャン。君には三等騎士・プラーナの火宮軍の、四分の一を、一緒に連れてって良いから……」
チェーザレとユーディンの説得に、「解りましたわ」と、サフィニアがため息を吐いた。
「致し方ありませんし、故郷の要請ですもの。しっかり、勤めを果たして参ります」
「あのぉー……」
おそるおそる、モルガが手をあげた。
「ワシ、出撃って……本当?」
何を今更……と、一同、絶句してモルガを見つめる。
「だって! 訓練とか勉強とかワシゃー、そーゆーの、なぁーんもやっとらんし!」
「文句は全て敵国と援軍頼んできた同盟国に言え。ウチじゃ、受け付けてはいない」
そがぁな無茶なッ! バッサリ斬り捨てるチェーザレに、一応、フォローのつもりで、ユーディンが口を開いた。
「まぁ、頭であーだこーだ考えるよりは、実際動いてみて、体で覚えるのが一番だよ!」
ぶっつけ本番! 頑張って! と、明るく軽いユーディンに対し、モルガの気分は、一気に暗く、重くなった。
◆◇◆
フェリンランシャオの五人の精霊機操者には、各二つの師団の指揮権が与えられている。
師団に属する兵たちは、これまた大隊・中隊・小隊……と、様々な規模に細かく別れているのだが、とりあえず、ここでは省略。
その二つの師団を総称して、各精霊機の属性を冠して、『地宮軍』や『闇宮軍』と呼んでいる。
一同、綺麗に整列している|地宮軍《自分が率いなくてはならない人数》を見て、モルガは呆然としていた。
(何じゃ! この人数は!)
自分が考えていた以上に、多い!
「諸君、今回の異例の事態は聞き及んでいるだろうが……」
モルガの代わりに、総司令官であるチェーザレが地宮軍の一同に、今回の作戦命令を伝えている。
彼が何を言っているのか──やはりモルガにはちんぷんかんぷんだし、今後の不安が、ますます強くなった。
「そう、固くなるな」
小声で、ルクレツィアがモルガに囁いた。振り返ろうとすると、「動くな」と、小声ではあるが釘を刺される。
「不安なのは私も一緒だ。私も操者になって……まだ一年経っていないのだから」
誰でも、最初は初心者だ。と、彼女なりの言葉で、ルクレツィアはモルガを励ました。
「だから、そんなに後ろ向きになるな。初心者でも半人前でも一人前でも、皆、できることをやるだけなのだから」
チェーザレも、彼なりの温情だろうか。作戦命令の説明や、行程等、本来モルガが行わなければならないことを、全て、やってくれた。
ただ、「初心者」だの「ペーペー」だの、「過度の期待は裏切られるから抱くな」等、何時もの如く辛辣な言葉が刺さり、モルガはそのたびに、ちょっと泣きたくなった。




