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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
Epilogue:1
110/110

True End

「……に、今日な……か?」

「そ……よ! そうに……てるッ!」


 顔の近くで、とても愛しい──大切な者たちの声がする。

 でも、何故か不穏に、言い争ってるような……と、妙に不安に思いながら、チェーザレは、元の位置に合った二つの目を、うっすらと開けた。


「なんてったって、明日私は、光の元素騎士に就任するのよ! そりゃーもちろん、「サフィリン。おめでとう……よく頑張ったね……」って、お兄ちゃんは起きて、褒めてくれるに決まってるわ!」

「チェーザレは絶対、そんなことは言わん。なんだその、夢想全開の気障(キザ)ったらしい台詞は」


 気持ち悪ッ……っと、呆れたようなユーディンの声に、少女の癇癪のような甲高い声が重なり、チェーザレは思わず、体中の目を開け、飛び起きた。


「うわーッ!」

「ぎゃーッ! 」


 チェーザレが突然動くモノだから、大きな声の主二人は、悲鳴をあげながら、互いに抱きついて後ずさる。

 ──しかし。


「ちぇ……チェーザレッ!」

「お兄ちゃんッ!」


 少女──否、記憶にある小さな少女より、ずいぶんと大きな──かつて自分が身に纏っていた白い元素騎士の制服を着た女性が、チェーザレに勢いよく飛びついた。

 後ろで一つにまとめた、長い茶色の癖のある髪。じっと見つめる、黒に近い茶色の瞳は、間違いなく、彼女(サフィリン)の特徴では、あるのだが……。


「は……」


 体中の目をしばたたかせ、チェーザレはあんぐりと口を開けた。

 抱きつく女性の頭の奥、ユーディン──らしき(・・・)男は、朱の髪の毛が随分と長く伸び、そしてどこか少し、やつれたような印象を抱く。


「さーて問題です。チェーザレ。アレから、どれだけ時間が経ったでしょう?」

「………………き、九年と、二百七十六日、十七時間、二十六分……」


 嘘だろう……と、真っ白な肌をさらに青ざめさせるチェーザレ。

 質問をしておいて、ざっくりとしか把握していなかったユーディンは、隣のサフィリンに、「そうなのか?」と真面目に問いかけている。


「陛下! 申し訳ございません。その、ちょっと仮眠をとるつもりで……」

「あー、良い良い。頼んだ(・・・)のは、余の方だ。お前が目覚めるまで、長丁場になることは、覚悟の上」


 頼んだ……? 理解が追い付かないチェーザレは、首を傾げて、主の説明を待った。


「あー、何と言ったらいいか……あの時お前は、光の神(エロハ)から、無理矢理肉体を取り戻したのだろう?」


 あの後、光の神(エロハ)から正式に、お前に肉体を返還すると、申し出があったのだ。と、ユーディンは言う。


「ただ、お前が無茶をするから、光の神が完全にお前の肉体から切り離れるまで、光の精霊機(デウスヘーラー)の繭の中で、約一年かかった。その後、ちゃんと()として独立して存在できるよう、地の神(モルガたち)を参考に、ダァトに調律をしてもらった期間が、三年ちょっと……だったか?」

「……と、いうことは、五年以上は此処で寝てたんですね。オレは」


 頭を抱えて、がっくりと項垂れる時の神。


 自分が寝ていたのは、死者用の棺。自分が眠っている間の時間を覗いて事実確認をしたわけではないが、たぶんここは、神殿地下の、オブシディアン家の霊廟。

 よりによって、なんて場所だと、ため息を吐く。


「なぁに。乳兄弟かつ忠臣(チェーザレ)の墓参りと言えば、皆から同情を買い、抜け出して様子を見に来る口実には十分なったからな」


 そんなことより。と、ユーディンが問いかけた。


「調子はどうだ?」


 改めて言われ、チェーザレは目を瞑る。

 光の神から正式に返還され、名実ともに時の神(ヨッド)の肉体であるはずなのに、何故かまだ光の神(エロハ)と、どういうことか闇の神(エロヒム)の気配が、自分の体にの奥底に残ってうずまいているような、妙な感じがした。


「それはな。長い間、ヨッドとエーイーリーを、こっそりガメてた光と闇の神が、せめてもの詫びにと、お前に権能を分け与えたんだ」

「嘘おっしゃい。二柱相手に、「賠償に何か寄越せ」って、ひっどい形相で脅し倒したクセに」


 私とモルガ兄ちゃんたちが仲裁に入って、なんとかそこ(・・)に落ちついたんじゃない。と、サフィリンは、わざとらしくため息を吐く。


「……さすがに、光の神(エロハ)が干からびないか?」

「大丈夫大丈夫。光の国(アリアートナディアル)の民たちは、まだまだ元気だから、エロハにとっては余裕よ余裕」


 にっこり微笑むサフィリンの濃い茶色の瞳が、じんわりと炎の色を帯びる。

 光の神(エロハ)に寄生した八番目の神(エロヒム・ツァバオト)は、まだまだ健在のようだ。


「ただ、他の精霊機の中から、残りのヨッドの欠片は見つからなかった。……お前を、完全な状態にしてやりたかったのに」


 すまない。と、頭を下げる皇帝の頭に、ポンっと、手が置かれた。


「十分ですよ」


 背の大きな翼と、顔の二つを残して、体中の目が消えて見えなくなる。

 不完全な影響故か、肌の色と髪の色、金色の瞳孔と虹彩の不思議な黒の目の色は、元の人間のようには、変化しなかったけれど。


「ありがとうございます。陛下」


 チェーザレが珍しく、素直ににっこり微笑んで礼を言ったところで、霊廟の入り口のドアが、勢いよく開いた。


「陛下ー! 会議の時間過ぎてますよー! ダーザイン卿がまた、へそ曲げて帰っちゃいますよー! ってうぇぇぇぇぇッ! でたーッ! 隊長殿!」

「そろそろ戻ってきて……え……ちょ………………うん、今から槍が降ってこない?」


 髭をそり、微かに白髪が混じってきた赤い髪の大男と、何故か全然歳をとっていないアックスを的に、チェーザレは笑顔を貼り付けたまま、アックスのリクエストに応えて、光の神の権能(雷の槍)の試し打ちをした。



  ◆◇◆



「ルクレツィアのねーちゃん? 元気元気。めっちゃ元気」


 いたた……と、ぶつけた腰をさすりながら、アックスはフードを目深にかぶったチェーザレを連れ、復興した帝都を案内する。

 ユーディンとサフィリン、そして迎えに来たギードは、会議室へと戻って行った。


「つか、時の神さんじゃろ? ねーちゃんの事なんか、権能使えば、過去も未来も簡単に全部(・・)、わかるんじゃないか? 」


 あの時(・・・)の、予言(・・)みたいに。と、アックスは唇を尖らせる。


「オレの矜持……ということにしておいてくれ」


 必要があれば容赦なく視るが、こちらとて、知りたくないこともある。と、チェーザレは首を横に振った。


「そんな事より、何故貴様は歳をとっていない」

「だって、兄ちゃんやサフィリンみたいに、ちょこまか見た目いじるのがめんどくさくて……っつーか、そこは、お互い様じゃろー。その顔晒したら、確実に『不遇の死を迎えたチェーザレ=オブシディアンが化けて出た』って、パニック確定」


 むぅ……と、チェーザレが口ごもり、先ほど以上にフードを前に引っ張ったところで、アックスが「ついたぞー」と口を開いた。


「……ここは」


 見覚えのある建物だった。もっとも、近隣の建物が無くなったことで敷地が広くなり、元々あった建物は増築され、いくらかチェーザレの記憶とは変わっていたが。


「うん、モリオンねーちゃんの元工房。今は、モルガ兄ちゃんと、ルクレツィアのねーちゃんが使って……」


 突然、ぎゅおぉぉぉんという、独特のVDの起動音が響いた。

 その音に、アックスの顔色がみるみる青くなる。


「ちょッ! ねーちゃんッ! また無茶してーッ!」


 レピドが生まれて、まだ十日しか経ってないんですけどーッ! 

 バタバタと音のする方向──巨大なドーム状の建物に、アックスは駆けてゆく。


「おい……」


 置いていくな! と、チェーザレは外套のフードが脱げないよう押さえながら走った。

 病み上がりというわけではないけれど、十年近く眠っていたせいか、まだ体が思うように動かず、本調子ではない。


 アックスの向かった方向はわかっているので、自分のペースでしばらく走ると、建物の入り口で、上等ながら控えめで品のある衣服をまとい、三人の男の子を連れ、大きさの異なる小さな赤ん坊二人を両腕で抱えた女性に、アックスが何か怒鳴っていた。


「なんで止めてくれんのじゃーッ! カイヤねーちゃん!」

「私は止めました! 全力でッ!」


 以前より確実にあかぬけて、年相応の美しさは身につけているのだが、そばかすは相変わらずだし、さすがは亡くなった母の代わりに、ヘリオドールの弟妹を育てただけはあるというか──なんだか肝っ玉母ちゃん感が否めない。


 ふと、カイヤがチェーザレに気がつき、目を丸く見開いた。


「まぁ……まぁまぁ……」


 自分の顔を覗き込む彼女の目に、涙がにじむ。

 アックス曰くの「化けて出た」と慌てていないことから、事情はいくらか、聞いているのだろう。


「ご無事で、良かったです。そして……サフィリンについて、大変、申し訳ないことをした」


 チェーザレの言葉に、ただただ、カイヤは首を横に振る。


「いいえ。私たちが皆無事だったのは、貴方様のおかげでございます」


 カイヤは、連れている小さな男の子のうち、二人をうながして、チェーザレの前に立たせた。

 二人とも、髪や瞳は深い茶色。でも、その面差しは──。


「セラフ。ソーシュ。伯父上様に、ご挨拶なさい」

「セラフィナイト=ヘリオドールです」

「ソーシュナイト……です」


 利発そうな兄はモルガに、おとなしそうな弟は、ルクレツィア(いもうと)に、よく似ていた。


「それで、こちらが、生まれたばかりのレピドライト。あ、こっちの二人は、アデルとレニー。私の息子ですわ」


 ここにはいませんが、娘も二人いますの。と、カイヤは母親の顔をして、幸せそうに笑った。


 ──そうだ。十年も経てば、人は結婚もし、子どもも生まれているだろう。

 あの時──自分が死に、父とシャーマナイト家の一族が処刑された時、オブシディアンの血は、完全に絶えたと思った。

 けれど、ルクレツィアと、傍系とはいえエリス=シャーマナイトの血を引いたこの小さな子どもたちは、確実にオブシディアン(自分たち)の血を繋いでいる。


 その証拠に、アデルの癖のある髪の色と、レピドの小さな目の色は、元の自分と、同じ色だった。


「感動の対面中悪いんじゃけど! 今はねーちゃんじゃッ!」


 アックスの声に、そうだった! と、 カイヤも同調した。


「ルクレツィア様は、中にいらっしゃいますわ。まだ産褥期で、あまり激しく動いてはいけないと言ってますのに……」


 ため息と共に、困った声でカイヤはチェーザレに訴えた。


「明日の新型のお披露目に、操者として絶対に出ると言って、聞かないんですの」



  ◆◇◆



「これは……」


 チェーザレは、息を呑んだ。


 アレイオラに比べ、フェリンランシャオのヴァイオレント・ドールは元から軽量かつ細身ではあったが、その機体の優美な曲線のシルエットは、どこか美しく、女性的にも見える。


 これが、金属の塊とは──まるで鮮やかな赤いドレスを纏ったようなその機体の心臓(コックピット)に向かって、悲鳴をあげるようにアックスは叫んだ。


「ねーちゃんッ! まだ寝とらにゃダメじゃろーッ!」

「アックス! 来てたのか!」


 心臓(コックピット)の入り口が開き、中から短い黒い髪の頭がのぞいて、こちら側を見下ろす。


「明日の予行演習をしたくてな! カシオペリアのお披露目、楽しみでしょうがないんだ」

「じゃーけーえー! 明日の操者は誰か代理立てるけぇ、ねーちゃんは寝とらにゃダメじゃって!」


 いーやーだ! と、ルクレツィアらしき女性が、人目も気にせず叫んだ。


「これだけは! 絶対に! 譲りたくないッ!」


 チェーザレは、目を見開く。

 あの聞き分けのよい、真面目な妹が、わがままを言うところなど、初めて見た気がした。


「……ワシが初めて、全部(・・)設計した機体なんです」


 気配もなく、突然声をかけてきた男に、チェーザレは目を細め、向き直る。


 彼が身に纏うのは、地の元素騎士の制服ではなく、整備班の人間の作業着。

 所属のバッジは、第五整備班班長──かつては親友(ソル)が、身につけていたものだ。


「でもって、加護を持たない人間でも、持ちすぎる人間でも、規格外(・・・)の精霊の加護を持つ人間でも、操者になれる……かもしれない、試作型の、第一号」

「お前が目指した、美しい機体(・・・・・)……か」


 チェーザレは、再度、目を細めた。

 あの妹がわがままを言って乗りたがるほど、魅力的な機体。


 それを作ったのは、モルガナイト=ヘリオドール? それとも、シャダイ・エル・カイ?


「んー、まぁ、そこは、ワシはワシ。どっちでもええじゃん? ってことで、どうかひとつ」


 赤い目を細めて、男は人懐っこい笑みを浮かべた。

 今回で(元来構想していた)物語としては一旦区切りがつきますが、途中で回収しそこなった話が諸々あるため、時間軸を戻して、もう少しだけ続きます。

 ただ、ものすごく、重く、暗く、(見ようによっては)バッドエンドと言われてもしょうがない展開が含まれる予定なので、苦手な方はここまでという意味を込めまして(また、バッド展開でも、こんな未来が待っているよという希望的な意味も含めて)、一旦エンディングを書かせていただきました。

 ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。

 もう少し、お付き合いしてくださるかたは、これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

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